22 白に金糸の人
邸内の人たちと挨拶を交わしてそれぞれの仕事を聞いて回っただけで半日が過ぎた。
大きい屋敷に人がたくさん居るのは当然だが、人に挨拶しただけで、庭や客間や倉庫や、他にも行ったことのない部屋が50はあるだろう。使ってない所には布をかけている、とは言っていたけれど。
昼食を食べながら(久しぶりにダイニングで食べた)、他に見たいところは? と聞かれた私は少し悩んでから、はっと思い当たった。
「あの、コンラッド様の部屋が見たいです。執務室も、私室も。私の部屋に来てもらってばかりだったでしょう?」
「確かにフェアじゃないね。いいよ、その後、君にもう一つ部屋があるからそこを案内しよう」
私室も衣装部屋もあるのに、もう一つ部屋? と首を傾げながら頷いた。
まずはコンラッド様の執務室に案内される。領地や事業の文官も勤めているので一階にあり、人がよく出入りするようだ。
休暇中は仕事は執事が取り纏めておいてくれるらしい。どうしても急ぎのもの以外は後回しだそうだ。優秀な執事でよかったですね、というべきか、うちの夫が無茶を言ってすみません、というべきか。
使用人の仕事を奪ってはいけない、というのは使用人がいた時の方が少ない我が家でも徹底していた。庭に関すること、家庭菜園に関する事は全てベック爺に任せていたし、それが信頼関係だというのが父上の言葉だ。
規模が変わってもそれは違わないだろう。私は気にするのをやめて、コンラッド様との休暇を楽しむことにした。
執務室の中は飴色に磨かれた家具と落ち着いた色合いの壁紙、応接用のテーブルとソファも焦茶色の上等なものだ。
男性らしい部屋だが、息苦しさのない広い作りで、両側の壁がそのまま書棚になっている。
「面白みがないんじゃないか?」
「いえ、ここで仕事をされているのかと思うと……邸内を自由に動けるようになったなら、お茶をお持ちしたりしたいですね」
「……早めに、そうできるようにするよ」
おや、案内していてもまだ不安なのだろうか? 手もまた繋いで離してくれる気配はない。
次に2階の、私の部屋とはエントランスから登る階段の反対側にある私室に案内された。
洗面所とバスルームはもちろん、大きなベッドに長椅子とテーブル、ちゃっかりここにも執務机を置いている。何箇所で仕事をする気なのだろうか。
と、部屋の隅に一着の服がトルソーに着せられて掛かっていた。
私は、その服に見覚えがある。あの時助けてくれた人の服……白地に金糸の縫い取りの、あの服だ。
私が服を注視しているのを見て、コンラッド様はしまったとばかりに片手で顔を覆って顔を逸らした。耳まで真っ赤なのは隠せないようだが。
「あの時の……助けてくださったのは、コンラッド様だったんですね。——あら? 妬ける、と言ってませんでした?」
「あぁ……、もう。本当に君は、私の外面を剥がすのが上手いというか……、はぁ。過去の私の思い出に妬いた、と言ったら呆れるかい?」
「呆れますね」
私は即答した。あの思い出話をした時に言ってくれればいいものを。
「コンラッド様、私は言いましたよね。白地に金糸の人には感謝してると。……コンラッド様には、恋をしてますよ。何故一緒の思い出にさせてくれないのです」
私の言葉に、信じられない、というような目を向けてくるのはやめてほしい。
後生大事に出会った時の服を飾ってある方が信じられない。何をしてるんだこの人は。
やっぱりコンラッド様は病んでいる。私はおかしくなって笑顔になると、コンラッド様を見上げて言った。
「いつも、絶対に助けてくれてありがとうございます、コンラッド様」
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