2 『完璧な貴族』とのお見合い
見合い場所に指定されたのは貴族街の中央にある最高級ホテルだった。
ラウンジで名を告げると、完璧に訓練されているはずの中年の男性従業員が少し驚いたような顔をして、ラウンジの奥の、森と言った方がいいような庭の席に案内してくれた。
今日の私は一番上等な服を着てきた。何故なら相手はこの国の宰相閣下……『完璧な貴族』と銘打たれる公爵だったのだ。何故受けた、父よ。公爵もどうしたのだろう。
それはたしかに、地位や金目当ての女はわらわらと寄ってくるだろう。しかし、中には本気で想いを寄せている女性もいるはずだ。
従業員に案内された森の中に溶け込むような繊細なガラスのテーブルと豪奢すぎない椅子の席、向かい側に座っていたのは、美を形にしたような男性だった。
薄い金色の髪が木漏れ日に輝き、春の新緑もかくやという緑の切長の瞳。鼻筋が通っていて高く、唇は薄い。剣もやるという事で肩は広く、組んだ脚は長く、胸も厚く、今年25歳という異例の若さで宰相閣下になっただけはある。
ご両親は亡くなられていて、爵位を継いだのは後見人の手を離れた18歳。そこから今までどれだけの女性が恋に落ち敗れていったのか、と思うと少し同情する。
私は惚けて眺めてしまったが、慌てて表情を引き締め手前の席に座った。
「初めまして、キャロルと申します。お噂は予々伺っております、コンラッド閣下」
「……? 何故、従業員が椅子を引かないのか」
最初に気にするのがそこなのか、と不思議に思いながら、コンラッド閣下は不愉快そうに片眉をあげた。
「後でクレームを入れます。私も気が利かずすみません、レディ・キャロル」
「この形ですから……、見て、がっかりされたのでは? それから、レディは要りません、閣下」
「君もコンラッドと呼んでくれ。仕事では無いのだから」
政略結婚のお見合いなのだから仕事もいい所だとおもうのだが、どうもこちらに向けてくる視線が優しい。
私の方が怪訝な顔をしないようにするのに必死だった。なんとか真顔を保つ。
「何か頼みましょう。ケーキやマカロンはお好きですか?」
「は……すみません、菓子類には疎くて。お任せします。飲み物は、紅茶を」
「では、色々と頼みましょう。キャロルと話す機会が得られて嬉しいよ、できるだけ長引かせた……ッホン、お腹は空いているといいんだが」
「お気遣いありがとうございます、コンラッド様。えぇ、いくらでも入りますよ」
我が家は節制の結果、かなりご飯の量が少ない。とはいえ、慣れたものなのでそんなに胃は大きくないが、菓子類ならそこまでダメージは無いだろう、と私はタカを括っていた。
呼び鈴を鳴らして従業員を呼んだ彼は、きっちり『今後女性の椅子は引くように』とクレームを入れた後、魔法の呪文のような注文を大量に入れた。
やがて綺麗なテーブルを埋め尽くす菓子が運ばれてきて、ガラスのポットに入った冷たいアイスティーとグラスが隅に追いやられてしまっている。
「遠慮なく食べてください、キャロル」
「あ、ありがとうございます、コンラッド様……」
すごく、それはもう見る人が見たら卒倒するだろう、という程すごくいい笑顔で、コンラッド様が勧めてくる。
我が家の食費何ヶ月分だ? という大量の菓子に可憐なデザートフォークを構えて、いざ、と私は未知の菓子類に立ち向かった。