13 私が君を好きな理由(※コンラッド視点)
初めて彼女を見たのは、彼女が社交界デビューするという夜会。
彼女の兄や父の事は知っていた。私と仕事で関わる事があるからだ。その見覚えのある顔をもっと女性的にした、最初は弟かと思った。
だが、その繊細な指先がグラスを持つ動き、アルトの声、男の物とは違うさらさらの髪の毛が夜会の光に照らされて光っている。
すぐに女性だと分かった。逆に、何故周りは男だと思うのか、女性まで気付かずに「あの素敵な方は誰かしら」なんて噂をしていて、少しおかしかった。
本人に秘密にするつもりはないのだろうが、特に誤解を解く気も無いようだった。誰だって、家が借金を抱えていて、なんて話を楽しい夜会で聞きたいはずも、したいはずも無いだろうから。
しかし、彼女はあくまでも女性である。線の細い美青年に見えていても、あくまでも女性。
なのに談話室にまで連れてこられていた。断り切れなかったのだろうが、談話室はウイスキーと珈琲と、葉巻の煙と男の雑な会話が入り混じる場所だ。
本来女性の彼女にとって、過ごしやすい場所であろうはずもない。
特に葉巻は高い嗜好品だ。彼女の家の事情を考えれば、父も兄も嗜まないのは分かっている。私も特には好まないが、付き合いで蒸す事がある程度だ。
ずっと、彼女を気にしていた。部屋の隅で所在なげにしながら、それは初めてこの場所に来るからだと虚勢をはる貴族の令息のように背筋を伸ばして前を見る姿。
だが、会話に積極的に混ざる気も無いらしい。ボロが出ては、一躍からかいの的になるからだろう。
今後彼女が談話室に連れてこられなければいいと思いながら、私は公爵という立場もあり、様々な人と会話をしていた。ずっと目の端で彼女を気に留めながら。
口元をハンカチで抑えている。燻る匂いが混ざり合って、耐えきれなくなったのだろう。
「失礼」
私は会話を切り上げて、つかつかと彼女に近付いた。彼女は気付いていないようだ。もう限界が近かったのだろう。
傾ぐ身体を片手で受け止める。やはり細い。男装姿では薄い程度に見える身体だが、繊細な身体は軽かった。
私は彼女を抱き上げると、談話室をそっと後にした。誰も彼女に注目していなかったし、私が席を外しても彼らのお喋りは止まらない。
休憩室の一つに彼女を連れて行き、長椅子に寝かせた。男装は襟が詰まっているので緩めると、少し楽そうに呼吸しはじめる。
うっすらと目を開けた彼女は、私の顔は見えていないようだった。胸元あたりに視線を残したまま、か細い声で告げる。
「どなたかはわかりませんが……ご迷惑を。すみません……兄にも、父にも、恥をかかせたく……」
「いいから、休みなさい」
「はい……」
それだけ言って、彼女はまた目を閉じた。
眠る顔はただの美しい女性だった。仕草や姿勢が男性っぽさを与えているだけで、本来は美しい女性なのだろう。
こんな時にまで家の事、家族の事を気にする、優しい人だとも思う。そして、礼を忘れない。
私はちょうど女性たちの求愛に辟易していた。彼女たちは礼を知らず、時に強引と言える手段や、恥を知らないと思わせる嫌悪感のある行動に出る。
心惹かれる女性はいなかった。しかし、彼女の事はどうだろう。
男装していても、社交界に出てきたという事は誰かと身を固めたいと思っているはずだ。
だが、実家の借金を思えばドレスを仕立てる気は無いのだろう。
髪が短いのも、そのせいだろうか。化粧気のない肌も。……気付いたら、指先で頬に触れていた。柔らかい。
「世の女性が君のようだったら……いや、これは、君にも女性にも失礼だな」
独り言のように呟くと、彼女は無意識だろうがふと笑った。
きっと覚えていないだろう。
そして、私は時を待った。歳の差があるから、なかなか私からは話を持ち掛けられないでいた。彼女は素晴らしい人だからと……誰かと恋に落ちるかもしれないと。
しかし、ついぞそんな気配は無い。思い切って彼女の父に見合いを持ち掛け、彼女はそれを了承し、なんと見合いの日にまで男装できた。
だが、美しく成長した彼女は、私の目にはどこからどうみても女性である。硬い表情と声、自分はコレですよ、と示されても、そんな彼女がよかったのだ。
そして、ある日聞いた白地に金糸の思い出。それは、私だ。私は、彼女に私として認識されておらず、思い出の中で助けてくれた誰かとして認識されていたらしい。
「妬けるな……」
思わずつぶやいた。過去の自分に嫉妬するなど、馬鹿らしい事だが。
しかし、あんな風に語られているのは過去の私。今の私の事も、そんな風にいつか語ってくれるだろうか。
キャロル。私は、君に最初から、ずっと惚れていたらしい。




