12 夜のベランダで
「疲れた……」
屋敷探索の方がまだマシだったのでは無いだろうか、とはいえ、ダンスを覚える必要があるという事なのだろうからこちらの欲求を優先させるわけにはいかない。
姿勢は、背筋は合格、表情は硬いから笑顔の練習、立ち方から直された形になる。
ちなみに、メリア達に着飾られた姿で私は晩餐を摂った。ドレス姿ではあったが、どちらかというとひざ下丈のワンピースで、動きにくい事もなく助かった。
コルセットはウェディングドレスの時に締めたが、あれは……本当に世の女性の美に対する欲求というものは感嘆させられるものがある。二度と締めたくないが、そうも言っていられないだろう。
普段は男装……慣れた格好で過ごさせてくれて、少し硬い言葉遣いでも許してくれて、……忙しい合間に、とても私を気遣ってくれて。
応えないというのはイヤだし、応えられないのもイヤだ。ちゃんと頑張って、コンラッド様に恥ずかしくない妻になりたい。
そんなことを考えていたら顔がなんだか火照ってしまった。ちょうど部屋にはベランダに出られる大きな窓がある。
寝巻きの上にショールを羽織って、そっと窓を開けた。
初夏を感じさせる少しぬるい風が吹き抜けていく。暗い中でも眼下の庭には篝火が灯り、所々緑と花を照らしていて幻想的だ。
「お疲れ様、キャロル。ダンスはどうだった?」
「コンラッド様……?!」
右を見ると、隣のベランダに同じく寝巻きに一枚羽織ったコンラッド様がいた。
思わずそちらに近づく。彼もベランダのギリギリこちらにいてくれたので、同じところに立っているように錯覚する距離だ。
「ダンスは……、ちゃんと、踊れるようになります」
「キャロルならできるよ。……君は一生懸命な人だからね」
私の事を、最初から徹頭徹尾大事に大事に扱ってくれるコンラッド様。完璧な貴族、その名に恥じない美貌と能力、そして目端の利き方。
彼は私の何がそんなによかったんだろう。父に、完璧な貴族の皮を被った嘘の理由までつけて見合いの席を設けて。
たしかに嘘の理由でなければ、私は見合いにもいかなかっただろう。相応しい方がいらっしゃるでしょう、と言ってお断りしたかもしれない。
「コンラッド様……、私を、こんなに大事にしてくれる理由は、まだ……、教えていただけませんか?」
真剣な面持ちで尋ねると、彼は少し考えて……考える時に口許に手をやるのが癖のようだ……困ったように笑った。
「もう少しだけ待ってくれるかい?」
「はい、……あの、私は貴方の妻なので」
言葉にすると、改めて実感する。
そう、私はこの方の妻だ。別に焦る必要は無い。
「知っているよ。……本当は外に出したく無い。この屋敷にずっと、閉じ込めておきたい。君は分かっていない、その危うい美しさを。……そして、周りは分かっていない。でもこれから思い知るんだ、君が外見も内面もどれだけ素晴らしいか。その未来に……妬けてしまうな」
この人は一体何を見て今の台詞を言ったのだろうかと真面目に考えてしまった。
欲目が過ぎるだろうと思う。女の美しさは髪も含まれるのに、こんな男のような髪型の私を妻に娶って、変に揶揄われていないといいが。
「おかしな事を……、未来の私は、未来のコンラッド様の妻ですよ。今も、この先も、ずっと」
「そうだね。……もう、休もうか。明日もダンスを頑張ってね、陛下のお招きを2週間後に受けたから、踊らないと」
衝撃の事実をさらっと告げて、コンラッド様は楽しそうに私を見ている。
「なるべく、善処します。……おやすみなさい、コンラッド様」
硬い声でそう答えるのが精一杯だった。明日もみっちりしごいてもらわないといけない。
私が部屋に戻る間際、おやすみ、と声をかけられたので、振り返って笑顔で会釈をして窓を閉めた。




