11 ダンスレッスン
「調子がよくなったと聞いて安心したよ。一緒に朝食が摂れて嬉しい」
「ありがとうございます、コンラッド様。式からここまで……何もかもお任せしてしまいました」
本来、結婚祝いの品へのお礼状などは妻である私の仕事だ。
しかし、品は何も小さいものばかりではない。ちょっとした部屋に飾る家具なども含まれ、足を痛めていた私にコンラッド様は仕事をさせなかった。らしい。先ほどメリアに聞いたのだ。
「……ふがいない所ばかり見せてしまいますね」
「そうかな? 今日は、特に綺麗に装っているから、笑顔を見せてくれると嬉しいのだけれど」
向かい合って座っているからか、コンラッド様には私の顔の変化までよくわかるらしい。
確かに、コンラッド様と顔を合わせるのも久しぶりだし、式では痛みをこらえて微笑んでいたので、言われて思わずくすっと笑ってしまった。
「私の笑顔でよければ、コンラッド様が笑わせてくださるので」
そう言って晴れやかに笑って見せると、『完璧な貴族』は家ではそうでもないのか、何故か呆けてカトラリーを落とした。
「す、すまない。新しいものを」
「こちらに」
床に落としたカトラリーを使用人が拾って新しい物を別の使用人が渡している。
こんなに使用人がいる屋敷に住むのか、と改めて実感する。私の後ろにも、給仕のために2人の使用人が控えているのだから、すごい。
朝食の内容はすこぶる普通で、焼いたハムにスクランブルエッグ、バターロールにオニオンスープ、数種類の野菜のサラダが小さなボウルに入っている。
あとは果物のジュースと牛乳。健康的で一般的な内容でちょっとほっとした。コンラッド様とのお見合いでは、胃が小さすぎて見苦しい姿を見せてしまったから。
私の方が少し量が少なくなっているのも有難い。
「コンラッド様は、こう……もっと冷淡なお方だと思っていました」
「何故?」
「『完璧な貴族』と言われている方ですよ。もっとこう、感情を殺して何でも目的は達成するような、そんなイメージがありました。実際は朝食一つとっても、とてもこまやかで優しい方だ」
それを聞いていたコンラッド様の後ろに控える使用人が、微妙な顔で頬を震わせている。後ろからも何かをごまかすような咳払いが聞こえ、当のコンラッド様はまた呆けている。
「あの……コンラッド様? 冷めてしまいますよ」
「あ、あぁすまない。そう、そうだ、今日は私は登城して仕事で、19時には晩餐にできる。君は何がしたい?」
「えぇと、自由に動いていいのですか?」
「そうだね……、あぁ、君はそういえば、ダンスが苦手だったろう。メリアはダンスの指導が上手い。執事のエレンもつけよう。しばらく、みっちりダンスの練習をしてくれ」
今度は私がその言葉に目を丸くした。習うのは構わないが、自分の姿を見下ろして、この格好で? と首を傾げる。
「もちろんダンスの時は簡単なドレスで、最初は平靴で構わない。また足をくじいたら大変だからね」
「やはり、結局ドレスなのですね……。そういえば、クローゼット……というより衣裳部屋の中の服は、一体どなたの……?」
私は貧乏伯爵家の考え方が抜けていなかったらしい。
実に嬉しそうに笑ったコンラッド様に言い切られた。
「もちろん、全て一点もので君のサイズで作らせた物だよ」
ダンスレッスンだけでも頭が痛いのに、あのクローゼットの中身で一体我が家は何年食べていけるだろうかと、考えてしまった自分が恨めしい。




