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カエデ失踪

 ルークがアンフィスの元へ向かっていたのと同時刻。

 ウィルムはある決心をして、カエデの家へ向かっていた。彼女を悪の巣窟そうくつから連れ出すためだ。

 彼女の勤める薬屋フローラは、ギルドのアビス研究の要であり最も警戒すべき組織。

 そんなところに彼女をいさせたくはないと思い、ウィルムは悩んだ末、ギルドに立ち向かう仲間としてカエデを説得しようと決意した。


 時刻は早朝。

 店へ向かうにはまだまだ余裕がある時間だ。

 カエデの家の前に辿り着いたウィルムは、深呼吸し扉をノックする。

 周囲を見回してみると、レンガ造りの小さな民家ではあるが、グレーの壁に汚れはなく綺麗に掃除されていた。


「……?」


 しばらくしても誰も出てこない。

 まだ寝ているのだろうかと、ウィルムは首を傾げる。

 今一度ノックしてみた。

 するとすぐに扉が開いた。


「……はい、どちら様でしょうか?」


 中から出て来たのは中年の女性だった。

 顔はカエデによく似た美しい顔立ちだが、なきぼくろと仄かな笑みに妖艶さがある。切れ長の目に、毅然とした佇まいは気品を感じさせており、カエデの姉といったところか。

 長い黒髪をおろしてカーディガンを羽織っており、朝の支度の最中といった雰囲気だ。

 ウィルムはその美貌に一瞬見()れてしまったが、小さく首を横に振り訪ねた。


「カエデさんはご在宅でしょうか?」


「え? あなた、妹の知り合い?」


「は、はい。そうですが……」


「っ……」


「え?」


 ウィルムは戸惑いの表情を浮かべる。

 カエデの姉と思われる女性が目の前で涙を溢れさせたのだ。

 嫌な予感がした。

 彼女は顔を悲痛に歪ませ声を震わせる。


「カエデはっ……昨日の夜から帰って来ていないの」


 ウィルムは目を見開いた。

 カエデの姉は不安に押し潰されそうだというように瞳を揺らし、嘘を吐いているようには見えない。

 バクバクとウィルムの心臓が脈打つ。どういうことだ? と、自問自答する。

 カエデは竜人ではない。だから、アビスの素体としてギルドに狙われる可能性はないはずだ。

 だとすると――


「まさか!?」

 

 ウィルムは踵を返し駆け出す。

 カエデの姉が「ちょ、ちょっと!?」と驚いて声を上げるが、止まっている余裕はない。

 早朝で人のまばらな通りを駆け抜け、フローラを訪れた。

 そして開店準備中の表示プレートがかかっているにも関わらず、躊躇なく店に入った。

 まだ早い時間だったが、カギはかかっておらず、店内には白衣を着た薬師が一人だけいて準備をしているところだ。

 

「きゅ、急に入って来てなんですか!? 準備中の表示が見えなかったんですか!?」


 薬師の男がウィルムの入店に気付き、慌てて声を上げる。

 ウィルムは答えず目を細めた。

 薬師ということは、フローラの裏の研究に加担している可能性が高い。

 ウィルムは彼の一挙手一投足を見逃すまいと警戒しながら問いかける。


「すみません、一つ聞きたいことがあります」


「は、はいっ?」


「カエデはいませんか?」


「……あなた、ウィルムさんですよね? カエデさんになんのようですか?」


「いいから答えてっ!」


「っ!」 


 警戒してさぐりを入れてこようとした薬師を一喝する。

 ウィルムには焦りと苛立ちが募り、さぐり合いをしている余裕などなかった。

 あまりの剣幕に薬師は怯え、震える声で短く答えた。


「し、知りません」


「嘘は吐いていませんね?」


「み、見ての通り、ここには私しかいませんよ!」


「そうですか……お邪魔しました」


 ウィルムは内心で舌打ちしながらも、淡々と告げて店を出た。

 しかし無意識に力が入り、ガタンッ! と、扉を荒々しく閉めてしまう。

 出勤してきたフローラの店員の女の子に不審な目を向けられたが無視する。

 

 それから日中、ウィルムは町中を探し回った。

 新種のアビスが倒れた以上、失踪事件は終わったはずだ。

 それとも、ギルドはまた新たな研究を始めたのか。

 いや、そもそもカエデは竜人ではない。

 あり得るとすれば、彼女が新種の情報を掴んでウィルムに協力したことがバレたということだ。

 最悪の予感が脳裏をよぎるが、彼女の目撃情報は掴めず、その姿はどこにもいない。

 町中では、なにやら別の話題で騒然となっていたため、探し回るのも一苦労だった。


 とうとう日は暮れ、ウィルムは狭く暗い通りの真ん中で膝を落とす。

 両手を地につき、悔しげに唸り拳を握った。


「僕は……僕はまた、仲間を……」


 再び無念に打ちひしがれる。

 それは、かつて仲間を失ったときに感じた無力感に限りなく近いものだった。

 ウィルムは血が滲むほど強く拳を握り、奥歯を噛みしめる。


「くっそぉぉぉ……」

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