幕開け
「――グレイヴ殿、これはどういうことだ?」
新種アビスの騒動が落ち着きを見せ始めたある日の夜、カドルが珍しくグレイヴの屋敷を訪れていた。
ギルドの計画が失敗に終わったと悟り、問い詰めるためだ。
お忍びのため護衛も連れておらず、グレイヴも状況の不利を真剣に受け止め、一人で応対している。
二人はなめらかで柔軟性の高い高級ソファに腰かけ、新種アビスのその後について話していた。
「どこぞの小童がやってくれたようです。己の不祥事を棚に上げ、ギルドを逆恨みとは、なんと面の皮が厚いことか」
「呑気なことを言ってる場合か!? なぜ新種の弱点が知られているのだ!?」
「フローラでしょうな。シャームのやつがヘマしたか、それとも裏切者がいたか」
グレイヴは大したことないと眉一つ動かさずに淡々と告げる。
そんな余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》の態度に、カドルは安心するどころか苛立ちを覚えた。
新種アビスが町を襲撃した際、一人の鉱石商によってその弱点が火であることを暴かれ、火属性の武器が急速に普及したのだ。そのおかげで、ドラチナスのハンターによる新種討伐が迅速に進み、領外の商人たちが参入してくる前にかたがつきそうだった。
そうなれば、ギルドへの資金援助は新種開発による莫大な費用を補填するだけにとどまり、結局はなにも前に進んでいない。
カドルは不健康そうな色白の顔を歪め、眉間にしわを寄せて声を荒げる。
「そなたたちギルドはなにをやっている!? 無能ぞろいか? 知っているんだぞ、ドラチナス金庫はエルフの投資家に屈したらしいじゃないか。次はフローラで機密情報の流出だと? いくらなんでも度が過ぎる!」
「面目ありません」
「ふんっ、情報がどこから流出したかなど、鉱石商の若造に吐かせればいい話だろう。既に手は打ってあるのか?」
「いえ、奴も警戒しているようで、なかなか襲撃が上手くいかないのです。それに、奴の周囲にはよく騎士がうろついているようで……」
「なに? 偶然ではないのか?」
「分かりません。ですから、そちらは様子見にして、フローラのシャームには、内部のほうを洗わせています」
「ほぅ? 裏切者の尻尾はつかめそうか?」
「ええ。内部の裏切りというよりは、我々の動きをかぎつけた薬師の女の仕業のようです」
「情報を吐かせて消せ」
「もちろんですとも」
グレイヴは頷き愉快そうに片頬を吊り上げた。
カドルは安堵のため息を吐いてソファに背もたれる。不安要素が見つかってひと安心といったところだ。
しかし、ウィルムの周囲に騎士がいるのは本当に偶然か、それが気になった。もし偶然でない場合、ギルドに敵対する者が役人側にいるということになる。
カドルはため息混じりに呟いた。
「厄介だな」
「ご心配にはおよびません」
「随分と余裕だな、グレイヴ殿。新種を潰されてもまだ策があるというのか?」
「もちろんでございます。商人というのは、一つの失敗してもいいように保険をかけておくもの。次の手は既に打っておりますので」
グレイヴは獅子面に凄惨な笑みを浮かべ低く唸った。
カドルはその迫力に圧倒され息を呑む。
「い、いったいどんな策を?」
「それは知ってからのお楽しみです……ククククク、フハハハハハッ!」
――そして、ドラチナスの命運をかけた戦いは、とうとう最終局面へ移る。
翌日の早朝、ルークはアンフィスの執務室の扉の前に立っていた。
緊張で手は汗ばみ、顔が強張る。
彼は、ずっと温めていた改革案を進言しようとついに決意したのだ。
先日のウィルムの活躍によって、カドルの責任追及で追いつめられていた流れが変わった。
新種アビスは、急速に普及したフレアダイト鉱石と火属性の武器よって、町へ大した被害を出すことなく順調に駆逐されている。
五年前と違い、ギルドも領主も出る幕などない。
先手必勝。
ギルドとの真っ向勝負に出るのなら、今しかないのだ。
「……領主様、ルークでございます」
ルークは控えめに扉をノックする。
返事を聞くまでの静寂がまるで永遠のように長く感じられた。
心臓がバクバクと暴れているのが分かる。
「………………?」
しかし、いつになっても返事はない。
再度ノックするが、状況は変わらず。
普段なら不在と判断して後で再訪するのが礼儀というものだが、ルークの背筋に得体の知れぬ嫌な予感がまとわりついていた。
いけないこととは分かっていても、扉をわずかに開ける。
すると、嫌な臭いがルークの鼻腔を刺激した。
「これは……血?」
嫌な予感は現実となって流出した。
扉に開いたわずかなすき間から、ルークが慎重に部屋の様子を見回していくと、アンフィスがぐったりと机に突っ伏している姿が見えた。
「りょっ、領主様っ!? 誰かっ、誰かぁぁぁっ! 急いで医者を呼べ!」
ルークが大声で叫ぶと、すぐに騎士たちが駆けつける。
しかし、アンフィスは既に事切れていた。
背後から心臓をひと突きにされており、何者かが暗殺したのは疑いようもない。
いつもはいるはずの二人の側近も、忽然と姿を消しており、真相は闇の中。
今、ドラチナスの命運をかけた最後の戦いが幕を開けようとしていた。
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