口座凍結
結局、ウィルムはもやもやした気持ちを抱きながらも、帰宅し情報を整理することにした。
彼の家は元々大して広くもなかったが、今は以前と比べても随分と殺風景なものになってしまっていた。
それもこれも、生活費を工面するために必要最低限の家具を残して売り払ってしまったためだ。
ウィルムは色褪せた継ぎはぎだらけのソファに腰を下ろし、一人虚しく頭を抱え集まった情報を整理する。
失踪者はやはり全員が竜人で、一人でいるところを襲われ連れ去られた。
犯人はおそらく、薬屋フローラに依頼されたアルビオン商会のハンター。
そして連れ去られた竜人たちは、フローラの薬師によってなんらかの処置を施され、アビスへと変異させられている。
ドラチナスの裏でこうも大きく動けるとなると、バックについているのはギルドだと考えて間違いない。
後は、これをどう突き崩すかがウィルムにとって最大の課題となる。
シーカーから多額の出資を受けられたのはいいが、上手く使えなければ意味がないのだ。
むしろ、リスクの大きい賭けとも言える。
深いため息を吐きつつしばらく苦悩し続け、ウィルムがうとうとし始めてきた、そのとき――
「――ごめんください」
扉のノック音の後に、低く落ち着いた男の声が響いた。
突然の来訪者にウィルムの肩が震える。
もう夜も遅く、不穏な気配を感じざるを得ない。
ウィルムは警戒しながら慎重に玄関まで歩いて行くと、ゆっくり扉を開けた。
「ウィルムさん、こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません」
開口一番に突然の来訪を謝罪し、頭を下げたのは、ドラチナス金庫二番店の副店主である初老の男だった。
態度は丁寧だが、これまでの経緯もあって、ウィルムは頬を引きつらせた。
この男の顔を見ると、条件反射で警戒してしまうのだ。
「いったいなんの用ですか?」
「実は、二番店でご利用頂いている、ウィルムさんの金庫番口座についてご報告があります」
「……きたか」
「はい? 今なんと?」
「いいえ、なんでもありません。続けてください」
「ウィルムさんには、いつも大変良いお取引を続けて頂いている中、大変心苦しいのですが……」
副店主は長い前置きをして口ごもる。
いったい何回目だろうか。このような前置きをするときは内容が簡単に予想できる。あまりにしらじらしい態度に苛立ちすら覚えた。
ウィルムが眉を寄せ無言で睨みつけていると、副店主は咳払いして堂々と告げる。
「あなたの口座は凍結されました」
「……どういうことですか?」
「ウィルムさん、あなたは先日当店からの融資を打ち切られ、資産のほとんど回収されました。それは間違いありませんね?」
「……はい」
「それだと言うのに、そのすぐ後にまた大金を当店の口座へ入金された。そこで当店は疑念を抱いたのです」
「おっしゃりたいことは分かります。しかし、それは投資家からの出資金ですので、僕の隠していた資産などではありませんよ」
「なるほど。しかし今のウィルムさんに対し、出資するような方が本当にいるのでしょうか? なにか不正に得た金ではないですか? 窃盗や詐欺などの犯罪は犯していませんか?」
「客に対して随分酷い言い草ですね」
ウィルムは呆れかえって鼻で笑ってしまう。
副店主は言い方こそ丁寧だが、内容はあまりにも失礼極まりない。
完全にウィルムを見下し、化けの皮が剥がれていた。
これがギルドの中枢たるドラチナス金庫の本性か。
「申し訳ありません。あまりにも不自然だったものでして。当店の規則では、もし当店の金庫が不正な取引や犯罪に使われた場合、即座に凍結するようになっているのです。そこで当店は、あなたの不可解な行動に対して犯罪のリスクがあると判断し、口座を凍結させて頂きました」
ウィルムは内心で舌打ちする。
「なるほどそうきたか」と。
暴力で屈しないのなら、権力と金を利用して追いつめようと言う魂胆か。
これはギルドからの明らかな攻撃。ウィルムも大人しくはしていられない。
「それではあまりにも一方的じゃないですか!? なんの証拠もないでしょう!?」
「そうですね。しかし、そもそもあなたの信用自体が地に落ちているのです。疑われるのは自然な流れだと思いませんか?」
「それはあなたがたが勝手に言っているだけだ」
「さてどうでしょうか」
「っ……まぁいい。それで、入金していた資金は返ってくるんでしょうね?」
「いいえ、それはお返しできません」
「なぜ!? 店が客の資金を勝手に持ち去るなんて、そんな権利はないでしょう!?」
「規則ですので」
副店主は、まるでクレーマーを相手にしているかのように、なにを言われても淡々と決まった言葉しか返してこない。
ウィルムはこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「なにを言っても無駄なようですね。もういいです。返ってください!」
「残念です」
最後に副店主はそう言い残し去って行った。なんの感情もこもっていない言葉だ。
ウィルムは歯を食いしばり拳を強く握りしめる。
しかしそれとは対照的に、その頬は不敵にも吊り上がっていた。
「そっちがその気なら、やってやるさ。真っ向勝負だ」
眠気はもうすっかり覚めていた。
ウィルムは部屋へ戻り、すぐに筆をとったのだった。
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