冷徹な投資家
ウィルムは驚きに目を見開き、フェアの華奢な背中を見つめる。
彼女は両手を腰の後ろで組み、頭上を見上げて語り始めた。
――それはアビスの出現により、ウィルムがイノセントへ転がり込むよりも前の話。
当時、まだ駆け出しの商人だったエルダは、妹や知り合いの協力を得て、鉱石商として急成長していた。
イノセントという小さな村を拠点にはしていたが、鉱山のある領地が近くエルダの商才もあって、鉱石商として十分な成果を上げることに成功する。
そんな彼女に、ある日一人の若い投資家が声をかけた。
それがシーカーだ。
なんでも、美しい姉妹が切り盛りするジュエル鉱石商の噂は、都フォートレスにも広まっていたらしい。
彼はエルダの秘めたる実力と成長性に魅力を感じ、出資したいと持ち掛けてきた。その目的は、他地域や他国へ商いを広げ、収益を拡大すること。
しかしエルダは、今のままで十分だと言って断った。だがそれで引き下がる男ではない。
シーカーは何度断られても、ニーズのあるところへ鉱物資源を届けることがいかに重要かを説いたり、収益の拡大は納税先のイノセントをより豊かにできるなど、熱心に語り続けた。
エルダも次第に、シーカーの誠実さと情熱におされ始め、彼は信用に足る人物なのだという判断に至る。
二人のやりとりをそばで見ていたフェアは気づいていた。シーカーが情熱的になっている理由は、エルダへの好意もあったのだと。そしてエルダもそれに気付きながら、まんざらでもなさそうだった。
そしてついにエルダが折れ、シーカーの出資を受けて他地域、他国へ鉱石販売の手を広げ始めた。
だが不運なことに、ヴァルファームでの疫病の蔓延や自然災害による鉱山の一時封鎖などが重なり、ジュエル鉱石商の在庫が底をつく。影響収束のめどは立たず、それにより店の資金繰りが悪化するのは想像に難くない。
そして、状況を見極める間もなく、ジュエル鉱石商は撤退を余儀なくされた。
あてが外れたと悟ったシーカーが、早急に出資の引き上げを断行したのだ。
「――そんなことがあったのか」
「ええ、そのときのお姉ちゃんの落ち込みようは見ていられなかったです。私はそのとき思いました。『シーカーさんはなんて冷たい人なんだろう』って」
「でも、なんで今もエルダさんはシーカーさんと?」
「シーカーさんは出資を取り止めはしましたけど、それはやむを得ないことで、落ち込むお姉ちゃんの元へ何度も謝りに来ました。それでお姉ちゃんは思ったそうです。『彼は商人として信用できる人なんだ』って。確かに、あのときのシーカーさんの迅速な判断がなければ、私たちは立ち直れないほどの打撃を受けていたんですから」
「そうか」
ウィルムは感嘆の声を漏らし深く頷いた。
シーカーとは、感情に振り回されず冷静で冷徹な判断ができる商人だ。感情と損得勘定を両立させるというのは至難の業、もはや才能と言ったほうがいいかもしれない。
彼に底知れない恐怖を感じたのは、それが根底にあるからだ。
だからこそ、エルダもウィルムに紹介したのだろう。
「よく分かったよ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ、大したことじゃありません。あの人の協力を得られたのは、まぎれもなくウィルムさんの実力です。これから大変でしょうけど、頑張ってください。私もお姉ちゃんも応援していますし、協力できることがあれば、なんでもしますよ」
「うん、ありがとう」
フェアはウィルムのほうを振り向き微笑んだ。
ウィルムは神妙な表情で頷く。二人に背中を押してもらったのだ。失敗するわけにはいかない。
「それじゃあ行きますか」と言ってフェアが歩き出す。
そのときウィルムは、頭の隅に引っ掛かりを覚え、彼女が横を通り過ぎた後に問いかけた。
「そういえば、エルダさんの言っていた、フェアの『聞きたいこと』っていうのは?」
フェアが不意打ちを受けたかのように、ビクッと肩を震わせ足を止める。
しかしすぐには口を開かず間を置いた。
「それは……いえ、もういいんです」
振り返らずにそう言って再び足を動かした。
ウィルムは眉を寄せて遠ざかるその背中を見つめる。
彼女の声には、わずかの苦しみと悲しみが混じっているような気がしたのだった。
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