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嫁いだ女 ※焔視点

鬼神族を知らぬ生き物には、物心つく頃から会ったことがない。

悪い意味で、私の一族は有名だった。大袈裟なほどに。

『神』という名を持つ種族は、鬼神族以外にもいる。

例えば福神族。名の通り、彼らは貧困を知らない。

例えば水神族。水辺に生き、治水を生業とする。

だが、鬼神族ほど悪名高く、世間に知れ渡る種族はない。


故に、出会うモノ出会うモノが皆、『私』を通して鬼神族を見る。

誰も俺を見つけない。

誰も『秋雨焔』という個を見ない。

それに気付いた時は、落胆した。そしてその日から、俺は俺を見つけるモノを求め始めた。


時には探しすらした。

だが、現れなかった。

鬼神族を知らぬものなど、何処にも居なかった。

どこにも。


今まで会ってきた同族以外の全てのモノが、俺に勝手なイメージを持っている。

粗暴で粗野で乱雑で横暴で狂暴で恐ろしい生き物。

厄災を振りまいて喜んでいる、卑劣で下劣な生き物。

そんな奴らなのだと、知った顔で鼻をつまむ。


恐怖も畏怖も盲信も、哀れみもいらない。

ただ、『俺』を見つけてくれ。

それだけで、救われるから。


勝手なイメージが嫌で、自分を『私』と呼ぶようにした。

鬼神族であることを呪ったことも、疎んだこともない。

それでも、同族以外からの勝手なイメージや思い込みには辟易した。


『俺』を見つけて欲しい。

その欲求は日毎に強くなっていった。

そしてそれは、俺以外の全ての同族が死に絶えた時から、加速度的に強くなっていった。

誰も『俺』を見つけない。

それは強烈な孤独だった。


一年に一度、私の住む山を持っている殿に、挨拶をせねばならない。

そのため、どうしても人里に降りる。

その度に晒される視線は、沼の水のように纏わりついてくる。

恐怖、畏怖、嫌悪…。時々、哀れみや羨望。

それらには全くなんの価値もない。


朽葉が、そしてそれに連なる家族がいなければ、私はきっと、もっと壊れていただろうと思う。

俺を見つけてくれ。

俺という個人を知ってくれ。

その願いは、声になることもなく胸の内に居座っていた。


俺は俺を、俺の一族を知らぬ者を渇望した。

何も知らないモノを欲した。

だってそんなモノなら、きっと偏見なく見てくれる。

庭先に飛び回る小鳥の話ができるかもしれない。

誰かの描いた素晴らしい本の話ができるかもしれない。


「そうしたら、お前は来た。………来たのだ」


その願いが、願望が、切望が、まさかこんな形で現れるなんて!


始めは信じられなかった。

目の前に座るこの娘は、何も知らないと言う。

その瞳にも仕草にも、言葉にも偽りは見えない。

俺の話を聞きながら、それは全て全くの初耳だという顔をしている。

そしてその上喜ばしい事に、『俺』に恐怖を抱いていない!

ようやく、ようやくチャンスが訪れたのかも知れない。


「だから今一度問おう」


あぁ、だからどうか答えてくれ。


「今ならば帰れる。元の家に帰るも、この家…」


どうか、応えてくれ。


「『俺』に嫁ぐも、お前の自由だ」


『俺』を、見つけてくれ。


「どうする?」


お前の意思で、『俺』を求めてくれ。

受け入れてくれ。知ろうとしてくれ。

ただの蛍として、ただの焔を見つけてくれ。

どうかーー。


それは間違っても愛では無かった。

それでも、今の俺には愛より欲しいモノだった。


「私がここに残る場合、それは私一人の問題には出来ませんよね? 焔様は本当にいいんですか?」


彼女の、きっと彼女にとっては何気ないだろう返答に、俺は満たされていくのを感じた。

俺を気遣うそれは、媚を売る声色ではなかった。

俺は既に覚悟していたのだ。

どんな理由であれ、ここに嫁ぎに来る物好きであるなら、護ろうと。

例え愛せずとも。


「では、不束者ですが、末長くよろしくお願いします」


その一言が、どれだけ嬉しかったことか。

愛の一片すら無いそれに、こうも満たされる。

娘の赤茶けた瞳には、熱はなかった。

けれど、確かに俺自身が写っていた。

それだけで、大切にする価値がある。


もしかしたら、夫婦として正しい在り方ではないかも知れない。

けれどそれでも、俺はこの小さな光を、大切にしたいと思った。

もっと蛍を知りたいし、俺を知って欲しいと思う。

乾き切った心の砂漠に、ようやく水が与えられた。

まだまだ全てを潤すには程遠いが、それでも、歓喜した。


ずっと私の中で息を潜め、光が差すのを待っていた『俺』が、光を浴びた瞬間だった。

ずっとずっと、私の皮をかぶっていた、俺が。


「鬼神族、族長にして最後の生き残り。秋雨焔あきさめほむらと申す。我が一族へ歓迎致す。至らぬ夫であろうが、末永く、よろしく頼む」


ようやく、俺を見つけてくれるモノを見つけた。

愛をろくに知らない俺にとって、愛がなくとも彼女は充分なほど嫁に相応しい。

俺を受け入れて、理解しようとしてくれさえすれば良いのだから。

それだけで俺は、満たされるのだから。


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