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3 名残りの傷痕


ではでは、なんて、牛車の後ろにぞろぞろ控えていた美女たちは、先程焔様に話しかけた彼女を除いて皆さっさと来た道を引き返していく。

それを見送ってなお、帰れないという実感一つ湧かないのだから、我ながら随分呑気なものだ。


「とりあえず、中へどうぞ」


泣き黒子の美女はにこにこと愛想よく私を招く。

…第一夫人だったりするのだろうか…?

この国は同性婚も一夫多妻も一妻多夫も認められている。ありえない話じゃない。

その疑問が顔に出たのか、単純に間を持たせるためか、彼女は明るく口を聞いてくれた。


「私、女中をしております、朽葉くちはと申します。これからよろしくお願いしますね、奥様」


あ、女中さんなんだ、なんて思う間もなく告げられた「奥様」の破壊力よ…。

何の理解もせずに嫁に来たとか今更すぎるけどめちゃくちゃだな、自分。

つか親族もいなけりゃ嫁入り道具すらないけど、いいのだろうか?

奥様と呼ばれることを否定していいかどうか悩んでいる間に、こちらへ、なんて先を促された。

……言い出すタイミングを失った。


通された家はやはり古くても立派で、なんだか前世の武家屋敷を想起させる。

すげえ。異世界に来てまで、木と土と紙で出来た家に住むなんて…。

とはいうが、今世の私の実家だって木と土と紙で出来てたから今更すぎる感想だ。

そういう意味では本当に、異世界に転生したというより、過去へ遡ってしまった様な気にさえなる。

………過去の日本がニブフイエとかいう名前だったことも、魔物や魔法が闊歩したことも無いだろうけど。


「こちらが奥様の私室になります。お好きにお使いください。また、必要なものがございましたら、遠慮なく申し付けてください」


「ありがとうございます」


通された部屋は伽藍堂で何にもなかった。

埃も無いが家具もない。

とりあえず、あの焔様と同じ部屋ではない事に僅かに安堵する。

夫婦…? なのにこんなんで良いのだろうか…。と思わなくもないが、いきなり馴れ馴れしくべたべたされるよりマシな気もする。

今更すぎるけど、私で良かったのだろうか…。


「家具などは奥様の好みに合わせて調度したく…。準備不足で大変申し訳ありません」


無言の私に気を使ったのか、朽葉さんは頭を下げだした。

考え事やぼーっとしてることの多い私は、返事や愛想笑いというのを失念しがちだ。

そのせいで前世の頃から無愛想だとかぶっきら棒だとか、そんな不名誉な認識をされやすい。

今回もそれが発露したかもしれない。


「え! そんな…。大丈夫です。こちらこそ、本当に何の準備もなく、スミマセン……」


私としては誰かを蔑ろにするつもりなど一切なく、この家の人…鬼? たちとも出来る限り平穏でいたい。

慌てて弁明してみれば、朽葉さんは一瞬だけ目を見開いて、無防備な顔をした後、くすりと小さく笑った。

え、私何か変なこと言いました?


「奥様は面白い事をおっしゃいますね」


え、それどういう意味…?

今度はこちらがきょとんとする番だ。

なのに朽葉さんはくすくすと控えめに、美しく笑うだけでそれ以上は何も教えてくれない。

…………。まあいいか。あまり悪い印象を持たれてないならそれでいいや、と、考えるのを一旦やめる。

笑う美女は眼福だとばかりに眺めていたら、右目の上の方、長い髪に隠れるようにして、コブのようなものが出来てるのを見つけた。


「! 朽葉さん、怪我っ…!」


思わず手を伸ばし、髪を払う。

後から思えば大変失礼なのだが、今はそんなことを考える余裕もなかった。

それは例えるなら、岩を砕いた断面の様な様相だった。

でも、見ようによっては石を投げつけられた時に出来る傷によく似ていた。

血が出ている訳ではないが、なんだか痛そうで、思わず眉根を寄せる。

朽葉さんほどの完璧な美女にさえ、石を投げる者がいるなんて…。


カビムシと呼ばれて石を投げられた事がある。

石というのは本当に痛い。当たりどころによっては本当に死ぬかと思うくらいには痛い。

だからと言うわけではないが、私は怪我というものに弱い。

大抵のことは大雑把に大らかに、何なら無関心に近いレベルで許容する私だが、怪我だけは看過できないのだ。


何事かと目を見開いて硬直する朽葉さんを放置して、私はとにかく冷やすものか包帯を探さねばとオロオロ周囲を見渡した。

が、やはり特に何もなく、とにかく治療で頭の中がいっぱいになっている私は、ほぼ無理矢理に朽葉さんをその場に座らせた。


「ひ、冷やすものか何か…何か探してきますから、大人しくしてて下さい!」


「え、あ、あの…!」


朽葉さんが何かを言いかけていたが、それに構わず部屋を飛び出した。

が、先ほど来たばかりのこの家。

どこに何があるかなど、当然皆目見当がつかない。

誰か、誰か人を呼ばねば…!

この家にいる私が呼べる者など1人しかいない。


「ほ、焔様ーっ! 旦那様! ご主人様っ! どちっ、どちらにー!」


切羽詰まっていたとはいえ、とんでもない呼び方だ。

だがそんな理性が追いつくより先に、パニックになった子犬のように捲し立てた。

しかもダサいことこの上ないが、『どちらにいらっしゃいますか?』と聞きたかった言葉を盛大に噛んだ。


「何だ」


流石に驚かれたのか、焔様はすぐに現れてくれた。

若干の面倒臭さを醸し出している様にも見えたが、今はまるで天の助け。


「朽葉さんが怪我をっ! 冷やすモノか…! ほ、包帯とか!」


縋るようになんとか言いたいことを捲し立てれば、焔様の静かなその顔に動揺が走った。


「石を、多分投げられたみたいな! 痛そうですから!」


支離滅裂な言葉を投げつけている私に、焔様は呆れもせず耳を傾けた。

口の中で小さく何かを呟かれた様にも見えたが、聞き取れなかった。


「朽葉は何処にいる?」


怒りのような光を灯した紅蓮の瞳が焦りを滲ませていた。

がしりと掴まれた左腕が痛い。だが、それより朽葉さんの怪我だ。


「私の部屋にっ!」


「奥様、焔様、落ち着いてください。朽葉は無事ですから」


なんとか絞り出した言葉に、待ったがかかる。

大人しくしていろと言って部屋に置いてきた朽葉本人が、涼しい顔で立っていた。


「奥様、これは古い古い傷痕です。痛みは有りませんし、これ以上悪くはなりません。ご心配をおかけしました」


「へっ…?」


朽葉の言葉に思わず素っ頓狂な声が出た。

強烈な力で握られていた左腕は解放されたが、掴まれた余韻がしっかり残っている。


「申し遅れましたが、私は鬼女でして。角があると何かと不便ですので、遠い昔に自ら切り落としました」


これはその名残です、と、髪をあげた。

そこにあるのは先ほど見た傷痕だと思い込んだ、朽葉曰く角の名残。

いや鬼女とか知らんし怪我にも見えるしなんなら厳密には傷痕なんだからそりゃ間違えるでしょうよ。

思いつくままの言い訳は何も言葉にならないまま、じわじわと顔が熱くなってきた。赤面待ったなし。


「痛く、ない、です…?」


どうにかこうにか絞り出した声は稀に見る情けなさだった。

が、朽葉は穏やかに柔らかく笑って、「はい」と答えてくれた。

…………うわぁ…。

足腰から力が抜けてしまい、へなへなと情けなく座り込む。

恥ずかしすぎて顔があげられない。


「ご心配をおかけしました」


ですがもう大丈夫なのです。と、その言葉を聞いて遂に両手で顔を覆った。


「穴を掘ってください…」


「は? 穴、ですか?」


私はその穴に入りたいです。と、か細い声で言った。

まさか嫁いできて真っ先に穴を所望する嫁なんていないだろう。

きょとんとした朽葉は主人である焔の顔色を伺ってみた。

焔は真面目な顔で、何処に穴を掘るべきか悩み出していた。


「奥様。死ぬにはまだ早すぎるかと。焔様も真に受けないでください…」


朽葉がそう言えば、何故かきょとんとした顔でこちらを見る顔が2つ。

可哀想なほど赤面している奥様と、涼しい顔の焔様。

なんだかその2人の表情が妙に愉快で、朽葉はくすりと笑みをこぼした。

この奥様なら、焔様と気が合うかもしれない。


そんな確信めいた予感とともに、溢れでる笑みを抑えきれず笑う。

すると、娘と男は何事かといった顔で互いの顔を見合わせた。

その時の2人の情けない顔といったら!

朽葉は暫く、一人で笑いこける羽目になったのだ。

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