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26 ラスボスと散歩

龍海ちゃんはその後、仕事があるといってそそくさと退散してしまった。

まだ龍海ちゃんたちの話聞けてないのに。

文字通り、今度ってやつになったのだろう。


次に話を聞くのは龍樹くんか朽葉さんがいいなぁ。

そう思いながら屋敷に戻って散策するも、二人の姿は見えず。

屋敷に慣れたとは言っても、向かう部屋は非常に限られていて、だから私が無意識に足を動かそうものなら。


「…らすぼす」


焔さんが普段過ごしている書斎に着くのも仕方ないと思う。

とはいえ、流石にここでラスボスに対面する度胸はない。

回れ右で回避しよう。そうしよう。


「蛍か」


ラスボスの方からやって来られちゃ回避のしようもないわ。

ラスボスもとい焔さんがいたのは書斎ではなく、その隣の物置部屋だった。

ランダムエンカウントだと!?

ラスボスはシンボルエンカウントじゃないのかよ!

…なんだよエンカウントって!


「ほ、むらさん、書斎にいたんじゃ無かったんですね」


完璧に不意をつかれた私の声は面白いくらいひっくり返っていた。

が、くすりともしない無愛想な焔さんは、じっと私を見つめてくる。

な、なんでしょうか、やましいことはしてませんが…?

そう思いはしても、抗議も意見も口からは出ない。


「俺に用か」


独特の微妙な沈黙の後、焔さんはそれだけ言った。

いや、最終的には用ができる予定ですけど、今はまだちょっと心の準備とかまだかなぁなんて…。

無意識に目をきょろりと一周回して、いやぁ…と口籠る。

正直に目的をいう度胸はないが、適当な理由もすぐには思いつかない。


「用事というか…さ、散歩です」


「そうか。俺もちょうど、少し歩こうと思ったところだ」


苦しい言い訳かと思いきや、思わぬ食いつき…。

あれ、通りがかっただけなんで、って言って退散するつもりだったんだけど。

まさかのそこで会話が続く…?

普段だいたいの会話は「そうか」でぶった切るくせに…?


「よければ、共に来るか?」


うーん! そうくるか!

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

散歩自体は好きだし、焔さんの散歩コースも気になる。

でも聞きたい事とか、まだ聞く勇気というか、踏ん切りがつかない。

………別に今は聞かなきゃいいだけか。フツーに散歩すればいいよね。

龍樹くんも朽葉さんも逃げないし、また今度話を聞きに行けばいいんだもんね。


「行きます」


刹那の間に脳をフル回転した結果、当たり障りのないフツーの結果に落ち着いた。

散歩の誘惑には勝てなかった。

焔さんはちょっと嬉しそうに笑った。

…………笑った。


「ならば、俺のよく行く道を案内しよう」


紅蓮の目を水飴のように甘く溶かして、焔さんは笑った。


「そう遠くないが、疲れれば直ぐに言え」


何処に笑いの琴線があるのか分からないヒトだ。ともあれ、眼福には違いない。

そう、今までと同じ感想をぼやく自分の脳裏の片隅で、正体不明の熱暴走がおこった。

それは容赦ないノイズで、思考をぐちゃぐちゃと掻き回していく。


「?……???…?」


ばくばくと早鐘を打つ心臓を、その心臓から送られてきたノイズの処理を、私はどうしたらいいのだろう。

訳わからないうちに心の臓がきゅーっと締め付けられて、顔が火照ってくる始末。

けれどそれは呼吸できないほどの苦しみでも痛みでもなく、絶妙に心地がいい。

いや、マゾなのではなくて、ちょっと思考が浮つくというか、夢見心地みたいになる。


「…蛍?」


すると焔さんの笑みは影に消え、心配そうな、不安そうな顔になってしまった。

けれどそれによって、はっと我にかえって、私はふるふると頭を軽く振った。


「大丈夫か? 無理はするな」


「無理なんかじゃ…! 大丈夫です、行きましょう」


いっそ体調が悪いと言えば、すぐにそこから脱出できたのに。

なんだか今は、焔さんのそばにいたかった。

おかしいな、さっきまで適当な理由をつけて逃げてしまえと思っていたのに。

自分の感情と行動と思考が、なんだかちぐはぐで噛み合わない。

自分のものではないみたいだ。それぞれが勝手に動こうとする。


「…体調が優れなければ、直ぐに言え」


まだ少し心配そうな顔で焔さんは念押しした。

その表情かおに、何故かまた心臓が跳ねた。

今日の心臓は忙しない。何故だ。

うまく言葉がでなくて、思わずこくりこくりと首を縦にふった。

不思議だ。よもや病気じゃなかろうか…。

でも、ついこの前に病犬やまいぬの誰だっけが粗方食べたとか言ってたのに。


納得しきらない表情を隠しもしなかった焔さんだが、やがてその足を動かし出した。

その姿を見て、一拍遅れてから私も歩き出した。

会話はなく、だからなのか、くるくると渦を巻く思考は止まらないまま。

どこかぼんやりとした意識のまま、焔さんの後をついて歩く。


廊下を歩き、門を越え、日の下を行き、風と進む。

景色の移り変わる中で、焔さんの背中だけが変わらずに目の前にある。

会話がなく、沈黙が私たちの間を陣取っていて、喉からの声は押し戻される。

何を言えばいいのかわからなくて、なんとなく居心地が悪い。

前を行くヒトの表情は当然見えないし、彼も何も言わないまま。


沈黙を心地よく感じられるほど、私たちの距離は近くない。

先ほどの例え難い衝動も情熱も、ゆるゆると落ち着いて、心臓も思考も、今は平常になっている。

ただぼんやりと目の前の背中ばかりを捉えていた視線を、ふらふらと周囲に向けてみる。

青々と、そして生き生きと茂る草木と、その隙間を縫うようにキラキラと光る日差し。

人の手の入らない、生命たちがいた。


「あ」


茂みの奥で、すい、と頭を上げた動物を見つけて、思わず声をあげる。

大きな耳をゆらりと揺らして、こちらを向くこともなく藪の中に隠れてしまった。

それは前世でも見たことがある、兎だった。

今世では縁がなかったので、随分と久しぶりに見たことになる。

思わぬ出会いにくすりと笑みをこぼす。


「野兎か。珍しい」


頭の上からした声に、はっと顔をあげれば、存外近くに焔さんの顔があった。

先ほどまで背中しか見えていなかったそれに、私の心臓はまた跳ねた。

何か返事をしたかったけど、それらは結局、何の言葉にもならないうちに、焔さんが背中を見せてしまう。

無言のまま再開した散歩に、僅かな居心地の悪さを感じた。


異様に長く感じる時間を、風と木々、動物たちの音に囲まれて歩き続けた。

緩やかではあるがしっかりと続く坂道に、私は軽く楽しいを通り越していた。

根を上げてしまおうかとも思ったが、うまく言い出せないまま、目の前の背中を追っている。

焔さんも私も、野兎の時以降、一言もないままだ。


それでも不思議と気まずさは軽くなっていて、この背中についていくのは苦痛ではない。

…いや、あくまで精神的に、というだけで、肉体的には正直休むか帰るかしたいな、と思うくらいには疲弊してるんだけど。


そのどちらも口から出ないのは、別に焔さんが怖いとか、そういうんじゃなくて。

ただなんとなく、なんとなく。

この瞬間を、終わらせたくないから。

この沈黙を破れば、何かが終わってしまうような気がしたから。


明日はまた確実に筋肉痛だと覚悟しながら、だんだん無心になってきた思考のまま、ただただ焔さんの背中を追う。

さらさら、さわさわと、水の音が遠くから聞こえてきて、風の音をかき消していく。

頬を撫でる風も幾分か冷たくなった。

足はまだ、止まらない。


「大丈夫か?」


どれほどの沈黙の後だろう。

気付けば無心で下ばかりを見ていた私に、焔さんの声がかかる。

はっと顔をあげれば、焔さんは息ひとつ弾ませず、流れるように私を振り返った。


それは、息を飲むような景色だった。


焔さんは私の数歩先の陽だまりにいて、私は木陰の中にいた。

日の光は流れる川の水面を舐めるように走り回り、ちかちかと周囲を照らしている。

山の上だからか、河原に転がる岩はどれも大きくて無骨で、苔むしている。

まだ肌寒いここでは芽吹きも遅いのか、日の光に照らされる新緑も鮮やかに目に飛び込んでくる。

ざあざあと、途端に大きく聞こえる水の音。

大きな運河にはない、力強く弾け飛ぶ水は生き生きとして見える。


「  」


思わず出た言葉は、山の生きる声で掻き消えた。


大変遅くなりましたあああ!!!

まだまだ停滞すると思いますが、ちゃんと続ける所存です。

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