新たなる世界へ
何故かギャグめいた場面が……。
「クライさん、今日は貴方も一緒に来てください」
あの決断から翌日、他の神から連絡を受けたシルヴィア女神は、私にそう告げてきた。
その言葉を受ければ、大抵の事は察せる。あるいはまだ選択肢は残されているかもしれないが、決断を済ませた私達にとってはほぼ決定したような物だ。
「そうですね。ですが行く前に、1つ伝えておきます。貴方がこれから会うのは、生まれながらにして神として存在する『大気の神』です。気さくな方ですけど、覚えておいてください」
「はい。分かりました」
「あんまりな敬語の使い方もダメですからね」
「はい」
釘を刺されたからには気をつけよう。気さくな敬語を心掛ければ良いのだろうか。しかし気さくな敬語とは一体。
玄関口まで来て、彼女の後ろに付いて扉を通る。
その先は道ではなかった。屋外にも出ていない。その証拠に、見上げれば天井がある。
しかしその天井は今まで過ごして来た所の物とは全く違う。どうやら扉を一枚くぐっただけで、別の建物へとやってきたようだ。私が居た世界の様な現代的な作りとは程遠いが、間取りはどことなく会議室と似ていた。
「ようこそ、会議室へ」
なるほど、これは会議室に似ているのではなく会議室そのものだった。
並べられた椅子の一つに腰掛けた、ただならぬ姿と雰囲気の男がこちらに目を向ける。
「お初目にかかります。私の名前は倉井 明と申します」
「確か前の方が家名だったかな。よろしく、クライくん。僕は大気の神、人類由来じゃない方の神だから、これ以外に名前は無いよ」
根っからの神、存在の始まりにて既に神となっている存在。
今初めて目にしたのだが……、その雰囲気から、シルヴィア女神とは確かに違うと明確に理解した。
ありきたりな言い方かもしれないが、格が違う。
「さて、彼女から聞いているかもしれないけれど、一から説明するね」
「はい」
「先日、キミの居た世界の人類が滅ぼされた。その原因は、どこかの神が送り出した特殊な魔力だ」
その魔力によって人々は理性を失い、魔力によって植え付けられた本能に従う。
「僕達は調査を始めたけれど、残念ながら結果は芳しくない。分かったのは、その魔力に狂わされた魂がどこかに連れて行かれる事。行き先に関しては全く見当がついてない」
「幸いな事に何人かの魂を確保できましたが、魔力の除去もままならず、ただ収容しているという状態です」
魂の行先も、犯人の動機も不明。少なくとも真っ当な理由ではないだろうと考えると、今確保されている魂は幸運としか言いようがない。
「転移するように消えるし、転移の追跡も対策されている。進展の少ない現状のまま、その魔力がまた別の世界に現れた」
そこまではほとんどが既知の話だ。問題は、この後。
「クライくん。キミにはあの魔力に対する免疫があると……、確たる証拠は無いけれど、一度は生き延びたという事実からそう確信している。だからキミに調査をお願いしようと思っているんだ。魔力の被害を受けている世界に降りてね」
「はい」
頷く。昨日の時点で決断は下している。
「お望みとあらば、私はあらゆる命を果たしましょう」
「うん。……ねえシルヴィア。なんか悪役の中ボスみたいな事言ってるよ、この子」
「ごめんなさい、こういう子なんです……」
……どうやら気さくな敬語を失敗したらしい。
「うーん、あんまり畏まったのは苦手なんだけど……。とにかく、協力の意思ありということで良いんだよね? 最悪、死よりも酷い結末だってあり得るんだ」
「……はい」
なるべくシンプルに敬意を示そうと思い直した俺は、一言だけで返答する。
「うん、よろしい。それじゃあ、送り出す用意を始めよう」
すると、大気の神が手拍子を2つ。それに応じて冊子と大量の武具が周囲に現れる。
「クライくんがあの世界に降りるにあたって、装備と能力を授けようと思う。定番だね?」
「定番……?」
「あ、そういうの読まない方? 気にしないで」
「ああ、いえ。私めの無知を……コホン、なんでもないです」
そろそろ学習した私は言葉を中断する。また”ちゅうぼす“だのと言われかねない。
武具には種類があり、剣、槍、斧等の近接武器は当然の如く、弓にボウガンに拳銃に、そして杖の様な物まで用意されている。一角には防具が一式ある。
銃火器に関しては、残念ながらマスケット銃の様な物しかなかったが、それよりも気になるのが杖だ。いかにも魔法が使えそうな見た目をしている。
「その杖に目をつけるとはお目が高い。キミが想像している通り、これから降りる予定の世界は、所謂剣と魔法の世界。人々を脅かす魔力とは別に、自然の一部に組み込まれる様に魔力が大気中に存在している。……ややこしいから、件の魔力の事はキミの世界で呼ばれていた『穢れ』で区別しようか」
「……魔法の影響力はどれほどでしょうか」
「日常生活に浸透してるよ。もちろん武力としての影響力も大きいけど、魔法使いと剣士を一人ずつで見た時のパワーバランスは、割と拮抗してるかな?」
「あの世界、熟練した剣士になると、ショットガン超えの威力の剣撃を飛ばしますからね……」
……バケモノでは?
「まあ、魔法に関しては頭程の大きさの火とか氷とかを飛ばしたり、電撃を飛ばしたり風で切り刻んだりができれば一人前って所だよ」
そこはこちらで想像しているものと一致するが……。
「そうそう、本来キミの体は魔力に全く適応してないから、もちろん魔法も使えないけど、それは元の体の話だからね。今キミが動かしているその体は、魔法使いとなる為の基本的な機能ぐらいは備えてるよ」
なるほど……。
「でも、それはあくまで基本。これからいい感じに調整するからね。その冊子を見てご覧。
言われたように、冊子を手に取って読んで見る。
どうやら多数に用意された特殊な能力を纏めてくれているらしい。
「この中から2つ選んでね。それ以上やると魂が受ける影響が悪い方向に転がっていっちゃうから。ついでに基礎能力の強化と、魂に影響を与えない程度の能力も付け加えるけど、こっちは別枠ね」
「わかりました。しかし、現地での活動は一体どのようにすれば良いのでしょう? それ次第では、選ぶべき能力が違うと思うのですが」
調査の過程で戦闘が多く発生するとか、調べ事が多くなるとか、はたまた鉱物を掘り出したり鍛冶屋をやったりする事もある。……可能性がある。
「確かにそうだね。えーっと、強力なモンスターなんかが穢れを蓄えている可能性がある。先ずはそれらが持つ核、魔心核をこっちに送ってもらおうと思ってる」
「地上からこちらに送れるのですか?」
「もちろん。あとで専用のアイテムを渡しておく。その依頼と並行してだけど、凶暴化した人間の鎮圧もお願い。これはさっき言った様な魔法や剣術を扱える凶暴化個体も居るから注意」
所謂ゾンビ退治だ。魔法や剣術に関しては要調査だな。
魔心核の方は……聞いたことないが、モンスターを倒せば手に入ると考えていいのだろうか。ならば戦闘を主軸にしよう。穢れに免疫を持つのは私のみだから、単独での戦闘を想定するか。
「魔心核について説明します。主に心臓付近で発見される、見た目が大きめのビー玉みたいな結晶です。モンスターが魔法を使う為に魔力を蓄える器官、と考えていいと思います」
「解説ありがとうございます」
「穢れの影響は、今の所2人だけが受けているのを確認してる。既に普通の魔力で満ちているのもあってか、クライくんの世界と比べて拡散しづらいみたい」
と言われても、のんびりして良いわけではないだろう。
冊子に書かれた能力を一通り見て、選択。武器に関しては使い慣れた槍と剣だ。とは言っても、生前愛用していた手作りの槍とナタとでは使い勝手は違うだろう。
防具も最低限の防御力で留める。体多数の戦闘では機動力が頼りだ。
「装備はそれで良いんだね? 能力も決まったかな?」
「はい、『神造心核』と『魂響定位』をお願いします」
冊子によれば、神造心核とは魔力を蓄える容量や回復の速度などを大幅に強化する能力……と言うより、その器官が体内に埋め込まれるらしい。松明ほどの火を大量にばら撒くのでも、対ゾンビの戦闘では効果的だ。継戦能力の底上げにも期待している。
魂響定位は、魂を持つ存在を第六感で感じ取る能力だ。この能力に熟練すれば、民衆の中に紛れ込んでも一人一人の位置を正確に把握できるとのこと。視界外の存在を把握できるのは大きな利点だ。
「思ったより地味だけど……これで良いって顔だ」
「はい。私が想定している状況で、最も能力を生かせる構成の筈です」
「うん、頼もしいね。……でもシルヴィアちゃんが何か言いたげだ」
「え? い、いいえ! そんなこと……あ、りますけど」
ふむ、シルヴィア女神から意見があるようだ。大気の神に話を向けられて狼狽えているが、確かに何かを言いたげな目がこちらを見ている。
一体どうしたのだろう。
「……貴方のその構成は、単独行動、無補給の状況を想定していますよね。私としては、現地の協力者に頼るのも手だと思うんです」
協力者……。
なるほど、一人より二人、二人より三人なのは確かだ。一人で全方向に対応するのは無理があり、二人ならば180度を見れるから現実的。もっと多くなれば同じ方向に対して複数人で対応できる。
360度囲まれたなんて最悪な状況はめったにないが、狭い通路での挟み撃ちや、一方向から海のようにゾンビがなだれ込む状況でも人手の有無は重要だ。
だが、私は仲間という存在を得ようとは思わない。仲間のおかげで危機を切り抜けることができるかもしれないが、我が身に降りかかる危機、リスクが増えるようではダメだ。
「ご意見ありがとうございます。確かに協力者の存在は重要ですが、感染した場合のリスクは無視できません」
「う、そうですよね……。真夜中に凶暴化した仲間から襲われたら……」
しかし、前提が単独行動から集団行動となったとすれば、危機を『何とか脱する』のではなく『確実に突破』出来るように能力を生かせられる。
ふむ、ではこういうのはどうだろうか。
「凶暴化への対策方法が発見された際、仲間を見つけ次第、その集団で任務を執行するのは如何でしょうか」
「それなら、大丈夫です。一人で戦う貴方の姿は見るのは、私としても色々と思うところがあるので……」
私情という事だろうか。凶暴化の事がなければ有用な助言だから、気にせずとも良いのだが。
「それじゃあ、他に意見は無いよね? これからキミを世界に下す段階に入るよ」
「はい……ですが、行き先の地理などは不明でしょうか?」
「大丈夫。能力に組み込んでるよ」
「分かりました。でしたら問題ないです」
「よしよし。ああ、転移場所は王都から離れた村にするね。丁度小さな教会があるから、その中に」
「はい」
「転移後、その世界を管理する神から交信を受ける段取りになってるから、彼のサポートを受けつつ活動。その世界における文化や常識とかも、知りたかったら聞いてね」
「はい」
「特に戦闘面は頼りになるはずだよ。彼の生前は英雄とも呼ばれた男で、指揮官も経験済み。きみが入眠したら顔を合わせられるから、その時にでも稽古とかつけてもらっても良いよ」
所謂軍神とかいうやつだろうか。きっと威厳のある神なのだろう。
……いや、目の前の神様も十分威厳があるのだが。
「ボクらも定期的にキミの所に連絡するからね。シルヴィアちゃんも、クライくんが寂しくないように交信してあげてね」
「はい。こちらの時間が空いたら、電話を掛けますね」
……電話を。
「あ、いえ、交信を」
良かった、聞き違いだったらしい。
しかしシルヴィア女神とまた話せるのなら、心置きなく向こうで活動できる。
時々食生活について聞くから、1人になってもしっかりとした物を食べて欲しい。それと穢れ関連で多忙なのは分かるが、睡眠時間も少しは確保してほしい。
「ちゃ、ちゃんと寝てますよ?!」
不敬を承知で言うが、朝と晩に寝室を出入りする書類の数々は、家でも仕事をしていると言う証左に他ならない。
事が事だから優先度は高いし、欠かせない仕事かもしれないが、家事雑事を担っていた私が行ってしまうのだ。誰かと仕事を分担出来るなら分担する事を進言したい。
「うう……そんな言い方しなくても」
この言葉はシルヴィア女神を気遣っているからであり、愚痴や戯言などでは決してない。
「本当に気遣っているのが分かってるから何も言えないんですう!」
なら、もう何も言うことはない。
「テレパシーコミュニケーションも久々に見たなあ……。クライくん、シルヴィアちゃんはボクの方からも気にかけるから、安心して行くと良いよ」
「宜しいのですか?」
今まで大気の神を置いてけぼりにしていた事に気づき、軽く謝意を込めた礼をしつつ確認をとる。
「もちろん。キミも被害者なのに、こうして頼ってるんだ。ちょっとした事ぐらいは融通するよ」
それは嬉しい。大気の神ならばそう雑なことはしないだろう。シルヴィア女神を任せられそうだ。
「その顔を見ると、2人の関係性が垣間見えるねえ」
「大気さんも、そんな微笑ましい物を見る目で見ないでください……」
「あはは。さて、これでキミも心置きなく行けるかな?」
準備万端だ。シルヴィア女神に伝えておきたい物は全て伝えた。
視界の隅で拗ねる女神の姿が映るのが若干心痛ましいが、私の心配事は書類に埋もれた女神が後に発見されることでなので、抑える。
「はい、問題ありません」
「よし、それじゃあそこに立ってて」
「はい」
「はいそこ! じっと待っててね」
何も無いちょっとした空間に棒立ちでいる。
するとおもむろに大気の神は片手を高く掲げ、口を開く。
「『大気の神の名に於いて宣言する。これより「地球」に生まれ落ちた「倉井 明」の魂を、「五源の地」に転移させる』」
「……」
「……はいオッケー。じゃ、行ってらっしゃい。ポチッとな」
「え?」
さっきの宣言が転移のトリガーになるのでは?
そう勘違いしていた私の意識は、直後に瞬きした時を境に途切れた。
大気の神「宣言して記録に残さないと、後々言われるんだよねえ……」
シルヴィア女神「思うんですけど、宣言と転移実行の微妙な間はなんですか?」
大気の神「え? 開けちゃいけなかった?」
シルヴィア女神「……」