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夢、異世界、記憶喪失。  作者: 樹カズマ
5/13

episode 5 大切な場所

 夕暮れ。

 建物の壁や道がオレンジ色に染まり始める頃、既に我々は村に移動していた。


 村というより町の一角という表現がしっくりくる。至る所で整備が行き届いている印象があるのだ。町から馬で半日程度しか離れていないため人や物の行き来が盛んであるが所以だろう。

 元々はラベンダー畑の管理者が滞在するための小屋があるだけの場所だったが、やがて軒を連ねるように施設が増えて発展していった姿であるらしい。


 そんな村の西の端っこ、夕日を映す川沿いにある宿屋一階のレストランに我々はいた。


 レンガ造りの三階建てで落ち着いた雰囲気があり、敷地内にちょっとした菜園もある。鉄格子の入った大きめの窓からは川を挟んですぐラベンダー畑と山が見える。

 窓からは村の周囲を巡回する兵士が比較的多く見られる。俺の町や他の村と比べて外壁が少ないなとは感じていたのだが、恐らくはこの景観を重視しているためなのだろう。

 こんなのどかな場所であっても魔物はお構いなしに現れるということだ。


 そんな店内の一角で、アンドレス、エミリーと三人で丸テーブルを囲んで少し早めの夕食を始めていた。

 客はまだ我々だけだが、もう1~2時間もすれば徐々に席は埋まっていくのだろう。あまり冒険者向けの店ではない気がするので療養で滞在している一般客が多いかも知れない。

 宿屋と併設しているので朝も昼も営業しているだろうし、ランチ少々とディナー中心のウチの店と比べて休める暇も少ないだろうと無粋なことを考える。




「どうした、ユーゴ?」


 動きが止まっていたらしく、アンドレスが話しかけてきた。

 そのとき俺は、町を発つ前に料理長の自宅へ店の相談をしに行ったときのことを思い返していた。


『店は我々に任せてください。マスターはなさるべきことをなさって来てください。』


 料理長は店を始めた当初からのスタッフ。彼もまた俺の恩人で良き理解者である。

 アンドレスと同じくらい彼にも助けられ、甘えさせて貰って、今の俺と店がある。


「いや、ちょっと店のこと、昼に料理長と話したことを思い出していた。」


「・・・そうか。店は彼に任せておけば全く問題ない。」


「そうですよ。みんなもいますから!・・・あ、でも私まで抜けちゃったから、ホールが少なくて大変かも・・・」


 エミリーは最初こそ小さくガッツポーズをとって話し始めたが、後半からトーンダウンしてしまった。

 アンドレスが目を丸くしてフフッと笑う。

 俺もつられて笑いながら応える。


「大丈夫だよ。皆には土産でも買って帰ろう。」


「そうですね!」


 アンドレスと多分エミリーも、俺がまた記憶のことに想いを巡らせていると思ったのだろう。

 それで俺をリラックスさせようと。また気を遣わせてしまった・・・



 食事を口に運びながら、今この場所に至るまでのことを軽く思い返す。


 今日の昼、俺は失った記憶の片鱗に触れた。

 同時にえも言われぬ渦巻く感情が流れ込んできて倒れ、二人に介抱された。

 内容を話そうとしてもその光景を頭に描くだけで意識が遠のきそうになった。


 しかし、もう避けてはいけない、目を逸らしてはいけないと思った。


 そこでエミリーがこの村に来ることを提案してくれて、その話に乗っかった。

 正直なところ、彼女からラベンダーの話を聞いたとき半信半疑、いや、どちらかと言えば信じていなかった。

 しかし実際に足を踏み入れてみると、聖域というか、結界というか、不思議と安心できる空間を体感して、何事も無くその光景を語ることが出来た。


 しかしそれでも、記憶を取り戻すことまでは叶わなかった。

 所詮は都合よく考えすぎたのか、過ぎた願いだったのか、それとも何か足らなかったのか。


「うまくいかないな・・・」


 ポツリと声に出してしまった。

 さっきエミリーに、負い目を感じたり焦ったりしないでくれと言われたばかりだ。

 そろりと彼女たちの顔を見る。

 あー、やっぱり二人とも俺の顔を見てますね・・・。


「マスター。」


 やや強い口調で、エミリーが真っ直ぐ俺の目を見据えて話しかけてきた。


「はいっ。」


「ごめんなさい!」


「え?」


 なぜエミリーが謝るのだろう、と俺は首を傾げた。

 彼女は口籠りながら「実は・・・」と俺をここへ連れてきた理由について話し出した。


 彼女は、俺の覚悟を汲んだものの、俺の精神上リスクが非常に高いと思い至った。それでこの村のラベンダーの効能に頼った。

 というのは建前で、その記憶を失ったこの場所に来れば、全てでなくても何か思い出せる可能性が高まるのではと、荒療治に出たというのが本音だったようだ。

 もっとも、ラベンダーの効能自体は折り紙付きだと認識はしていたようだ。荒療治ではあってもリスクは最小限に抑えられると踏んではいたらしい。

 しかも、品種改良から育成に至るまで随所で魔術が込められた凄いものだったようだ。このラベンダー。


「でも下手をすれば、またマスターを・・・やっぱり危険な目に遭わせてしまっていたかも、知れないのに・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」


「いや、エミリーさん。俺もあのとき同じ考えに至った。ああなった以上、近いうちにここへユーゴを連れて来ることになっただろう、無理にでも。」


 アンドレスもか。

 って、無理にでも!?

 いやまぁ、何にせよ二人とも俺のことを想ってくれてのことだ。怒るはずがない。


「エミリー。謝らなくていいし気にもしないでいいよ。俺をここに連れて来てくれて、二人とも、有難う。」


 記憶は戻らなかった。

 しかし、所縁のある場所に来ることが出来て良かった。

 エミリーたちを俺が守ったという場所に。

 覚えてはいないが、その当時の自分が誇らしく思える。

 こうなると、ますます二人の想いに応えたい。


「気負わなくていいからな、ユーゴ。」


 見透かされたように、アンドレスに釘を刺された。

 応えたいのだが、あの光景にまた飲み込まれるのは正直なところ怖い。


「そうですよ。」


 エミリーも笑顔を取り戻していた。


「ああ。わかった。」


 店ではいつも元気いっぱい、笑顔の似合う看板娘の彼女が、この僅か数日の間で結構な泣き虫だと判った。

 ・・・いや、この数日で立て続けに俺が泣かせるようなことをしてきたのか。



 そのエミリーは、今は既にホールスタッフが他のテーブルに運んでいくデザートに目を奪われているようだ。口元も心なしか緩んでいるように見える。

 そんな彼女を微笑ましく見ていると俺の視線に気付いたらしく、顔を赤らめて下を向いてしまった。悪いことをしたかな。

 そして更に。そんな俺を見ているドラゴニュートのおっさん。

 その目は幼い我が子を見るような温かさはあるが、口元が、緩いどころかニヤニヤしている。

 ・・・なんだか俺の保護者ヅラされている気がする。


「おいアンドレ・・・」


 と、抗議しかけて、窓の外が騒がしいことに気が付いた。

 兵士や冒険者が何か叫び合いながら村の外へ向かって走っていくのが窓越しに見える。


「・・・何だ?」


 俺がそう言葉を発したときには既にアンドレスは席から立ちあがっていた。

 その右手には彼の武器、確か薙刀と言っていただろうか、それが握られていた。もっとも今はその先端が布で巻かれて刃先は見えない。

 彼はS級冒険者だ。魔物か何かの気配を感じ取ったのだろう


「お前たちはここで待っていろ。様子を見てくる。」


 そう言って彼は、俺達の返答も聞かずに店の出口にゆっくりと歩を進めた。

 彼のこの落ち着き払った態度は、ずっと変わらず、余計な不安を俺たちに与えないためのものだ。

 ドアを開けた際に半分振り返り「なにも心配はない」と言って出て行った。


 村にも常駐の兵士や冒険者がいるので、そこへ彼も加われば事態は早々に解決するだろう。

 俺が付いて行っても邪魔になる。

 昔、彼と旅をしていた時も、戦えない俺は安全な場所で待機していた。


 ・・・しかし。


 エミリーのほうをチラッと見た。

 いかにも落ち着かない様子だ。


 先ほど聞いたばかりの話、彼女も短い間だが冒険者をやっていた時期があったのだ。

 治癒魔術が使えるようなのでもし怪我人が出るようなら飛び出すだろう。いや、今にも飛び出しそうだ。

 そのとき何もできない俺はどうすればいいのか。

 そうか、だからこそ彼女は飛び出さずに残っているのかも知れない。


 ふと店内を見渡した。

 客は我々だけ。

 レストランの従業員は、厨房のカウンター周辺に固まる者、窓の外の様子を窺う者、むろん仕事なぞ手に付くはずも無く、全員が戦々恐々としている。




 やがて事態は動いた。


 遠くから轟音と、振動が伝わってきた。

 窓から、ラベンダー畑の方向に炎と真っ黒い煙が上がるのが見えた。


 その瞬間エミリーが立ち上がった。

 勢いでテーブルの上のグラスが倒れて水が零れ、イスも後ろに倒れた。


 咄嗟に、俺はエミリーの手を掴んだ。

 と同時に彼女は駆け出しかけていたので、俺に引っ張られた形になった彼女はバランスを崩してよろめいてしまった。


 エミリーは何故といわんばかりの表情で俺の顔を見た。

 彼女の瞳は、潤んで今にも涙が零れだしそうで、そして怯えているように見えた。

 そんな彼女の表情に心が痛む想いがしながらも、その魅入られそうな瞳を強く見詰め返した。


 彼女は俺に手を掴まれたままだが、力強く立って、訴えてきた。


「ここは、ラベンダー畑は、私にとって大切な、特別な場所なんです!・・・ここで、マスターが身を挺して私と妹を守ってくれたんです!無くなったら、イヤなんです!」



 ああ、彼女は強い人なんだなと思った。

 彼女は昔この地で怖い想いをした筈なのに、それに引き換え俺ときたら。

 戦えないことを、戦うことを忘れたことを理由にして、アンドレスに言われたとおり安全な場所に居残ろうと。彼女のことも引き留めようと。

 彼女を危険に晒したくはないが、俺にとってもここは大切な場所であることが解った今、ジッとしていられない気持ちは・・・同じだ。


 行くか。

 不思議と、怖さは無い。

 何故だか解らない。



「解った。行こうエミリー。」


「マスター?」


「でも、ちょっと遠くから見るだけだよ。しかし万が一の備えはしていこう。そして危ないと思ったら引き返そう。引き返して欲しい。それでいいね?」


「はい、ありがとうございます。では、大急ぎで準備して来ます。」


 もう彼女は落ち着いていた。

 我々は二階の各々の客室に戻り急いで身支度を整えた。




 一階に戻った俺を見て、彼女は軽く「あっ」と驚いたようだ。


「マスター、またその姿が見られて、嬉しいです。」


「・・・そうかい?」


 鎖帷子と魔物の革を組み合わせたコートの上下。

 魔物の羽根で作られた帽子。

 ブーツにマント。


 記憶を失った後も、旅のときはこの装備を着るか荷物に入れるようにはしている。

 身に着けていた頃のことは思い出せないのだが、今も身に着けても“着せられている”感は全く無い。

 むしろしっくりくる。


 ふとエミリーを見ると彼女も冒険者時代の服装のようだ。

 革の軽鎧の上に、何かの植物の繊維で織られたであろうケープを羽織っている。

 彼女の出身地が何処にあるのかは知らないが、その佇まいからは、決して容易くは無かっただろう旅を乗り越えてきた風格を感じて取ることが出来た。



 その後、店員の制止に遭ったが、それを振り切って俺達は店を出た。

 既に陽は僅かにしか覗いていないが、ラベンダー畑がある方角の空に、火の粉が混じった黒い煙が立ち昇っているのが見えた。

 俺とエミリーは真っ直ぐにその方角へ向け、駆け出していく。



 やがて、焼けるラベンダーの匂いが鼻腔を一杯にし始めた。


 様々な音が聞こえてくる。

 硬いものがぶつかる甲高い音、何かが潰れるような鈍い音、魔物の咆哮、人の叫び声。

 あそこで戦闘が繰り広げられているのだ。


 やはり不思議だが、そんなに怖くない。

 だとしても、今の俺には出来ることは多くない。

 いや、何も出来ないと言ってもいい。

 こんな装備を身に着けているのに。


 彼女も戦闘能力はさして無い。

 しかし治癒魔術を使えるので、今の無力な俺なんかより格段に役に立つだろう。

 危ないと思ったら引き返そうと決めて来たが、もし怪我に苦しむ兵士や冒険者がいたら、無視して戻る事なんて、彼女には出来ないだろう。

 そして俺も、止められないだろう。



 そんなことを考えながら、走る。

 大切な場所に向かって、走る。

 守るべきものがある、そして取り戻せる筈のものがある、そんな確信が俺を突き動かすのだから。

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