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夢、異世界、記憶喪失。  作者: 樹カズマ
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episode 1 失った過去

異世界が主たる舞台ですが、現代世界も併行して出てきます。

また主人公は、転生や召喚で神様からチートな力を授かることも、ステータスウィンドウで能力値を観ることもありません。


もしかしたら誰もがそんな経験をしていたかも知れない、ただ覚えていないだけなのかも知れない。

スピリチュアルな世界観要素を取り入れつつ、夢世界と現実世界の二重生活を送る主人公と、二つの世界の彼と深く関わる人たちの物語を描いていこうと思います。

    『エルフの隠れ里』


 30人くらいが入る規模の、俺が経営する酒場の名前だ。二階は自宅を兼ねている。

 料理も出すので昼も夜もそれなりにお客も来てくれるので、繁盛していると言っていい。ログハウス調の建屋も評判がよく俺も気に入っている。


 今夜も多くの冒険者達が集い、自分たちが魔物たちと繰り広げた闘いやら手に入れた稀少なアイテムやらを肴にして、祝杯をあげている。客はヒューマンが多いが獣人やドワーフ、エルフの姿もある。

 最近めっきり夜風が冷たくなってきたというのに、お陰で店内は熱気で溢れて暑いくらいだ。


 冒険者・・・魔物との闘いの中で命を落とすことは珍しくもないが、やはりそういったことは無いほうがいいに決まっている。こういう場所では武器は傍らに置いて、心から楽しんで欲しいと俺はいつも願っている。


「いらっしゃいませえっっ!」


「また来たよ~」


 店の扉が開く音に、店員の女の子が元気よく駆け寄って常連客を迎え入れる。


 彼女は半年前に入店したばかりのハーフエルフの娘だ。ややグリーンがかったブロンドのショートヘアと碧い大きな瞳が印象的な、誰から見てもいわゆる美少女だ。

 見た目17歳前後だがヒューマンより若く見える種族のため実際のところは判らないし、そもそも俺も雇うにあたって聞いていない。かわいくて働き者なら実年齢なんて関係ないだろう?


 そんな彼女目当ての客も既に何人かいて、いま来店した馴染みのヒューマンの男もその一人だ。

 厨房から様子を見ていた俺が溜息混じりに声を掛ける。


「またお前か。ウチはいいけど、他に行く店は無いのか?」


「え~っ、常連客にそれはないだろう、マスター?」


「マスター!軽口はいいから手を動かして!」


 いつもどおりのお約束的な俺と彼女のやり取りにその男やお客たちも笑う。

 くすっと微笑む他のホール係の若い子たちの視線を感じつつ厨房の奥に戻り、料理長の後ろで野菜をザクザク切り始めた。今夜も忙しくなりそうだ。今から仕事上がりの一杯が楽しみになる。


「ごちそうさま」


「ありがとうございましたあっっ!」


 最後のお客も帰って閉店となり、店員たちは後片付けに追われる。

 やがてそれも終わり、店員たちも帰り支度を始めた。


「お疲れ様でした!」


「お先に~!」


「また明日も宜しく頼むよ。」


「は~い!おやすみなさい。」


 一応マスターである俺は皆が引き揚げるのを一通り見送った後、お気に入りのウィスキーを取り出して、グラスに注いだ。カランと、カウンターの上で小気味の良い氷の音が響く。


「私もご一緒していいですか?」


 帰ったと思っていたハーフエルフの女の子だ。

 私服に着替えて帰り支度も整えている彼女は、俺の返事を待たずに隣の席に座った。


「どうしたの?」


「ちょっとマスターとお話をしたいと思って・・ご迷惑でなければ。」


「いいよ、大歓迎。でも人生相談なら少し苦手だよ。」


 俺はこの店を始めて8年ほどになるが、それ以前の記憶が殆ど無い。町の人たちに助けてもらったおかげで今の居場所を見付けることが出来た。


 幸い、生活習慣や知恵の類いは身に染み付いていたせいなのか残っているが、生まれてこの方どこで誰と関わって何をしてきたのかが全く何も思い出せない。だから経験則に基づくような話はこの8年くらいに限られ、社会の先輩としての話は苦手というか守備範囲が狭いわけなのだ。

 なお俺の年齢は、多分だが今30過ぎ~35未満ということにしている。


「はい・・・マスターのことも出来れば知りたいけど、今日は私のことを聞いてください。」


「う、うん。いいよ。聞かせて。」


『マスターのことも~』の言葉に不覚にも少々ドキッとしてしまったが、それは期待しすぎというものだ。しかし、今まで気さくに何でも話せる間柄であったとは思うが、いったい改まって何だろう。


 もう一つのグラスにウィスキーを注ぐ。幾分か動揺していたのかウィスキーが氷に撥ねてカウンターを濡らしてしまった。彼女が「もぉ」と言いながらサッと拭いてくれ、俺は照れながら礼を言う。


 彼女がスッと真面目な顔になり、俺をまっすぐ見据えて話し出した。


「マスター、実は私、占いが得意なんです。」


「・・・、占い?」


「はい。昔からなんですけど、人の顔を見ていると、その人の過去が見えるんです。正確には占いじゃあないですね、きっと出自の能力のせいです。」


「そっか、君はエルフの血をひいているから、そういう能力があっても不思議じゃあないかもね。」


「うーん、エルフは皆がそうというわけではないので、多分ウチの家系だと思います。」


 占いとは、全く想定していなかった。

 時間にして数秒程度だが、お互いに無言が続いた。彼女はグラスを両手で包んで少しうつむいている横顔が気のせいか不安げに感じられた。


 何気に雑談の中で出た話題ではないし、彼女は身の上話をしているのだ。

 身の上話?いや、違うな。そこまで考えてようやく俺は彼女の真意に気付き、グラスを一度傾けて、ようやく口を開いた。


「もしや、その能力でオレの記憶の無い過去を占うと?」


「・・・はい。お節介かも知れないとは思ったのですが、お嫌でなければ占わせて頂けませんか?」


 そう言うなり今度は彼女がグラスを傾けた。しかも全て一気に飲み干した。氷がいくらか溶けていたとはいえアルコール度数が50度近いウィスキーのロックだが、エルフはお酒に強かっただろうか?


 いや、今はそんなことはいい。まっすぐ俺を見ていた彼女にこう答えた。


「知りたいような、知りたくないような、だな。」


 彼女は黙って聞いてくれている。

 グラスを置いて、そのまま続けた。


「記憶を失ったとき、過去を知らないことで不安に押し潰されて塞ぎ込んでいた俺を、町の人たちが立ち直らせてくれた。その恩返しの一念でこの店を始めたんだ。しかも、今までずっと楽しく続けさせて貰っている。幸せなんだ。」


 殆ど溶けかかっているグラスの氷を見つめながら、最後に言った。


「過去を知ることで何かが変わってしまわないか、ちょっと怖いんだ。・・・知りたくないわけではないんだが、上手く言えない。難しいな。」


 折角の彼女の申し出に、何とも煮え切らない中途半端な回答をしてしまったかも知れない。

 横目で彼女を見ると、少し寂しそうな顔をしている気がした。しかしすぐ本来の笑みを戻した。


「そうですよね。ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。忘れて下さい。」


「いや、こちらこそゴメン。気がまた変わるかも知れないし、そのときは頼むよ。」


「わかりました。いつでもご遠慮なく言って下さいね。」


「ありがとう。あれ、そもそも・・・」


「そもそも?」


 俺は基本的な質問をしていないことに気付き、それを聞いてみた。


「そんな昔ではなくて、5年前とかなら占えるかな?」


「もちろんですよ? ・・・あ、そうか。そうですね。信じてくれていませんよねぇ?」


「あ、わかっちゃった?」


 そのまま占いの話はどこかへ行ってしまった。


 今夜の酒は楽しくて時間が過ぎるのも忘れそうだった。

 しかし時間も遅いので彼女に帰宅を勧めようとした矢先、様子が変わった。


「あ・・なんだかダメです。」


「は?」


 どうやら最初に一気に飲み干したウィスキーがここにきて効いてきたらしく、彼女は小走りにお手洗いへ駆け込んでいった。


 お代わりを作って待っていたが彼女はなかなか戻ってこない。

 仕方なく様子を見に行くことにした。もちろんドア越しである。女性用のお手洗いを開けるわけにはいかない。当然である。


 しかし結局、ドアを開けて抱えて連れ出すことになった。

 自力で歩けそうもない彼女の自宅の場所を、俺は知らない。辛うじて救いは、彼女からは独り暮らしと聞いていたので、心配するご家族のことを考えなくて済むことだ。


 完全に眠りに落ちた彼女を抱きかかえ、何とか二階にある居間のソファベッドに横たわらせた。


 ここで、重大な問題に気が付いた。


 彼女の服がシワになる。しかし若い女性の服を脱がせるわけにはいかない、いや、やはりジャケットくらいは脱がしてやらないと、いやいや邪なことは考えていないぞ、とか考えながら仕事中以上に汗をかく俺。


 やがて何とかジャケットと靴だけは脱がすことが出来た。というか、それらだけを脱がすことまでは俺のなかで納得出来た。


 30過ぎのいい歳をした中年オヤジが意識しすぎだろうとは思うが、青春を謳歌したであろう若かりし時代の記憶が一切無いのだ。つまりこの手の免疫が無い。重大な問題とは彼女の服どうこうではなく、このことなのだ。


 そんな俺を知る由もなくスヤスヤと寝息を立てる彼女に俺は毛布をかけて客間を出た。

 その後はカウンターに放置していたグラスを素早く洗って片付け、再び二階に戻って自分の部屋にようやく落ち着いた。


 自分の部屋。


 町の人たちがこのログハウスを建ててくれた際に一緒に作ってくれたベッド、机と椅子、クローゼット等があって、非常に居心地がいい。特にロッキングチェアは俺のお気に入りだ。


 部屋の片隅には、記憶を失った当時に俺が身に着けていたらしい装備を飾っている。

 鎖帷子と魔物の革を組み合わせたコートの上下、やはり魔物の羽根をあしらった帽子と、白銀色の弓矢。他にブーツとマント、そしてポーション等のアイテム類を入れたであろうバッグ。


 昔は俺も冒険者だったらしい。

 パーティを組んでいたと言う獣人によれば、弓矢に魔法を乗せて放つのが俺の得意技だったようだが全く覚えていない。言われるまま何度か試してみたがそのようなことが出来そうには微塵も思えなかった。


 今はこうやって部屋のオブジェになっている。いずれ記憶が戻るようなことがあれば役に立つかも知れない。


 そんないつもと変わらない部屋の中を見渡しながら、ベッドに入った。


 いま自分で「記憶が戻るようなことがあれば」と想像したが、今の生活を変えたくないと思いながら、やはり心のどこかで記憶が戻ることを願っているのかも知れない。


 そう言えば彼女、俺を占わせてくれと言った時どことなく思い詰めたような寂しそうな感じだったが、あれは気のせいだったのかなぁ。

 あと、5年前のことも占ってもらうのを忘れたというか誤魔化しちゃったかも・・・。


 そんなことを考えながら、やがて俺は眠りについた・・・

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