1.神話の終わりと始まり
体が熱い。頭が痛い。
まるで熱された針で全身をくまなく突かれているような熱と痛みを感じる。
「ぐっ…あぁ!」
熱い痛い苦しい…早く楽になりたい。
そんな気持ちが思考を支配し、いっそのこと窓から身を投げ出してしまえば楽になるではないか、などと言う馬鹿な考えまで浮かんでくる。
しかし、指先すら動かせない状態でそんなことを出来るはずも無く、
「ーーッ!!あぁああッ!!!!!」
私は痛みで意識を失うまで、ベットの上で嬌声を上げ続けるのであった…
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気づけば、そこは真っ暗な空間だった。
暗闇が無限に広がり、先が見えない空間
「ここ何処?」
辺りを見渡しても、暗闇のみ発した声も反響すらせず消えていく
もうしかして、死んでしまったのだろうか?などと考えていると、突然目の前に青白い光を放つ球体が現れた。
「やっと見つけましたよ。原初」
「…………えっと?どちら様ですか?」
突如、青白い球体が喋り出す、しかもどうやら私の知り合いらしい。私は自ら発光する球体の知り合いはいないはずなのだが…
「私が何者か何故ここにいるのか。その全てを説明している時間は残されていません。
ですが、伝えることは出来ます。」
そう言うと球体は一際眩い輝きを放つ。
「えっ?何を?」
「どうか受け入れてください。そして、いつかの誓いを…」
「ーーッ!?ああっ!!!!」
再びの頭痛。
まるで脳内を焼かれているような感覚に見舞われる、直後流れ込んでくる光景……いや、記憶?
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「いつか世界が」「彼が助かるなら!神でも悪魔でも!」「契約を」「誓いを立てよう」「へぇ、僕と同じ者が」「面白ぇ!」「私は保つ者」「この世界には希望が必要なのです。」「私の英雄」「……眠い」「あははっ!死ねぇ!死ねぇ!」「私達で結成しよう。アルカヌムを!」
暗転
「くそ…こんな事じゃ…」
「私の使命は……」
「やっぱり、私は英雄には…」
「それでも、希望が潰えることはありません。」
「貴方達に好きにされる位ならば!」
「じゃあね。全てを始める者」
「さよなら。終わりを見る者」
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「………ッ」
気付けば、両目から涙が溢れていた。
全て見た、全てを思い出した、そして全て察した。
これはきっと罰だろう。契約を守れなかった“私達”に対する最も残酷な…。
「思い……出しましたか?」
「…えぇ、久しいですね。フローディア」
「ッ!?全く、貴方はいつもお寝坊さんだ…」
そう言うと光の球体はユラユラと形を変え、可愛らしい顔立ちの銀髪の女性へとその姿を変える。
彼女の名はフローディア、この世界の創造となる12神の1柱であり、私の幼馴染“だった”女性だ。
「昔はよく、君に起こしてもらいましたね」
「貴方が望むのならこれから先もずっと起こしてあげます」
無意識に彼女の前髪を指で解くと、彼女は気持ち良さそうに両目を瞑る。
しかし、そんな愛おしい時間を過ごしても私の両目から涙が止まることは無かった。
それは、全てを思い出してしまったから、これが彼女との最後の時となる事も
すると彼女の体がしだいに揺らぎ始める。きっと崩壊が近いのだろう。
「私は彼女の残骸。
本来の彼女は千年前、貴方と共に散った存在。」
「えぇ、そうですね。
壊神・インテルミスを封じようと七神は全てを賭して挑んだが、信仰を奪われた貴方達は消滅させられた。そして、インテルミスは七神の加護を持つアルカヌムを脅威とし、この世界を仕向けた…はずです。ですが何故、私は……原初はここにいるのですか?」
「それは、アルカヌムの魂を守る為に七神がそれぞれの体の一部をこの世界に残してきたからです。
予知神は翼を。戦神は左腕を。氷神は右足を。光神は右目を。海神は鱗皮を。大地神は種を。時空神は髪を。
現世に残った神々の一部は、殺され、散りゆく魂の依代として保存され、千年もの間、魂の消失を防いで来ました」
…時空神だけケチな気がする。いや、そりゃ目玉とか腕を残されるよりは良いんですが……
そんな事を考えていると、彼女はピタリと動きを止めた。
「ケホンッ!ここは私の神界。貴方が思う事は筒抜けですからね!?」
「あ、そうなんですか?」
「それにケチとか言わないで下さい!髪は女の命なんですよ!全くもう。貴方は昔から女心と言う物が分かっていない…ッ!?」
しかし、懐かしく愛おしい時間にも終わりが訪れたようだ。
彼女の姿が次第に薄れ、彼女の奥に広がる暗闇が透けて見えている。
「終わり…見たいですね。
千年間……貴方のいない時は長かったですよ。」
「それは、心配かけましたね。」
「えぇ、全くです。
壊神は千年前の傷を癒やす為に眠りにつきました。ですが、あと数年もせずに完全なる状態で復活を遂げて再びこの世界を壊そうとしています。
誓いを忘れないでね。ーーー。」
最後だけは、神としてでは無く、彼女としての笑みを浮かべ、目を閉じる彼女の唇に私は口付けを落とした。
「んっ」
数秒、数分にも思える長い接吻が終わり。目を開けると既に彼女の姿は無かった。
わたしは涙をぬぐい、左手を掲げた。
「忘れましたか?私は契約は破れても誓いを破る事はしませんよ?」
その薬指に光る美しい銀細工の指輪を見つめながら。