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短編小説

岩壁



――夏の早朝、大きな山を包むひんやりとした白い(もや)が、日の出と共に吹き始めた風に飛ばされ、急速に晴れていく。


 髪に白いものが混じるがっしりした体格の男の前に、巨大な屏風のように垂直に立ちはだかる高低差三百メートルの青い岩壁が現れる。


 男は背負ってきた荷物を岩壁の基部に下ろし、一年を通して太陽の光が決して当たることのない冷え冷えとした岩と向き合った。


 白いシャツの胸ポケットから銀色に輝くスキットルを取り出して、小さなキャップをゆっくり回した男は、琥珀(こはく)を絞った(しずく)を集めたような半透明の液体を銀のキャップになみなみと注ぎ、そっと鼻に近づけた。


 満ち足りた表情を浮かべた男は、自らを超えていく者を身じろぎもせずに待つ岩に向かって語りかける。


……遙か遠い山で若くして亡くなった友よ、俺たちが十七の頃、二人で夏の日も冬の日も登った手強(てごわ)い岩壁には、あの時の足跡が今も刻まれている。おまえの魂は、天に向かって立つ岩に刻まれたおまえ自身の足跡を俺と共にたどり、俺たちが望んだとおり、いつの日かあの輝く稜線で再びしっかりと抱き合うことができるだろう。友よ、(さかずき)を交わそう、歓喜あふれるその日のために……


 銀のキャップを満たす琥珀の雫の半分を岩の窪みに注ぎ、残りを一気に(あお)ると、男は赤銅色に日焼けした額を血がにじむほど強く岩に押しつけ、目を閉じた。


 青い岩壁は、時の流れが逆転し始めたかのように、あの日あの時のままの姿で大切な友が帰ってくるのを男と共に待ち続ける。おそらく男が十七歳の少年に戻るまで。二人の友の望みを叶えるために――


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