7.押し寄せる孤独
あたしは何も答えずに彼女の顔を睨みつける。
「シャーロットはさぁ、キューピッドじゃなくて天使騎士団の方が向いてるんじゃないの」
カイリはわざと大きめな笑顔を作る。
騎士団は遠い昔、天界と魔界が敵対していた時に戦闘にあたっていた組織だ。
協定が出来て、どこからも攻めたり攻められたりする心配がなくなった今、解散している。
「天界じゃなくて魔界に生まれたら、もっと活躍できただろうに。残念だね」
「行くぞ、シャロ。相手にすんな」
あたしの耳元でメルが囁く。
そうだ、こんなやつ放っておこう。
とにかく今は1人になりたい。
走り出したい気持ちを抑えて、カイリに背を向けて歩き出す。
「シャーロットさぁ」
しつこく背中に呼びかけてくるカイリ。
「学校、辞めたら?」
あたしは階段を降りる。
「キューピッド、向いてないんじゃない?」
声と足音でカイリがついてくるのがわかる。
「矢が授与されなかったのが何よりの証拠じゃない?前代未聞の退学勧告じゃないの?」
…もう我慢できない。
「シャロ…」
メルが止めるより早く、あたしは動いてた。
振り向くき様にカイリの胸ぐらをつかんで、足払いをかけて床に引き倒す。
「ひぃ…!」
カイリは青ざめた顔であたしを見上げる。
「…弓と違って銃はノーモーションで撃てるから便利だよ」
あたしの声はいつもよりかなり低くなっていた。
「カイリをは、離せよっ」
そこへカイリの守護獣、シャム猫のヘンリーが姿を現した。
「天使のくせにこんな野蛮なやつ、見たことないよ!」
毛を逆立てながら、あたしを威嚇する。
「お前の相棒も天使のくせにかなり嫌味なやつだけどな」
メルがふん、と鼻を鳴らす。
「シャロ?何してるのっ?」
振り向くと、ミリアと同じくクラスメイトのサニーが立っていた。
ミリアは教科書を落としそうになる程、動揺していて、
「うわ〜、なんか面白そうなことになってるね」
お調子者のサニーはニヤニヤしている。
「シャロ、どうしてこんな…」
あたしは無言でカイリから離れると歩き出す。
「シャロ、ダメだよ、こんなことばかりしてちゃ…」
ミリアの涙声が聞こえる。
あたしはゆっくりとした足取りで校舎を出た。
そして、出ると同時に走り出した。
全力で、ひたすら前へ前へと足を動かす。
走るのに疲れたら羽を広げ、ぐんぐん飛んで行く。
やがて、広い緑の丘にたどり着くと、倒れこむように芝生に顔を埋め、泣いた。
あたしはどうして弓矢じゃなくて銃なの?
キューピッドに向いてないから?
なぜ目の前で困ってる人を助けちゃいけないの?
何も考えずにひたすら人間をくっつけていけばそれでいいの?
それがキューピッドなの?
教官たちの言う通りに、なんの疑問も持たずにやっていくのが正しいことなの?
この広い長閑な天界で、悩んで頭も心もグシャグシャなのはあたしだけ?
孤独が押し寄せてきて、あたしを渦に巻き込もうとする。
「…ちゃんと息しながら泣けよ〜」
メルののんびりとした声がした。
あたしは顔を上げる。
メルは木に背中を預けて座っていた。
…孤独じゃなかった。
あたしは1人じゃないんだ。
「…あたしみたいな天使の守護獣で、ごめんね」
カスカスになった声で言うと、
「退屈しないから楽しいぞ」
と笑う。
「思いきり泣いたら、次はどうしたいのか考えろ。俺はお前についていくからな」
あたしはまた芝生に顔を埋めて、もう少し泣くことにした。