6.まだ泣くわけにはいかない
「おい、シャロ止めとけ。管轄外だ」
あたしがピクリと反応したのを見て、メルはすぐさま嗜めた。
「どこからだろ。近いな」
ピリピリと肌を刺す悪意の素を、感覚を研ぎ澄ませて探る。
「あっちの通りだ」
あたしはメインストリートを外れ、裏道へと飛んでいく。
「面倒なことになるぞ。ただでさえ、お前は悪目立ちしてるのに」
「そうかもね。ますますみんなの視線が刺さる」
忠告するものの、メルはあたしが何をするか、そしてそれを止められないことについて、もう理解してるみたいだった。
「前言撤回。キューピッドらしくはなさそうだな」
裏通りで立ち止まると、白髪の腰が曲がった女性がゆっくり、ゆっくり歩いてくるところだった。
紫色のショールを肩にかけ、黒いハンドバッグを下げている。
あたしは両手に銃を出現させた。
キューピッドの矢、そしてあたしの銃は恋愛を司る魔法しか使えない訳ではない。
悪意の感覚が強くなってくる。
と、同時に黒ずくめの服装をした男が狭い路地を走ってきた。
そして、女性の背中に激しくぶつかる。
「きゃあ!」
彼女がひざをついて転んだ瞬間、ハンドバッグを引ったくると走り出す。
あたしはすぐさま、右手の銃の引き金を引いた。
黄色の光線が男の体を射抜き、男はその場に倒れこむ。
「ぐ…?なっ…」
拘束の魔法だ。
男は地面でジタバタしてるけど、しばらく動けないだろう。
「な…なにが…」
あたしはすぐさま左手の銃を女性に向ける。
白い光は突然のことに目を白黒させてる彼女を射抜いた。
これは癒しの効果があるもので、転んだ際の膝の痛み、そして動転した気持ちも落ち着いていくだろう。
あたしは素早くメインストリートに戻ると、誠実そうなサラリーマンを見つけ、緑の光線で射抜く。
サラリーマンはハッとした表情になると、裏通りへと進んでいった。
彼はおばあさんを助け、男を警察に引き渡してくれるだろう。
「うん、うん。これでよし」
「よくねぇっての」
「あら、メルってば口悪ぅ」
バシッ。
黒い短い前足で頭を叩かれる。
「いたっ」
「続けざまに愛の魔法以外を使いやがって…。許可のない使用は禁止だろーが」
「…わかってるけど。困ってる人を助けるのが天使だと思うんだけどなぁ」
「その前にお前は学生だ。理不尽だろうが教師に逆らったらダメなもんなんだよ」
「わかってるけど」
「わかってねぇの」
メルはいつだって凄く正しい。
あたしはその後、職員室でこってりと絞られた。
「シャーロット。私たちキューピッドは恋愛を司る天使です。例え、事件や犯罪が起こっていようが、私たちは関与してはいけません!」
「ですが、教官。目の前で困ってる人を放っておけなかったんです」
「…本当かしら?」
あたしが反論すると。
職員室の奥に座っていた教師、バーバラ先生が呟いた。
教師たちの中でもあたしの銃を汚らわしい、不吉だと1番騒いでたっけ。
「貴女はただ単にその銃を使いたかっただけじゃないの?」
「…どういう意味ですか?」
あたしの声は硬くなる。
「貴女はキューピッドとして愛を成就させるよりも、銃を所構わず撃ちまくる…そんなことがやりたいんじゃないのかしら?貴女の暴力的な心根に合わせて、ビーナスさまは矢ではなく、銃をお授けになったんじゃないかしら?」
怒りで顔が一気に熱くなった。
「バーバラ先生、言い過ぎですよっ」
あたしの握った拳がかすかに震えてるのを見て、教官はあわてて言った。
「シャーロット、もう戻っていいですよ」
「…失礼します」
あたしは乱暴にドアを開け、職員室から出た。
頭の中にバーバラ先生の言葉がぐるぐる回り、足元から崩れそうだ。
あたしの心根に合わせて、矢じゃなくて銃が…?
「しっかりしろ、シャロ」
メルが姿を現した。
「そうじゃない、お前の正義感が強すぎるだけだ」
あたしは思い切り泣き出してしまいたかったけど…
「廊下まで、バーバラ先生の声聞こえてたよ?」
カイリに話しかけられた。
まだここで泣くわけにはいかなそうだ。