31.さっさと失恋
あたしはとっさにメルを両手でぎゅっとつかんだ。
「いててっ」
「…クロエ、ごめん!ちょっとメルと大事な話があるから!」
「あ、うん?」
きょとんとしてるクロエを置いて、あたしはメルをつかんだまま、木々の奥へと進んでいく。
「…えっと?」
木にメルを押しつけたまま、次の言葉が浮かばない。
「…お前はさぁ、恋愛について学校で学んだかも知れないが、今まで自分が恋をしたことなんてなかった。そうだな?」
メルが静かに切り出す。
う、うん、確かに。
あたしはちょっと首を傾げた後、縦に振る。
「今がその状態なんだ。お前はルウが好きなんだよ」
「えぇっ」
驚きすぎて、声がかすれた。
「お前はあいつに便利な道具扱いをされたと思って、気持ちがモヤモヤしてるんだよ」
「だって、そんな扱いをされたら誰だって不満…でしょ」
唇を尖らせて反論すると、メルは首を傾けただけだった。
あたしはメルから手を離し、力なく下ろした。
…確かに。
ルウだけがあたしの心を波立たせる。
なぜか…一喜一憂してしまう。
「…あたし、どうしたらいいんだろ」
ポツリと言葉が溢れた。
「さっさと失恋してほしいね」
「えぇっ!?」
あっさりとメルに返され、今度はお腹から声が出た。
「初恋なんて厄介なものはさっさと終わった方がいいんだよ。これでキューピッドとしてもステップアップできるわけだし、仕事にも身が入る」
「う…」
「しかも初恋が偏屈な魔王って…。恋愛経験値ゼロのお前には無理だ。無謀すぎる。天使が魔王と、なんてハードルが高い」
「うぅ…」
胸にグサグサと突き刺さる。
「とにかく、気持ちを隠すなり、打ち明けて玉砕するなり、どっちでもいい。ただ今は非常時だし、ふらふらするなよ」
「…わかった。わかったから、もうやめて。あたし、ちょっと1人になりたい…」
「城に帰ったてからな。クロエのとこ、戻るぞ」
大ダメージでヨロヨロするあたしの前を力強く飛んでいく、メル。
それを追いかけながら、頭がクラクラしてきた。
今度、ルウに会ったらどんな顔したらいいんだろ…?
しかも、さっき、あんな風に喧嘩売っちゃったし…。
そもそも、ルウが好きって、好きってことなのか、あたしは…。
でもあたしは天使で、向こうは魔王で。
いずれ、魔族のお嬢さんと一緒に、この魔界を守っていくわけで…。
「シャロ、どうしたのっ?」
クロエはあたしの顔を見るなり、目を丸くした。
「だ、大丈夫…」
胸がきゅっと締め付けられ、涙が自然と溢れてきてしまった。
「さっき、グランツが現れたからな。やつが消えて気が緩んだんだろう」
メルがすかさずフォローしてくれる。
「…ほんとに、アイツは不気味な嫌なやつだよね」
クロエは納得して、顔をしかめて身震いする。
「さ、城に帰って、なんかあったかいものでも飲もう?」
彼女はそしてパッと表情を変えて、あたしの背中を叩く。
あたしは涙を乱暴に拭いて、笑顔を作る。
「そうだね、もう大丈夫だよ」
…強くならなきゃ。恋愛を司る天使がこれじゃダメだ。
人々の恋愛を実らせるのが、あたしたちキューピッドの仕事だ。
自分のことを考える暇はない。
うん、そうだ。
そう言い聞かせる。




