12.初めての依頼
高らかにそう宣言すると、クロエは倒れてる男から鍵の束を奪った。
その中の一つを使って牢屋の扉を開けると、あたしのそばにひょいとしゃがみ込む。
そして、足枷の鍵を何本か試して外そうとする。
…何を考えてるんだろ?
あたしが黙って彼女の顔を眺めてると、いたずらっぽい表情で視線を送ってくる。
眉上で揃えてる前髪が、彼女の瞳の印象を強くしていた。
「よし。」
やがて、ガチャッと大きな音を立てて足枷は外れた。
「ついてきて」
クロエは勢いよく立ち上がると、牢を出て歩き出す。
あたしとメルは顔を見合わせたのち、その後を追う。
なんにせよ、選択肢なんかない。
すっかり伸びてる男たちを跨いで、ここに来るときに降りた階段を今度は上がっていく。
「そういえば、名前聞いてなかったね?」
クロエはちらっとあたしを振り返ると、また前を向く。
「シャーロット。普段はシャロって呼ばれてる。守護獣の方はメル」
「じゃあ、シャロって呼ぶから、アタシのこともクロエって呼んで」
上の階に出ると、ささっと廊下を見回し、右の通路に進んでいく。
しなかやかで俊敏な猫のように、クロエは辺りを伺いながら先へと急いだ。
あたしはとりあえず、必死についていく。
右に曲がり、左に曲がり、狭い階段を上る。
「こっち、こっち。早く」
そして、1枚の扉を開けるとその中に消えて行った。
あたしもあわてて後を追い、後ろ手に扉を閉める。
「はぁ〜、誰にも会わなくて良かった。天使連れてると目立つもんねぇ」
クロエは天蓋のついた、フリルたっぷりのベッドに倒れこんだ。
「ここは…クロエの部屋?」
ベッドだけでなく。
カーテンも、小さな2人がけのソファもフリルやレースが使われていて、ザ・女の子の部屋という感じ。
シンプルで質素だったあたしの寮の部屋とは真逆だ。
「そう。アタシの部屋についたから安心していいよ。ルウくんは今は視察に行ってるから、アタシたちのこと気づいてない」
「魔王と兄妹なのか?」
「見かけによらず渋い声〜」
メルが確認すると、クロエはその低音ボイスに微笑みながら体を起こす。
「そう、ルウくん…って呼ぶと怒られるんだけど、魔王・ルウナリィはアタシのお兄ちゃん。いっつも気難しい顔して仕事してる」
あたしはソファに腰を下ろし、もう一つ質問する。
「どうしてあたしを牢からだしたの?魔王に怒られるんじゃないの?」
「怒られるかもねぇ」
クロエはニヤリと口元を歪める。
「だけど、アタシは貴女にお願いがあったの。やって欲しいことがあるんだ」
「キューピッドとして?」
「そう。魔界でキューピッドとしての、初仕事」
キューピッドとしての仕事の依頼!
「それが上手くいったら、アタシが色々便宜を図ってあげる。悪い話じゃないでしょ?」
「悪い話どころか…凄く良い話」
正直にそう思った。
クロエはベッドから立ち上がると、ドレッサーに置いてあった双眼鏡を手に取ると、それで窓の外を覗いた。
そしてすぐに、あたしに差し出す。
「覗いてみて。手にバスケットを持った、山羊の顔をした女がいるから」
言われた通りに双眼鏡を除くと。
紺色のワンピースを着た、白い山羊の顔を持った女性がバスケットを下げて、こちらに向かって歩いて来るところだった。
「彼女はアタシの侍女、ランゼ。長い間仕えてくれてるんだけど、彼女の恋を叶えてほしいの」




