1.キューピッド候補生
息苦しい程の暗黒の空。
緑が見当たらない、岩場だらけの大地。
あたしは背中の白い翼をはためかせ、初めてのこの場所をじっと見下ろす。
生ぬるい風が高めに結んだポニーテールを揺らす。
「…シャロ。帰るなら今だぜ?」
あたしの隣の守護獣・(背中に翼を持つ、小さなパンダの姿だ)メルがその可愛らしい姿とは正反対の低音ボイスでささやく。
「ここまで来て帰れるかっての」
あたしは唇を尖らせる。
「言い出したら聞かないからなぁ、お前は」
メルが大げさに頭を振った。
「よくわかってるじゃん。流石あたしの相棒」
あたしが笑いかけると、相棒は溜息をつく。
「…で?作戦は?」
「一気に城まで潜入する」
「俺は作戦を聞いたんだぞ。無謀な話を聞いたんじゃない」
「これが作戦なんだってば。コソコソっ、チマチマってしてたら、たどり着く前に見つかりそうだし」
メルはあたしの顔を睨むように見つめた後、
「…了解」
しぶしぶ、と言った感じで了承した。
あたしはシャーロット。
仲の良い人たちはシャロって呼ぶんだけど。
背中の白い翼が証明してるように、天使なのである。
しかも、ただの天使じゃなくて、キューピッド候補生なのである。
人々に恋の矢を射ったりして、恋愛のお手伝いをする、アレね。
キューピッドの学校に入って、勉強して、実習したりして。
それで…色々あって…。
普段は天界で暮らしてるんだけど、今は、こうして…
魔界の上空にいる。
その「色々」を説明しないとなんのこっちゃ、だよね。
えぇと、まずは学校生活の話からしようかな。
澄み切った青い空、心地よい風。
美しい花が咲き乱れる丘に、あたしたちの校舎はあった。
白い丸襟がついたライトブルーのワンピース。
胸元には紺色のリボンがついた、制服。
それに身を包んで、学生寮から通学していく。
「おはよう、シャロ!」
「…はよ。ミリアは朝から元気だねぇ」
「シャロは朝、弱いよね」
元気よく声をかけてきたのは、クラスメイトのミリアだった。
丸メガネがよく似合う、知的な優等生。
「キューピッド候補生として、いかなる時もしゃんとするべきですよ、シャーロット」
ミリアの守護獣、(兎の背中に翼が生えている)リントが甲高い声で指導してきた。
守護獣は入学した時に相棒としてあてがわれるんだけど、天使たちに似た性格の子が当たるのか、生活を共にしてるから似てくるのかわからないけど…。
リントはミリア同様、真面目だ。
「メル、貴方も自覚を持ってシャーロットを導くべきです。私たち守護獣の使命はキューピッドを守り、助け、世の中に愛を届けることなのですから」
リントの矛先はメルに移った。
「…うるせぇなぁ」
「メル!」
我が守護獣はボソッと一言。
たちまちリントの目がつり上がった。
守護獣は天使に似る…?
前言撤回しとこ。
「リント、そのくらいにして」
「はい」
ミリアがやんわり言うと、リントは大人しく引き下がった。
やっぱり真面目なタイプだ。
「ねぇ、シャロ。もうそろそろ、私たちの矢が手に入るんだね!」
「だね」
入学してから、しばらくは学校から弓と矢が支給される。
それで使い方を学び、実習を行う。
やがて女神さまより、自分だけの弓と矢を授けてもらえるのだ。
皆、形や大きさが違い、同じものが1つとしてない。
候補生としては1番楽しみなイベントだ。
あたしだって、自分の弓矢がどんなものか、楽しみだった。
この時は。