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この異世界は優しすぎ!?  作者: 爈嚌祁 恵
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57 戦争の終結、束の間の宴

――俺は何故こんなにも焦っているんだ?


 ふとした疑問が頭を過ったが、深く考える余裕はないとミリアスは思考を切り替える。


「グランさんはどこですか!!」


 グランさんのもとへ向かいながらミリアスは、ニティの情報を元に階層主(エリアボス)の対応を考えていた。すぐさま行動しなければ、彼の魔物は地上へと進出し、街を破壊せしめんとするだろう。


 足早に歩く彼の後姿は逆方向へと向かう冒険者や兵士達の目には異質なものとして映った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 グラン・ジルサンダーはソールの街のギルドマスターである。彼は冒険者として心・技・体そのどれにおいても最高位であると認められなければなることは出来ないとされているSSS(スレース)ランクの元冒険者だが、今はただ御年五十を迎えるというだけの酒飲みなおじさんであった。


「かぁ~今回の戦もたいへんじゃったなぁ~」


 彼は今、平原に建てられた簡易テントの中で大ジョッキに注がれた黄昏色の酒を飲み、口の周りを白く泡立てながら昨晩まで続いた戦の祝勝会を開いていた。傍らには、長い黒髪をストレートに下ろした美女、つい先日、専属秘書となったばかりのリラ・グルメリンの姿があり、彼女は酒を喰らうグランをただただ優しく見つめているだけで、それ以上は何も言わなかった。ただ、一見すればにこやかな空気が漂っているように見えるが、そうではない。もし、誰かがこのリラがグランを見つめているだけの空間に一度足を踏み入れれば、外より気温が一度下がったように思えるだろう。しかし、その中でグランは平然と酒を飲んでいる。まるで、酒で火照った身体が冷えるようで心地よいと言わんばかりに。


 二人が仲の良い空気を醸し出しているとそこに、一人の冒険者がやって来た。否、一人の犠牲者がやってきた。彼はこのテントの警備と情報の伝達を任されていたのだが、報告をしにこの部屋の中に入る前から二人の仲良さげな空気を感じており、入りたくないと思っていた。しかし、入らざるを得ない状況にあった為、彼は無理を承知で勇気を出してこの空間に足を踏み入れたのだ。


「どうした?」


 そんな彼の勇気とは裏腹に、グランとリラは先程までの空気からは一転。ギルドマスターと秘書の顔へと変わり、グランは報告のために入ってきた冒険者に真面目に問いかける。

 二人の変化に安堵したのも束の間、彼は状況を思い出し、報告を始めた。


「ミリアスという冒険者が入室の許可を求めております。えっと、こちらの方で追い返そうとしてはいるのですが、至急報告しなければならないことがあるそうで、グランさんに合わせろと聞かないもので……対応に少々手間取っております。お手数なのですが――」


 報告者が言い切るより前にグランは席をたち、


「この馬鹿共が! ミリアスは良い情報源じゃろうが!!」


 一喝。


 グランはそう言うと己のテントを飛び出し、ミリアスが来ているというテントの所まで歩いて行ってしまった。リラはグランの意思を汲み取っていたのか、グランと共にミリアスの元へと向かっていった。


 残された冒険者の彼はというと……


「……俺、冒険者むいてないのかなぁ」


 一人、仮ギルド長室にて、報告したときの体勢のまま、固まっていた。彼に声を掛けるものは誰ひとりとしていなかったという。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい、リラ。今の冒険者とミリアスを追い返そうとしてたやつらの教育、しっかりしといてくれよ?」


「ぬかりなく。今後のギルドの講習を増やそうかと考えておりましたところですが、丁度いいので、彼らには頑張っていただくことに致します」


「おう、よろしく頼む」


 グランとリラは、足早でミリアスのいるテントに向かっている最中、そんな会話を繰り広げていた。周りにいた冒険者たちは震え上がるような内容だったのだが、二人は気にすることなく歩いていく。


「ぎ、ギルマス!?」


 ミリアスのいるテントへ着くと警備に当たってい冒険者がギルドマスターの来訪に驚いていた。グランは彼らを無視してテントの中へと入っていく。


「こちらから伺えず申し訳ございません、グランさん」


 彼がテントの中へ入ると同時に目に入った光景では、ミリアスが机越しにこちらへ向き頭を下げていた。


「こっちこそわるかったな馬鹿共が追い返したそうじゃないか」


「いえ、それほどではありません。お気遣い痛み入りますが、単刀直入に報告だけよろしいでしょうか」


 ミリアスの態度にはどこか焦りが浮かんでいるのをグランは見逃さなかった。ミリアスの戦闘を実際に見たわけではないが、彼の仲間である女の魔術を体感しているグランは彼の実力をも高く評価していた。その根拠としては先程から視界に写っている彼の技、樹の机を作り出す魔術である。これは大罪達との会合の際、彼が作り出したものと一緒だろう。グランは思考がずれたことを意識し、ミリアスの報告に耳を傾けた。


「近々、魔物の氾濫(スタンピート)が起こるかもしれません」


 ミリアスからの報告にテント内には衝撃が走った。普段は冷静な秘書のリラが驚きをあらわにするほどには事が重大である。グランは今後の対策を取るべく、頭の中であれこれと考えを巡らせ、一先ず、ミリアスの言葉の続きをと考えた。というのも『彼が焦るほどの報告』というのがこの程度であると感じなかったからである。しかし、確かに、魔物の氾濫による被害が計り知れない程大きなものであり、実際に起こるのは珍しい事であるのも事実だ。だが、氾濫が起こらない地域というものはない。人生に置いて必ず一度は経験するものであり、グランもその歳で二度経験している。どちらも甚大な被害をもたらしたが、なんとかなっている。ミリアスが経験していないとしてもそこまで焦ることではないと考えていたのだ。


「それだけか? その程度なら俺は経験しているぞ?」


 なので、グランは単刀直入に聞いてみる事にした。


「……はい」


 結果から言うとグランの考えは正解ではなかった。ミリアスは確かに魔物の氾濫に危機感を抱いており、下手をすればソールの街は地図から消えるとまで考えていたのだ。それもその筈、続いて彼の口から告げられた情報はグランにとってもただならぬ情報であったからだ。


「確かにこの街では以前にも氾濫事態が起きた事はあるようですし、その際グランさんが尽力したおかげで被害は格段に抑えられていることも知っています。ですが……」


 ミリアスはグランの功績も前回の氾濫の記録にも目を通していたようだ。その事実が、グランの彼に対する評価をどんどん上げている。彼であればリラの補助か同レベルの仕事でも熟せるとまで考えるほどに、ミリアスの情報収集能力は高かった。それは当然の事なのだが、グランにはその理由を知る由もない。

 そんなことよりも彼から告げられた事の方が重要であった。


「今回のは大規模な(インジェンス)魔物の(・エイト・)群れの(フルクス・)氾濫(ウストゥルバ)。過去この国で起こった最大の悲劇。その再来になる可能性があります」


 大規模な(インジェンス)魔物の(・エイト・)群れの(フルクス・)氾濫(ウストゥルバ)とは、南部連合国【アルザン】のとある街で起こった魔物の大量発生の事だ。当時アルザンでは近隣諸国と冷戦状態にあり、いつどこの国が攻め込んできてもおかしくは無い状況であった。そんな時にアルザンのイデアという街の近くの森で大量の魔物が発生し、イデアに攻め込んで来たのだ。幸い冒険者が逸早く街に報告していたおかげですぐに街がどうこうなる事はなかったのだが、その事実があったことで王都内では大したことはないという判断が下され、戦争の為に徴兵した王都軍の戦力を態々割く事はなかった。


 結果。今ではイデアのことを【呪われた街】と呼ぶ事態にまで被害が酷くなってしまった。


 その原因が大規模な(インジェンス)魔物の(・エイト・)群れの(フルクス・)氾濫(ウストゥルバ)だ。ただの魔物の大量発生からの氾濫であれば、呪われた街【イデア】の冒険者達だけでも被害を抑える事は出来ただろう。最悪でも近くの街と協力し合えば、全員生還も無理な話ではなかった筈だ。


 しかし、事実歴史上ではそうならなかった。


 大規模な(インジェンス)魔物の(・エイト・)群れの(フルクス・)氾濫(ウストゥルバ)では魔物の大量発生に加え、それを餌にするために翼龍(ワイバーン)が群れをなして街の近くまでやって来た。そこを運悪く、イデアの冒険者達がつついてしまい、ワイバーンの怒りを買ったのだ。

 低級であるとは言え、翼龍は龍である。もちろん単体であれば問題なく討伐出来ただろうが、その時は群れだった。それも小さな群れではなく、大きな群れだ。大体飛龍一体に対してはC級冒険者数十名とB級冒険者数名でパーティーを組んだ戦力が釣り合うというのが常識だ。それの群れともなれば驚異は格段に上がり、A級数名がパーティーを組んで挑んでも勝率五割と言った具合だ。しかし悪いことに、当時イデアに来た翼龍の群れは、その更に上をいく群れの群れ、もはや軍隊であったという。それこそ、Sランクがパーティーを組んで挑むレベルの戦力である。

 もし、イデアの街に一人でもSランクの冒険者が、あるいはそのレベルの実力者がいれば、被害は抑えることが出来たかもしれない。それが叶わなかった事もイデアを呪われた街と呼ぶきっかけであったのだろう。Sランク冒険者がいなかったのは、戦争に備え、王都に集まっていたからだ。彼らはギルドの決まりで王令には逆らわない。逆らえないことはないが、生活を捨てる事になる。見ず知らずの街であるイデアに生活を捨ててまで助けに行く者はいなかった。当時王都との連絡は馬車であった為、情報の伝達も遅く、更にはその被害は大したことがないとまで言われていたのだ。イデアの街からSランク冒険者が出たことはなく、Sランク冒険者達は見向きもしていなかった。


 こうして、呪われた街【イデア】はその日、地図から姿を消した。


 その悲劇が再来するかも知れないという。しかし、グランはその事実を聞いても大して動じることはなかった。なぜなら、今は戦時ではないし、ここにはSSS(スレース)ランクである自分に加え、数名のSランクが駐在しているからだ。この街の戦力はワイバーンの軍隊にも劣らないだろう。

 普通は辺境の街にこれだけの戦力が集まることはないのだが、それは、このグランという男が原因だ。恐ろしい事にこの男は自分がギルドマスターにまで上り詰めるとギルドの体制をガラリと変えてしまったのだ。今では普通になったことではあるのだが、以前のような王令を断ることでのペナルティをなくし、各地に散らばるギルド拠点の連携をより高めたことで、格段に自由度の高い冒険者稼業へと様変わりさせたのだ。それにより、今、冒険者というのは全国的、いや、全大陸的に広がり、行動範囲の拡大はもちろん、仕事の内容から質、人気まで飛躍的に高くなってきているのだ。それを成し遂げた人物の直轄地に高ランク冒険者が集まるというのはいつどこの時代においても常である。


 実力も実績も戦力も申し分ない。これ以上この国で戦力を集められるとしたら王都ぐらいのものだ。そう言い切れるぐらいにはこの街の戦力は十分過ぎるとグランは考えていた。

 しかし、ミリアスの判断は違う。SSSランクの自分がいても被害を抑えることが難しいと考えている。その事実が、グランの闘志に引火する。


「規模はまだ聞いちゃいねぇが、俺は退く気はねぇぞ? お前がそこまで言うんだ。俺の実力が衰えてるかどうか、試してみようじゃねぇか……」


「えぇ、そうでしょうとも、確かにこれだけであれば、グランさんに伝えるまでもなく、こちらで対処した程度ですので、なんとかなるかと思います」


「くっかっかかかぁっはっはっはっははぁ!!!!」


 グランは口を大きく開き、腹を抱えて笑いだした。

 ミリアスがまたも頓珍漢なことを口にしたからだ。大規模な(インジェンス)魔物の(・エイト・)群れの(フルクス・)氾濫(ウストゥルバ)レベル。天災級の戦力を『この程度』の一言で済ませたのだ。慢心ではなく、彼にとっては本当にその程度にしか感じていないのだろうが、それを口に出せるほどの自信と実力を兼ね備えていなければ言えぬことだろうグランはと感じていた。


「な、どうしたんですか……急に笑い出して、大丈夫ですか?」


「いやいや失敬……くふッ」


 笑いを堪えながらグランはなんとかミリアスの話を聞く体勢を整えた。

 実は隣でリラも少々微笑んでいたのだが、それを知っているのはニティぐらいのものなので気にする必要はないだろう。


「? 話を戻しますが、えっと、私がここまで焦っているのは、あなたの実力を含めても勝率が低い魔物を見つけてしまったからなのです」


 グランが真面目に話を聞く姿勢を整えた後に、ミリアスは話を再開した。

 その内容にはグランも驚いたり、呆れたりしながら聞いていたのだが、正直な彼の判断で言えば、なんとかなる、というものだった。

 というのも、ミリアス自身は気がついていないものであるのだが、グランは感じ取ったのだ。


 彼に施された加護を、そしてその強力さを。


 それは彼も知らぬ間に施された加護であり、ニティにはそれを伝えられないよう制限が施されている。

 グランはその加護がどういうものなのかまではわからなかった。しかし、長年の勘のようなもので、彼の何かを感じとっていたのだ。

 これには神界の人々も驚きを顕にしていたのだが、それは誰も知らなくていい事実だ。


 その後のミリアスの報告も無事に終わった。今後の対策は急いだほうが良いということであったが、まだ猶予は残されているとのことだったので、グランは今回の戦いで一番奮闘してくれたミリアス一行にしばらく休むように言いつけておいた。彼に伝えるだけではなんとなく心配であった為に、パーティーメンバーのウナにも休むように伝えておいた。何故か若干上の空だったのが心配ではあるが、どうしようもないかと思い諦めていた。


 こうして、ギュノース沼地での濃い二日間はソールの街にすまう冒険者達の勝利という形で幕を閉じた。


 ◆◇◆◇◆


 その数日後、ギルド内にて。


「おうオメェら!! 酒だ酒!! もっと酒をもってこいやぁ!!」

「ギルマスがこう言ってんだ!! 今日は大宴会だぁ!!」


 グラン達は酒やら食事やらデザートやらと勝利の美酒に酔い、各々楽しんでいた。今回の侵攻ではリザードマン達が着ていた装備自体が報酬となったのだ。元々リザードマン達は、戦士龍人と書くこともあり、一体一体の装備が整えられた軍隊となることが多い種族だ。装備の整備をするリザードマンなどもおり、彼らを倒した時に得られるものは戦場でついた傷しかないことが殆どなのである。装備の質はDランク程度であるのだが、何分量が多い。ギルドで徴収した分だけでも初心者冒険者全員に行き渡って尚、余る程はある。中には質のいいものもあったのだが、そういったものは、B・A等高ランクの者が戦った相手に多く、彼らの財布は満杯であったり、身形が良くなていた。

 今回のギルド主催のこの大宴会は、それ以外Cランクの冒険者の労いの意味も込めているのだ。彼らにもある程度のお金は払っているのだが、少し物足りないだろう。確かに本来の報酬は別にあるのだが、この宴会はグランの考えで行うことになったのだ。

 

 宴もたけなわ、腹も膨れ気分が下がり始めた頃、ソール支部ギルドマスターであるグラン・ジルサンダーは二階から皆を見下ろす形で手すりの上にバランスよく座っていた。


「おう、お前ら! この前は大活躍できたか?」


 グランがそういうと、ギルド内では盛り上がる歓声とブーイングの嵐になった。


「いや何、みなまで言うな。俺たちも気付いてねぇわけじゃあないさ。だがしかし! 今は置いておこう。それよりも重要な話だ」


 グランのおちゃらけに付き合っていた冒険者らもギルドマスターの顔を見せた彼に従い素直に静まり返っていく。鶴の一声。観衆の心を惹きつけるのもグランの役目だ。最初の一言はこのためだろう。


「今回リザードマンの進行があったわけだが……あぁ、知ってのとおり、奴らは温厚な種族だ。本来であれば、交渉も出来るほどには知能があり、街を襲うこともない。それがどうだ? と不思議に思った奴は少なくないだろう。その答えを言ってやる。よく聞けよ?」


 ひと呼吸。その場の空気を独占し、グランは言葉を放つ。


襲撃級(グランド)モンスター:アステリオスが出現した」

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