54 ウナ家の秘宝
その子供はおもむろに目を開き、口を開き、笑顔になる。
「こんにちは、転生者さん! 僕はここの温泉に住むスライムだよ! バルネウムって名前なんだ!! よろしくね!!」
お湯が人型の子供の姿になったかと思うと、今度は自分はスライムだと言い張る。しかも名前があると。
裕翔達は目の前へ急に現れた意味のわからない存在に戸惑いを感じていた。だが、それ以上に、この子供が言った『転生者』という言葉に反応していた。彼らは転移者ではあるが、転生者ではない。転生となると少し話が違ってくるのだ。小説でもなんでも、きちんと区別されている。しかし、この子供は、転移者と転生者のちがいを分かっていないのか、見分けが付かないのかは分からないが、この世界の人間ではない事を見抜いている。そのことに裕翔や善は警戒心を顕にさせてしまう。
「お前はここで何をしているんだ? スライムなんだろ?」
善はそう質問をした。答えてくれるかは分からないが、この質問で少しでも裕翔の時間を稼ぎ、この状況でスライムが敵でも味方でも問題ないように準備させようとしていたのだ。裕翔も善の意図は理解したようで、周りの状況やスライムの事をよく観察して考察している。
「そうさ! 僕は地下に住まうスライム! 今はこの地下温泉に住んでいるんだ! ここの温泉はとっても気持ちがいいからね!」
「それが何故今、俺らの前に姿を表した? しかもその人間の姿になってまで……」
「ん? 別に……特に意味はないよ! 人と話すときは人の姿が一番いいでしょ?」
バルネウムと名乗ったスライムは、善の質問にも飄々と答えていく。善には、その答えに敵意や害意というものが存在しているようには思えなかった。裕翔にも視線でその旨を伝えたのだが『大丈夫だろうけど、一応警戒はしておいたほうが良いでしょ』というのが彼の考えのようだ。善もこの意見には賛成であり、警戒心は解かない程度に緩めていこうと判断した。
「住んでいると言ったが、具体的には何をしているんだ?」
善は、先程より幾分か表情をやわらげ、表更にバルネウムへ質問を重ねていく。
「んー、ここの温泉に浸かってるだけだよ!!」
バルネウムは無邪気に答えてくれた。しかし、この発言で三人は呆れていた。質問の答えにはなっているが、それだけでは何も伝わらない。短く簡単にしすぎて肝心なところが抜けているのではないかと考えてしまうほどにかけている答えだった。
「そもそも、スライムは魔物で、ここはたて……ウナの家だ。普通の家に魔物はいないだろう? それに温泉に浸かってるだけのスライムなんて」
「ううん? いるよ? ここの世界では別に魔物がいてもおかしくないんだ!! 僕みたいに……ペットになればね!! 僕は温泉に住まう温泉スライムペットなのさ!!」
「「「ペット……」」」
バルネウムは胸を反らして自慢げに、誇らしげに言い切った。
しかしこれでは、ウナに一体何があったのかという疑問が深まるばかりだった。特に裕翔の頭の中では、彼女がいつここに転移したのかが気になっていた。自分達が過ごした一日でこれだけの豪邸を作り、魔物をペットにし、長年過ごした家であるかのように振舞う。そんなことは演技が得意な自分でも出来るとは思えない。それに彼女は自分たちより、この世界の仕組みにも詳しいようで、まだなにか隠しているようにも思えてならない。そんなことを裕翔はずっと考えていた。
「ところで、バルネウム……くん? 君は僕らに危害を加えるつもりはないんだね?」
話を変えるように裕翔は話題を切り出した。若干苦笑いが混じっていたところが、彼の心を表しているようだ。それが彼の本心であるとは限らないものの。
「ぼく、君たちの疲れた顔を見てなにかしてあげようと思ったんだけど……あんまり出来ることないんだよね……やっぱり、所詮は低級のスライムってことなのかなぁ……」
バルネウムはそう言いながら肩を落とし、悲しそうな顔をしていた。
彼は自分たちの為に動こうとしていたらしい。しかしそれも、彼がスライムという種族であっては、かなわない願いだったようで、落ち込み、悲しみ、悔しそうにしていた。
「でも、僕だっていつかは神様になるんだからね!! これくらいでめげちゃダメだよね!!」
「……神様?」
神様。バルネウムは確実にそういった。裕翔達は女神さまの事を瞬時に思い浮かべたが、バルネウムの話を聞いていると、どうやら違うようで、バルネウムのいう神様はスライムの神様だそうだ。彼はその神様を信仰しているらしい。
「デウデ・レリクエレカ・エーノっていう名前なんだ!! 親しみを持って、エーノ様って呼ぶ人もいるけど、神様はとってもすごいスライムなんだからね!!」
バルネウムは憧れているようで、とても興奮した様子で鼻息を荒くし、目を輝かせていた。
スライムにも神様がいるということ自体には驚きはないだろう。なにせ、日本にも八百万の神と呼ばれるほど神様はいるとされているし、ギリシャ神話では神々と言われ、唯一神とは考えていないのだから。
彼らもそういうことに関しては疑問を抱かなかった。付喪神みたいなものかなぁと考えている。
「バウネウム、安心するといい。努力は報われるものさ」
裕翔はイケメンスマイルで断言してみせた。
「それよりも、俺は風呂にもどるぞ? このまま、突っ立っていても湯冷めするだけだろう?」
少し機嫌を悪くしたのか、善は些か険しい表情を見せ、湯船へと歩いて行ってしまった。
裕翔も彼のその表情には気がついていたが、特に触れることなく、風呂に浸かりに戻るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「仕事」
風呂から出て、全員が揃ったのを確認しとウナが開口一番にそう言った。
「狩り」
と、男二人、裕翔と善を指差して言う。
「料理」
と、十を指して言う。
「洗濯と掃除」
と水菜を指して言う。
「おう、任せろ」
「頑張るね! ウナちゃん!」
「「……」」
十と水菜は頷き、すぐさま各々キッチンと風呂場へと仕事をしに向かう。
裕翔と善は取り残され、互いに顔を見合わせ無言で頷く。所為、十についてだ。
「……(料理出来るのか……?)」
「? なに?」
二人が、冷蔵庫の前で食材を確認して何かを考えている十の姿をじっと見つめていた事から、ウナは何かを察したようで察せなかったのか疑問を抱いていた。
「「いや、なんでも……」」
二人共自分たちが狩りで肉を調達してくればなんとかなるだろう、と考え十の料理のことは一切触れずに、準備し始めるのだった。といっても、彼らに準備出来るものはそうなく、ものの数分で身支度は出来てしまった。
「こっち」
ウナは二人を促し、何処かへと向かう。
二人は何も言わず、彼女の後を追って居間を出た。
◇◆◇
「武器」
倉庫のような部屋に連れてこられた二人はそこで、様々な武器を目にする。棍棒、槍、剣、弓に加え、戦斧や短刀など、少し変わったものからオーソドックスなものまで、全ての武器が揃っているのではないかを思えるほど、数多くの武器がそこには貯蔵されていた。
「こんなの、どこで手に入れたんだ……」
裕翔達はその異常性に気付き、そう口を滑らせたが、言っておいてすぐに口を塞いだ。その行為に意味はないというのに……
「……ひみつ♪」
そう言って笑う彼女の表情は、今まで彼女がポーカーフェイスだったことも相まって、とても美しく感じた。その笑顔の瞳の裏に隠れた黒を含めて、彼女のその笑顔はとても美しかった。
二人は自然と息を止め、彼女に見とれてしまっていた。
「選んで」
しかし、その笑顔もすぐに元のポーカーフェイスへ戻り、二人は一瞬にして現実に引き戻された。現実といっても、それはもちろん、こちらの世界であって彼らの元の世界に戻れたわけではないのだが。
彼女のあの一瞬の表情には二人とも触れることは出来なかった。
「鎧これ。革だけど我慢して」
「あ、あぁ、ありがとう」
「革でもこの厚みなら十分だと思うのだがな……それより重いな」
善が重いと言ったそれは通常の革鎧ではなく、この村特有の厚手の革鎧であり、鉄製の武器ならば、ある程度衝撃を和らげてくれる優れものだ。しかし、これは、魔法耐性については全くの代物で、無防備であると同じなのだが、彼らはそんなことを知る由もない。なぜなら、ウナはそのことをすっかり忘れているからだ。
「ん? 蓼科。これは……?」
「刀……拾った」
善は壁に飾ってあった刀に興味を持ったようで、じっと見つめては何かに惹かれるようにその刀を手に持ち、一振り。その瞬間、なにかを斬る感触がした。柔らかくも硬いような、それでいてすんなりと刃が振れており、刀はその刀身を善の振った腕の延長戦上に伸ばしている。
「え……?」
善は戸惑いを隠せずにいた。
彼は剣道をやっていたわけでもなければ、武道をやっていたわけでもない。ましてや、料理さえしない彼は包丁すら持ったことはない。まさに今の一振りは、ズブの素人による一振りなのだ。
「善……お前……」
それがどうだ。善が斬った部分は、剣道をやっていた裕翔から見ても異常だった。まるで、そこだけ最初から何もなかったかのように空間ごと削り取られており、そこだけが景色が歪んでいた。しかし、その歪みもすぐに消え、何事もなかったかのように元の状態へと戻っていく。
「空気を切った? いや、しかし、歪みが発生しているからして空間……なのか?」
それを成した本人ですらこの状況にはついていけないでいた。まず、今斬ったのは何なのか、そもそも、自分が斬ったのか。それすらも彼には分からないでいた。
「蓼科……この刀は……なんなんだ?」
「知らない……拾った」
ウナに聞いても意味はないと思われた。彼女は別に、この刀の価値を見抜いて買ったわけではなく、ただ本当にどこかで拾って、自分のものとしていただけなのだ。結局はそれは使われることなく、この倉庫に眠っていたのだ。
「私は斬れなかった」
もちろん、使っていなかったからといって、使ったことがないわけではない。彼女も刀にはとても興味を示していたのだ。その上で、一振り、二振りしたものの、刀の重みとともにそもそも、彼女では空間を斬るどころか、紙切れさえも斬れなかった。そのことを善に伝えると、彼は不思議そうにしていたが、それはそういうものなのだと受け入れていた。諦めていたとも言えるが……
「よし、俺はこの刀を使うとしよう。別に伝説の武器というわけではないが、空間を断つ刀というのは有用なものだろう」
「有用過ぎる気がするんだけどな……僕はこの普通の両手剣にするよ……」
「あ、それ――」
ウナが言い終わる前に、裕翔は手元にあった両手剣を掴んでいた。裕翔が剣の柄を持った瞬間、その剣から光が溢れ、倉庫を眩い光が包み込んだ。
光が収まると、ウナは裕翔の手首に収まったブレスレットを指し
「聖剣:カリブルヌス」
ボソッと一言小声で呟いた。
「こ、これ、外せないんだけど……?」
「? ……いいんじゃない?」
「よ、よかったな佐藤。カリブルヌス……は聞いたことないが、聖剣だそうだぞ」
ウナは裕翔が聖剣を手にしたことに全く不満はないようで、善も苦笑いだが、気にしていなそうだ。寧ろ自分が使おうとしている刀に見とれているようだ。
「わかった。聖剣の腕輪のことは諦めるさ……それにしても、なんでここの倉庫には聖剣なんてものがあるんだい? ウナちゃんはこれが聖剣だってわかっているようだし、拾ってきたってわけでもないよね……? こんなものそうそう落ちてるわけないんだから……そろそろ、君のこと教えてくれてもいいんじゃないかい?」
裕翔はいい加減に彼女の素性が気になっていた。目の前の彼女は蓼科 涼妹であることに間違いはないと考えている。しかし、ここに長年住んでいる住人のようでもあり、それに昨日今日で身につく知識ではないようなことまで知っているのだ。彼女がどういう人間なのか、一度きちんと話をしておいたほうがいいと考えていた。
「ウナ。獣人。それ以上でもそれ以外でもない」
彼女の瞳は真っ直ぐであった。そう判断できるのも、裕翔はその人柄、様々な目的の人間が近寄って来ることがあったからだ。憧れ、恋、顔、地位、恨みつらみ等、いろいろな目的で近寄ってくる人間が多かった、彼はその中から、自分や周りに害をなそうとする者を見つけ出し、止めたり、時には改心させたりと、人の機微を敏感に察し、対処してきたのだ。その彼が彼女は嘘を言っていないと判断したということは、それだけで、彼女の言葉に重みが生まれてくるのである。
「そうかい、僕らには教えられないか……」
「……私はウナです。この世界で生まれ、この世界を生きている、ただのケモ耳少女なんですよ。例え、生徒会長さんが今後どうなっていくのか分かっていてもそれを止めることはできないのですし、私に出来る手助けなんていうのはこれくらいしかないんです。せめてもの思いどうか受け取っていただけませんか?」
裕翔と善はとても驚いていた。今まで、ポーカーフェイスをつらぬいていた彼女が、こんなにも表情を顕にして、自分たちに訴えているという事実。切実なその態度が彼らにストレートな感情として流れ込んでくるようだった。
「はぁ……いずれ、事情がわかる時が来るのかな……」
「……蓼科、俺たちは俺たち、出来ることだけをしてこの世界を過ごすさ、もちろん元の世界に帰る方法も探しながらな……」
「……」
二人が話している時にはすでに、元のポーカーフェイスに戻っており、彼女の表情はわからなかったが、どこか、嬉しそうにしている。そう、思える二人であった。