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この異世界は優しすぎ!?  作者: 爈嚌祁 恵
52/57

52 行動せよ

「差し当って、俺は別行動を取るぞ……じゃあな」


 と言って、彼。永良 悠は転移者一行から距離をとり、姿を消した。


「は?――」


 まさに一瞬の出来事。そう思ってしまったのは裕翔だけではなく、この場に居た全員の反応だろう。

 それもその筈、彼は文字通り、一瞬の内に皆から相当の距離を取ったのだから。


「ユウ? ……おい! ユウ! どこいったんだ!?」


 十は叫んだが、いくら待っても返事は無かった。その事実がまるで、雲を掴むようで、その感覚にほんの少しの恐怖すら抱いていた。


「いない? ……のか?」


 裕翔の方も、同じように、疑問を抱いてはいるが、こちらは何かしらの検討はついているようで、事実に対する恐怖というよりかは、自分の迂闊さに苦虫を潰したような表情を浮かべていた。


「どうやら、いないみたいだね……一人で大丈夫なのかな?」


 一方、善の方は対した動揺は見られない。この人物もこれでいて、顔には出ない性格なだけで、内心ではどう思っているかわからない。


 ただ、一人、思う存分パニックになっているのは水菜だ。


「あ、え? ゆ、え? どこ? い、いない? なに? どゆこと? 消えた?」


 水菜は彼が消える姿を見ていなかった。彼は最後尾におり、水菜はその前でトボトボと俯き加減で歩いていたのだ。声が聞こえた時には、彼の姿はその場にはなく、彼女は一人で最後尾を歩いていたのだ。それが何を意味するか。彼が今、ここにいない以上、今までここに彼が居たという証拠がない。転移の所為で気が動転しているようなものの彼女の心にはその事実だけで、気が狂ってしまいそうなほどの恐怖を感じていた。


「落ち着け、落ち着いてくれ。えっと、水菜、大丈夫。彼は今、偵察に行っただけだよ……大丈夫」


「う、うん……」


 裕翔の機転のおかげで、水菜はなんとか落ち着きを取り戻したようだった。

 彼女も一応の状況把握は出来ていたのだ、ただ少し、よくわからない状況に取り乱した程度で、大したことでは無かったようだ。


「彼のことは一旦忘れよう、ここにはいないみたいだし。それに僕らも、これ以上森の中にいるのもどうかと思う。せめて人がいる所まではどうにか……」


 裕翔はそう切り出して、森の中を歩き始めた。どこへ向かうわけでもないが、彼のその行動は結果的には正解だったと言えよう。



 森の中をただひたすらにまっすぐ突き進むと。少し開けた、街道のようなところが見えてきた。


「これを辿れば、どこかしらの街には着けるよな」


 裕翔はその道に近づくなり、そう呟いた。


「車でも通るんじゃねぇのか?」


 そう言ったのは十だ。

 彼はアニメやライトノベルとは無縁の生活をしていた為か、こういう時に、転移世界は西洋風が多いという知識に染まることなく、一般的な意見を言うことが出来るのだ。


「ふっ、甘いね、十、僕らは転移したんだよ?」


 そして、一方で、裕翔の方は、少々事情があって、その手の知識には一枚噛んでいたのだ。


「転移したから? なんだよ?」


 十は一般人。


「そういうことだよ」


 膳はこちら側。


「そういうことですね」


 水菜もこちら側。


「つまり、そういうことさ」


 そして裕翔もこちら側。



 このパーティーには壊滅的に一般人が足りていなかった。


 唯一の一般人が、十だけであり、尚且つ、彼は野球バカのヤンキー。誰ひとりとしてこの状況に違和感を覚えるものはいなかった。


「よくわからんが、そういうことか!!」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 皆がそれぞれ、この世界は西洋的世界で、ファンタジーな世界なのだと先入観を抱いた頃。


 一人、離れて別行動を開始した悠は想像していたものとは違ったこの異世界の有様にほんの少し、驚きを顕にしていた。


「マジかよ……文明の利器すっげぇ」


 彼が今手にしているのはまさにバイクそのもの。

 魔力を動力源としていのか、どういう仕組みか、動いている。それも、日本でよく見るバイクより、速度も安全性も優れているような理解するのにくろうするような乗り物だ。


「どういう仕組みなんだこれ……」


 バイクもどきはよくわからないが、彼はバイクに乗っていた。


「どうだぁ? こいつぁ早ぇだろぉ?」


 もちろん、悠のバイクではない。今、声を上げたこのスキンヘッドのガタイのいいおっちゃんのバイクだ。悠が彼と知り合ったのは数分前のことだ。


 悠は自身の固有能力(オリジナルスキル)を駆使して、皆から離れた所、丁度その離れた地点にて、魔物と交戦していたのが彼だったのだ。

 その彼の名前はブルガン。酒場のマスターをしているそうだ。今も酒とその肴の補充の品を運んでいる際に魔物に遭遇したとのことだ。彼も最初は悠の姿に警戒を顕にしていたのだが、悠が魔物に攻撃をし、自分に危害を与えるつもりもないことを確認すると、その警戒も朱鷺、寧ろ彼には協力的な面まで見せてくれていた。


「それにしても、あんちゃんは強いよなぁ……? まぁ、その見た目から察するに元々の強さなんだろうがなぁ……羨ましいぜ、全く」


「これは元々じゃないって言ってるだろうに」


「んがっはっはっは!! 人間がそんな姿になれるわきゃねぇだろうが! あっはっはっは!!」


「まぁ、そうなんだがなぁ」


 悠の方もブルガンの事をかなり信頼しているようで、話せる事は大抵話していた。大分嘘が混じっているがブルガンの方も体格のいいスキンヘッドな身なりの割にそのへんの事情も込で察してくれているようだった。


「ま、また、何かあれば、俺を頼ってくれてかまわねぇからな!! さぁ! 着いたぞ!! ここが帝都【ブラドリア】だ!!」


 そうして、案内されたのは、見ただけでもわかるほどに頑丈そうな城壁と大きな門の向こうに見えるのは遠近感を狂わすほどの城。大きいだけではなく、要塞のような一面があるのだろう。もしかしたら、本当に要塞なのかも知れないが、そこらへんは機密事項になっていそうだ、という感想が悠の一番に思ったことであった。


「随分立派な街な割には、警備がザルすぎやしないか?」


 そう思った悠だったのだが、その考えは間違いであったのだと、後々気づかされることとなる。


「おう、お前ら! 俺の客だ!! 色々事情があるみてぇだが、信用できるやつだ、身分証を作っといてくれ、名前は……カルヴァドスだ!!」


「おい……勝手に!!」


「いいから、任せとけ」


 そう言うと彼は満面の笑みで笑い、悠の肩をその大きな手で叩いた。


「は、はぁ……」


 肩を叩かれた当の悠は特に動じることもなく、二回目は「やめろよ」と言って、ブルガンの腕を掴んで、止めていた。


 その光景を見た、衛兵達が揃って悠の事を凝視していた。

 

 悠はその視線に気が付き、自分のこの姿がいけないのではないかと思っていた。


「なんだ?」


 気がつかれるのを防ぐ意味を込めて、少し、威圧的に声を発してみた。すると、意外なことに、衛兵たちは慌てた様子で、手続きをし始めていた。


「まぁ、そう、威圧してやるな!! 俺の客が珍しいんだろうよ!! 俺の酒場にゃ客なんぞ滅多に来ねぇからな!! がっはっはっは!!」


「あぁ? そうなのか? なら、今度、行ってやるよ。俺も暇だろうしな……」


「おう、来やがれってんだ!!」


 そんなこんなで、会話をしていると、粗方の手続きが終わったようで、最後に個人登録をする為に、血液を少々採取するということだったが、一応ブルガンの手前、疑うような素振りは見せなかった。こうして悠は身分証を手に入れることが出来、無事、帝都の城下町へと足を踏み入れた。


「あっさり入れたな……」


「まぁ、これでも、帝都の技術はすげぇんだぜ? さっきの乗りもんだって、発案に数十年、開発に数年、そこから実用的にするまでには更に倍の年月、たくさんの開発者の努力がやっと実ってからも、国に認めさせるわ、軍事利用がどうだって……国全体で騒がしくなったもんだぜ」


「そこらへんはどこも一緒だろ……」


「そう言っちまえばそうなんだがよぉ?」


「ま、この乗り物のおかげで楽が出来るんだ。少なくとも俺はこれに関わった人物全員に感謝こそすれど、特に否定的な謂れはないわな」


「お、そうかい! やっぱ、お前さんは見所があんなぁ!!」


「へいへい……ありがてぇ、ありがてぇ」



 悠はそんな他愛もない会話をしながらブルガンの酒場まで、荷物を運ぶのを手伝った。

 酒場に着き、バイクの後ろに引いていた荷台の荷物を降ろすのだが。悠はそれが終われば、ブルガンとはここでお別れだと考えていた。


「おい、カルバ!!」


 そう叫ばれた名前が自分のものだと認識するのに、少々時間が掛かったのだった。


「カルバって俺か……?」


「あぁ、カルヴァドスでカルバだ。俺はこれからお前さんの事をそう呼ぶぜ? いいだろ?」


「問題ない」


「かっ、連れなぇなぁ……」


「むっ、なら俺はお前の事をガンマスと呼ぼう」


「ガ、ガンマス……?」


「あぁ、ブルガンのガンと酒場のマスターでガンマスだ」


「んん、なぁ? 別の名前はねぇのか?」


「なんだ、嫌か?」


「べ、別に俺ぁ、名前なんぞ気にする質じゃぁねぇがよ……」


「なら、問題ないな」


「はぁ……もう、好きに呼べ……」


「そうさせてもらう」


 ブルガンの名前呼びと自分の愛称が決まったところで、荷台の荷物は全部降ろし終えた。


「これで最後か?」


「おう、それはこっちに持ってきてくれ」


 悠が持っていたのは酒樽だが、中身は空で何に使うのかはよくわからないものだった。

 これで、ホラーの小説なんかだと、この樽が後々何かに繋がって来るのだろうが、そんなことはまずないだろう。だってここはホラーの世界じゃないもの。


「やけに軽いな?」


「おう、そいつは特別な酒だからな、落とすなよ? 万が一中身が漏れでもしたら、流石の俺でも払えねぇ額が動くかんな……」


「お、おう、やけにプレッシャーかけてくるな……」


「そんだけ重要だってことだぜ……」


 そう言ってブルガンの支持のもと、樽を丁重に置いて、全ての荷物を運び終わった。


「あんがと助かったぜ、なんだか、手伝わせちまったようでわりぃな!」


「いんや、俺もここまで、乗っけてってもらって、中にまで、入れてもらったからな、これは借りとしては大きすぎるからな、少しずつ返させてもらうよ」


「まぁ、そこんとこはとやかくいうつもりはねぇぜ、それより、お前さん今夜の宿はどうすんだい?」


「ん? あぁ……まぁ、適当にそこら辺、ぶらつくさ」


「そりゃ、よくねぇな……帝都は夜回りも厳しい、そんな姿じゃ、碌に相手にされずに牢屋行きだろうな……そこで、お前さんにゃ、これをやろう」


 ブルガンは懐から、数枚の金貨を取り出すと、それを悠の目の前まで突き出した。


「これは……?」


「この国の通貨だ」


 誤魔化しているのか、本気で俺がこの金貨を見たことがないのを察しているのか、それはわからないが、少なくとも、これを見せびらかしているだけではないことがわかる。

 手に乗せた金貨を撮る素振りを見せない悠に一言ブルガンは呟いた


「どうした?」


 そう言って、彼は少し意地悪な笑みをしてみせた。

 悠が碌にお金を持っていない、というか無一文なのを察しての行動だろう。


 それでも悠がこの金貨を受け取るのを渋っていると、ブルガンはまたも言った。


「今日の駄賃だ受け取っておけ、借りは別の機会に返してくれると、ありがたいぜ?」


 ブルガンはそう言うと、今日一番の笑顔を浮かべた。


「けっ、なにが狙いか知らねぇが、俺の手綱は暴れるぞ……?」


 挑発的な言葉とは裏腹に、表情だけを傍から見れば、お互いがお互いの事を信頼しているように見えていただろう。


 悠は前に出された手を金貨ごと握る。


「借りは返す」


「宿はこの道の先、突き当たりを右に曲がってすぐだ、見ればわかるだろうよ」


「……借りは必ず返す」


「おう、いつでも待ってるぜ!」


 そう言って、二人はお互いに見送ることなく、自分のすることを再開したのだった。

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