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この異世界は優しすぎ!?  作者: 爈嚌祁 恵
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49 I'm a little girl

 白い天井。何もない空。空なのかさえもわからないような、遠近感のないその天井には、一人の少女が浮かんでいた。

 白い空間に佇む、水銀の鏡ような、銀色の腰まで掛かる長い髪。風もないのに何故か、その髪は下からのそよ風でも受けているかのように広がりを見せていた。加えて、出るところは出て、引っ込むべきところが引っ込めなかったと思われる、少し現実味の帯びた、それでも見た目にはスタイルの良い、体躯。顔立ちは西洋の一流モデルをも上回るほど、バランスが良い。中でも彼女の瞳は色鮮やか、不気味で、魅力的な金色の虹彩からなる瞳孔、その視線に晒された者は何人たりとも目を離すことは叶わない。そんな思いを抱くほど、惹きつけられてしまう。透き通った健康的な白い肌。触れずとも感じる、生まれたての赤ん坊のような柔らかさや滑らかさ。しかし、当の本人から、幼さは感じられない。何処か大人びた、色気のある、そんな少女。


 少女はその柔らかく潤った、躑躅色の唇を開き、言葉を発した。


「皆さん、ようこそ、異世界(ラルメキア)へ」


 その言葉は痛みを伴った。


 彼女の声は、頭の中へ無理やり流し込んだかのように、聞く者の脳を揺さぶった。


 彼らがその痛みを、美し過ぎる声が故に、脳が声を声と受け入れられなかったのだということを理解したのは、その後すぐのことだ。


「おっと、すいません、刺激が強すぎましたね」


 そう言って、彼女は口に手を当て、恥ずかしそうに微笑んだ。この笑顔に落とした男の数は知れないだろう。現に、今、この場にいる、唯一人を除いた男性諸君らは彼女から目を離せないでいる。


「さて、皆様、急激な環境の変化に戸惑いや不安を感じている事でしょう。安心してください。貴方達の安全はこの私が保証します」


 少女はそのたわわな胸に両手を当て、祈るように言い放った。

 依然その高さは天井付近であり、我々を見下す位置にいる。しかし、彼女はスカートを履いており、下から見上げる男どもから、位置への抗議はなされない。寧ろどうにか丈の長いそのスカートの中身が見えないか身体を捻る者も知る始末だ。

 その視線に気が付いているだろうに、彼女は全く、その高さから降りようとはしない。


「高所からの物言い、誠に申し訳なく思いますが、こちらにも少々事情があります故、ご承知いただきたく存じます」


 どうやら、この結界には入ることが出来ないようだ。


 そう思う私は涼妹。ウナの人格を得る前の涼妹だ。

 彼女は異世界に飛ばされて、蛇龍との会話により、ある程度の知識を得ていた。


 その知識の一つがこの空間の正体。

 この空間、この店は、空間魔法によって作られた、私たちの世界のコピー世界である。


 そして、今から、私たちは剣と魔法の存在する異世界へ召喚される。謂わば、異世界転移するのだ。


「ひーふーみー……人数は十人ですか……これまた、多いことで」


 彼女はおそらく、女神。たしか、転移の女神? とか言ってたっけ?


 その後、淡々とした語り口調で私たちは状況を説明された。


 私は蛇龍から大体聞いていたから、さして、驚きはしなかったのだけれど、やはり、居合わせた彼らには相当な驚きであったのだろう。腰を抜かすもの、憤慨するもの、目を輝かせるもの、皆の反応は様々だった。


 しかし、その中で、一つだけ引っかかる点があった。


 曰く、あなた方は前世で死に、こちらの世界へやってくることになった。という点だ。蛇龍からは何も聞いてない。言っていないということは隠していたのか、将又本当に死んでいないのか、どちらを信じるかは自分次第であるが、今のところは保留でいいだろう。どうせ、今の自分が生きているかどうかも、哲学的に言えば、証明出来ないのだから、考えるだけ無駄だ。


「とまぁ、状況説明はこの辺にして、皆さんお待ちかね。スキルシンキングタ~イム!!」


 妙に高いテンションで、その少女は言い放った。


 来たな。異世界転移、又は転生モノの小説で神の類が出てきた時、必ずと言っていい程見かける、能力・加護付与。蛇龍エンデュラークが言うには、この時が一番重要だそうだ。出来る限り有力な能力を得ておくことが私に掛けられる呪いの対抗策になるらしい。

 呪いとは、この転移終了直後に起こる、彼の世界からの干渉だそうだ。その呪いが何になるのかはわからないのだが、今後、異世界を生き抜く上で、限りなく邪魔になるものであるのは間違いない。私はその対応策もかの龍から教えられている。後は、あの女神と上手く交渉するのみだ。


「さ~て、欲しいスキルは決まっているのかな~?」


 露骨な態度だ。おそらく、私への問いかけだろう。なんの説明もなしにこれに答えることができる者はここにはいないだろうに。


「はいっ! お、お、僕! あります!」


 いるのかよ。てか誰だっけ。あぁ、なんか、あれだ説明してる最中もずっと下向いて、ブツブツ言ってたヲタクっぽい人だ。目、輝かせてたっけな。


「そうですか、では貴方だけ、移動させますね」


「え?」


 言うが早いか、彼はこの場から姿を消した。

 一瞬の出来事であり、誰も反応することはできなかった。勿論、当の本人も。


 彼がどこに行ったかはわからない。しかし、あのタイミングでの行動は、おそらく、私の身代わりにでもなったのではないのだろうか? 彼が前知識を持ったものであると勘違いして、一人隔離されたのだろう。もしかしたら、もうこの世に居ない可能性もあるが……


「さ、裏切り者がいなくなったところで」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「は?」


 女神が彼を消し、裏切り者と断定付けたことに驚いていると、彼女の言葉を遮るように、一人の青年が声を上げた。たしか、彼は私がここに戻って来た時にこの空間の事を一番よく理解していた男の人だ。制服着てるし、しかも、あの白に黄色のスリット制服ってたしか、いいとこの私立高校じゃなかったっけ? お坊ちゃん、お嬢様方の通うことで有名な。


「質問……質問いいですか?」


「えぇ、どうぞ」


「スキルとは、先程説明戴いた異世界で使われる魔法と同等のような何かしらの技術なのですか?」


「一応、それを今から説明しようとしていたところなのですが?」


「失礼。間違えました。単刀直入に言います。彼を消したのはスキルの力ですか?」


 おっと、これには流石に驚いた。そんな発想になるのか。普通なら当然のことのように受け入れてしまい、それを質問にする事はないだろう『きっとそういう魔法か何かがあるのだろう』と決めつけてしまう。

 実際、彼女はそれを狙って、能力の話の後に、裏切り者を炙りだし、自身の力を誤魔化して、排除したのだろう。しかし、そこをつつくなら、この質問ではダメだろう。


「えぇ、私の固有スキル[転移]によるものですよ?」


 さて、これは本当なのだろうか。能力を偽って騙していた、ということはよくある。小説では。

 信憑性にかけることは彼にもわかったのだろう。少し怪訝な顔をした後、あっさりと身を引いた。


 その後、彼女は話の流れから、能力の話をし始め。順番に能力を決めていくこととなった。

 私は最後まで、悩んでいる振りを続け、気が付けば、決まっていないのは寝ている青年とお坊ちゃまと私の三人だけになっていた。


「さて、他の方々は決まりましたが、後は……」


 随分と覚めた目つきを向けてくれるではないか。アンタの瞳は圧力がすごいんだから、いちいち睨まないでほしいわ。


「えっと、寝ているそこの君? 話は聞いていましたか?」


「あぁ、俺は凍結の魔法スキルがいい」


 凍結? もしかして、見た目にあわず、そっち系のに秀でた方なのでしょうか? もしそうだと凄い受けるんですけど。いや、割と真面目に……だって、澄ました顔して、その頭の中では、我は~とか想像してると思うと……うん。面白い。


「おい、そこの女、今馬鹿な事考えてただろ、言っとくが俺は合理的に判断しての結果だからな?」


 お、おう、鋭い。なぜにバレたし。というか、合理的な判断の末に凍結? なんだろう、凄い、気になるけど、なにかあるのかな。凍結、使いどころによっては有用かもしれないけど……う~ん、考えつかないな。


「無理に考えなくていい」


 くっ、ムカつく。ムカつくけど、私にはよくわかんないからもどかしいわ。


「なるほど……」


 私とは反対に、彼の思惑に気がついたのか、お坊ちゃま青年は頷いていた。

 しかし、この二人、どこか似ているのに、真反対なイメージがあるよなぁ、炎と氷並に。


「なら、僕は、光化のスキルがいいかな」

「ほぅ」


 うん? 光化? 光になるの? 素早く動けるとか? 光だから物理攻撃効かないとか? 意外と有用な能力だね。光化。名前負けしそうだけど。


「二人ともいいスキルをお選びになりましたね。ええと、悠様に裕翔様、あら? お二人共お名前が似ていらっしゃいますね?」


 本当だ。ユウとユウト。二回繰り返してるみたいだね、あはは。


「さて、最後は貴方なのですが? 決まりましたか?」


「えぇ、彼らのおかげでなんとか……」


「おや、それは素晴らしい。貴方もなにか思いついたのですね」


「えぇ、まぁ……」


 本当は蛇龍からのアドバイスで用意してあったものなんだけどね。


「では、お聞きいたしましょう。あなたの欲する能力は?」


「創造」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 結果、上手くいった。


 私がスキル名をいった時、周りの視線は何言ってんだ? コイツ? みたいな視線を受けた。けれど、やはり、女神様だこと、おそらく私の考えを理解した上で、口角を上げて、不自然なほどに笑顔だった。加えて『うふふ、頑張ってくださいね』とまで言ってきた。小声だったので、聞こえたのは近くにいたあのユウユウコンビくらいだろう。それでも、彼らにも聞こえないように言うことはできたと思われる点から隠す気はないのだろう。


 私が得た能力は[神器創造オリジナル・クリエイト]少し思っていたのと相違があったのだが、説明を見るとこれはこれで有用なものだった。なにせ、神器を作ることが出来るのだ。創造の上限こそあれど、神器の使用や制作にはなんのペナルティもない、とてもチートな能力だった。


 他の人たちがどんなスキルをもらったのか分からないけど、大体の内容は合っているんだろう。


 それよりも……


 さて、ここまで、来た。ここまで来たぞ私、大したことしていないけど、ここまで来てしまった。

 次の工程は出荷だ。いわゆる産地直送。

 今から異世界へ転移することとなる。彼らと一緒に。


「みなさん? 心の準備はよろしいですか? まぁ、準備できてなくても送り出すのですが、そこは関係ないですよね」


 さらっときついこと言う女神さん。


 ねぇ、さっきから薄々思ってたんだけど、この女神って意外と駄目駄目なんじゃない? 見た目社長秘書然とした感じなのに、実はおっちょこちょいな雰囲気が見て取れるよ?


 そんな馬鹿らしい事を考えている内に私たちは異世界へ飛ばされることとなってしまった。


 私たちは、女神の不気味な微笑みを背に、召喚陣の上に移動する。


「それでは皆さんのご検証を祈って、女神の加護があらんことを」


 異世界の女神、転移の女神は、そう言って手を振りながら私たちを見送った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁ、一仕事一仕事。大変な役割ですが、給料もいいし、面白い子も見れるし、なんだかんだで、得な役回りですよね~私って……」


 駄女神ことメイアさん。彼女はたった今、一つの仕事を終えて、休憩に入るところだった。


「いや~楽チンでしたね~今回も、やはり、一人一人やるよりも、纏めて一気に送ったほうがいいですよね~」


 本来なら、転移は一人ずつ個別でやる必要があるのだが、彼女は面倒臭がって、一纏めにしてしまっていた。実はこの横着が今後、自分の身を滅ぼすことになるのだとは考えもつかず、呑気にティータイム駄女神であった。

 そこに、声を掛ける一人の少女がいた。


「おやぁ? めーさんや? なんぞ、洒落たもの飲んではりますなぁ~?」


 こちら邪神のレイさん。かの男に呪いを掛けた。張本人。


「ふふふ。お飲みになります? おじじ様?」


「ふっ、若造が、妾は古株じゃが、若いのじゃぞ? 伊達に不老しとらんよ」


「へーへー、羨ましい限りですねぇ」


「そうじゃろうそうじゃろう? 羨ましかろう? あっはっはっは」


 ふたりの間には極度な気温差があるのだが、これに割って入れる者は居ない。


「はぁ、あいつがおらんとつまらんの」


「えぇ、不本意ながら、あなたの意見に同意ですね」


「その物言いどうにかならんのかの? 妾、お主に嫌われるようなことしたかの?」


「くっ、覚えても居ないですか……」


 彼女たちはそれぞれ、言い合いになるが、やはり、それも長く続かない。


「さて、妾も仕事をしてくるとするかの……」


「えぇ、そうするといいですよ、さっさと消えてくださいな」


「あぁ、そうさせてもらうさな」


「えぇ」



「「彼女は?」」



 ふたりの言葉が全く同時にかぶった、内容もタイミングも。


「そっちも何にもないのかの?」


「ということはそちらも……?」


「あやつ、大丈夫かの?」


「えぇ、彼を失って、というより、彼が私たちの持てる範疇から逸脱していたのですね」


「あぁ、しかもあてつけのように神王様は真反対に落としおったからの」

「? ん? 真反対? なぜ、あなたがそんな事を?」


「ん? あぁ。言っておらなんだか。妾の影が、神王夫妻様の情報を盗んだのじゃよ」

「はぁ!?」


「大したことではないわ、そういうことじゃし、妾行くでな? さらばじゃ」

「ちょっ! ちょっと! 去り際に重要なこと言わないで下さいます!?」


 メイアは影に沈むレイに声を掛けるも、レイは手を振り返すばかりで聞き入れてはもらえなかったようだ。


「くっ、こうなりゃ、今日はやけ酒よ!!」


 疲れに響くで有名な強酒を取り出し、おもむろに口を付けて飲み出す、年増の駄女神であった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 涼妹は戸惑っていた。

 転移して、すぐ、視界に映ったのは闇。皆と一緒に転移した筈の彼女は一人、暗闇に佇んでいた。


「ココ、ドコ?」

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