45 行き先
四人を気絶させてしまったミリアスは一人、今後のことを思案していた。
四人を起こしても良かったのだが、この二日間、魔術の行使ばかりで疲労が溜まっていた為、少々、休憩を取りたい気分であったことも重なり、今しばらく放置しておくことにしたのだ。勿論、女性陣三人は沼に放置などせず、木で編んだハンモックに寝かせている、三人目のアルを寝かせたところで、作業が面倒になり、グリードは沼に放置だ。後で、焼いてやろう。
「幸い、ニティのおかげで、情報は入ってるしな」
〔わー、私、偉い子、褒めて褒めてー〕
「せめて、棒読みはやめろよ……」
今のところ、大罪持ちの仲間がギルド員の救出に向かっているそうだ。
元々、目的が違うこともあり、彼らはギルド員には手をだしていないようだが、今度は明確に救出という目的にしてもらったようだ。
この情報はニティからの情報ではなく、グランさんからの情報だ。
なんでも、大罪持ちの一人と仲良くなったそうだ。あの人はあの人で、すごいことをさらっとこなしていらっしゃる。
そして、ウナ達三人は運の悪いことに、大罪持ちの仲間内では二番目に戦闘狂な『傲慢』に遭遇し、戦闘になっていたようだ。幸い、大事に至る前に止める事が出来たようだが、当の彼には一発くらい殴ってもいいと思う。
「にしても、日本……か」
彼らがどのようにして、戻ろうとしているのかは分からない、だが、そもそも、そう簡単に戻れるものなのだろうか。
現実的に、魔術には空間を操るようなものはあるが、時間までは無理だ。
それに、この異世界が、地球のあった世界と同じ次元にあるのかもあやしいのだ。
帰れたとして、そこに、俺たちの居場所はあるのか?
「異世界がある、ということ自体が、証明?」
魔法やこのステータスはどう説明する?
今の状態では元の日本に帰れば大惨事だ。
俺からすれば、見た目も、そうだ。身体を失っている以上、俺は家族に認知される事はない。
そんな状態で帰る必要はあるのか?
この異世界で、好きなように生きていけばいいだけのことじゃないのか?
「考えても仕方ない、とりあえず、今は、こいつら起こすか」
ふと下を見ると、グリードが底なし沼にはまっており、苦しそうにもがいているところだった。
「ミリアス殿ぉぉぉおお! 助けてくだされぇぇぇええ!!」
ミリアスはそんな彼の態度に少し毒気が抜かれる感覚がしたのだった。
*********
ガーディーは飛んだ。
そりゃもう、ものすごい速さで。
街を走ってる魔導車の数倍という速さでだ。
その勢いのまま、地面に着地したらどうなるか、想像に容易い。しかし、彼の場合は結果を百八十度回転させてしまう。
彼、というのはガーディーのことではない。戦車のガーディーといえども、竜巻や津波、そういった自然災害に遭遇すれば、間違いなく死ぬだろう。今回のはその類だ。よってこのままでは、この戦が終わる頃には動く死体か白骨死体として戦場を徘徊する魔物になっているに違いない。
「重力」
彼の声が戦場に響き数秒の後、ガーディーは無事、地に足を付けることとなった。
「ガーディーさん」
ガーディーは自分の名前を呼ばれ、速度のあまりに閉じていた目を開ける。
目の前には見知った顔、見知らぬ顔、どちらもいたのだが、彼がいるという安心感からか、ガーディーはそのまま、意識を失ってしまった。
「あぁっ! ととっ、危ない危ない、急に飛んでこないでくださいよって意識ないし……」
「あ、あの、ミリアスさん? この方は?」
水菜や咲夜はガーディーに会うのは初めてであり、単純な疑問からこの質問が浮かんだのだろう。
ミリアスは簡単にガーディーのことを説明し、グリードに彼を担がせることにした。
「にしても、ガーディーさんが飛んでくるなんて、向こうで何があったんだ?」
「この方角だと、田中かっ!」
咲夜はなにかに気がついたのか、左手を頭に乗せ、天を仰いで、顔を歪めていた。
ミリアスが気になったのは彼女がいった、有名だが心当たりのない名前である『田中』についてだ。
「田中って?」
ミリアスの問いかけに大罪持ちの二人は少々気まずさを感じていた。
そんな中口を開いたのは咲夜の方だった。
「いや、田中、というのは私たちの仲間だ」
その言葉を切り口に彼の情報を色々と教えてくれた。
まとめると、彼は、田中十というらしい。性格はよく吠える犬。脳筋だが、戦闘センスは無駄に高く、この計画のリーダーを努めているそうだ。
「かれはやさしいんだ! 優しいんだぞ? ただ、本当に、単純なだけなんだ」
「なるほど馬鹿なのか」
「あ、いや、それは、ちょっと、言い過ぎではないか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミリアスの中で、田中が馬鹿印を押された頃、当の本人は……
「あー? あいつ、どこいった?」
十は自分の拳にガーディーの着ていた鎧が突き刺さっていることに気がついた。
「え? 待って、殺しちまったのか……?」
どうのように思考回路を発展させたらそんな結論に至るのだろうか?
鎧がボロボロになっているわけでもないし、血痕もついていない。どちらも、鎧を普通に見れば分かることではあるのだが、彼にはその普通が出来なかったようだ。
「ど、どうしよう、この戦場では殺しは厳禁だって言ってたよな、このままだと、また、銀に叱られる!!」
彼はその場で、ウロウロしだして、この事態をどうにか出来ないか考えるのだった。
が、その数秒後
「ぼへー」
彼は思考を停止して、更地に突っ立っていた。
この数秒間、彼は考えていただけではない。考えながら、沼地を破壊していたのだ。
彼の癖で、頭を使う時無意識に、魔力を爆発させてしまうのだ。そのせいで、彼はいま、更地に一人、立ち尽くすこととなっていたのだ。
「だれもいませんかー?」
そうして、十はまた、よくわからない破壊行動をしだすのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ウナさん、知り合いなのですか?」
レアリは困惑していた。
さっきまで戦っていた筈の相手が自分の仲間のことを『助けに来た』と言い出したのだ。
ウナの事情も彼の素性も、何も知らないレアリではこの状況を理解する事は出来ないでいた。
「善、帰って」
ウナの表情は変わらなかった。
いや、一度は動揺した表情を見せたものの、すぐに、元のポーカーフェイスに戻っていた。
倉田はこの無表情で人形のような少女の瞳の奥底に、真っ黒い何かを見てしまった気がした。
「残念だけど……君のお仲間は既に――」
それ以上、倉田の言葉が続くことはなかった。
なぜなら、ウナが、倉田の喉元に刃を、後ろから回り込むようにして、突きつけていたからだ。
当然、倉田の実力であれば、躱すことも、いなすことも、容易であったはずだ。彼がそれをしなかったのは、いや、出来なかったのは、彼女の殺意が夏の小川のように澄んでいたからだろう。
「誰が、どうした?」
そうして、倉田の懐に潜り込んだウナは冷静に、問を投げかけ、返答の意思があることを確認し、少し、突きつける刃を引いた。
倉田もウナが手を引いたことに、安堵の表情を浮かべていた。
「言葉が悪かったかもしれない。謝罪するよ」
この言葉が本心なのかは分からないが、話を進めたいウナは一先ず、謝罪を受け入れることにした。
「いい、ミリアスは? どこ」
「彼の事が心配なのかい?」
「もちろん」
刃を突きつけられたことで不機嫌になっていた倉田はからかったつもりだったのだが、彼女の即答を受け逆に毒気が抜けていく感覚を覚えていた。
「愛しの彼は健在だよ、むしろ彼には勝てる気がしないね」
ミリアスの戦闘に対する余裕さを水菜の目を通して確認していた倉田は、正直な感想を述べていた。
実際、レベルの差は小さいがステータスに大きな差が見られる。ミリアスのステータスは成長の補正によって成長幅が上がっていることが原因だ。
「案内」
「大丈夫、今、彼はうちの子達とこっちに向かっているよ」
それを聞いたウナは、表情は変えていないが、明らかに安堵の表情を浮かべていた。
「あの、ウナさん……」
「善、説明」
「はいはい」
ウナに名指しされた倉田はレアリ達に自分たちの素性と現在の状況を簡単に説明した。
最初は戸惑っていたレアリも話を進めていくうちに冷静になり、自分で状況を把握できるようになっていた。エルは、残念ながら、話についていけていないようで、今は泥で、何か奇妙なものを作っている。
「なるほど」
倉田による丁寧でわかりやすい説明のおかげで大体の事情を把握したレアリはそもそもの疑問を口にした。
「なぜ、ウナさんの居場所を知っていたのですか?」
元々、ウナ達はこの町の出身ではない。孤児院のベルは獣人種であり、この辺境の街ソールにはウナ、ベル、チェリの三人の他に獣人種はいない。この街にやってきたのはほんの少し前のことであった。ウナの居場所が分かりやすいとはいえ、情報媒体の発展していないこの世界ではその特定は難しい事な筈だった。
「まぁ、僕らにはチート、いや、便利なスキルがあるからね」
レアリは倉田の言葉にピンと来るものがあったようで
「そういえば、ミリアスさんも私の名前、初めて会った時から知っているようでした」
「まぁね」
レアリは、前にミリアスに本名がバレていたことを思い出し、血の気が下がる感覚を覚えた。
「も、もしかして、あなたも?」
「うん、レアリさんでしょ?」
倉田の言葉は少し違った。
彼の口にした名前はレアリがカモフラージュしたほうの名前、偽名であり、本名は分かっていないような素振りであった。レアリは疑問に思ったものの、特に気にすることもなく、偽名でも、知られていることには違いないと思ったのだった。
「悪用でもしたら、許しませんよ?」
「する必要もないでしょ」
「ま、それも、そうですね」
二人はなんだかんだ言って、波長が合うようだ。リーダー気質というものだろうか?
そんなこんなで、ミリアス達が到着するまで、他愛もない話や腹の探り合いを続けるレアリと倉田であった。エルとウナは二人で奇妙な泥の作品を作り上げていた。
*********
「え? 何? いま、なんかぞっとした……?」
その頃ミリアスは背筋の凍るような、何かを感じていた。
 




