44 憤怒
今回はガーディーが主役かなぁ
「ひッ! た、たすけぇッ」
ガーディーは目を閉じながらも、何かに懇願するような男の声を聞いていた。
――誰だ? うるせぇなぁ……
心のなかでそんな感想を抱いたのだが、彼はすぐに自分の考えを覆し、後悔する事となった。
「ッは!?」
俺は今、何をしていた?
今の声は?
「そうだ! てっ……たい……!?」
その光景を見て、一瞬彼の心臓は動きを止めた。
「お、おい……お、お前ら」
ガーディーの目の前には、Aランク冒険者の後輩たちがいた。
そして、彼らは揃いも揃って、同じ顔をしていた。
絶望を纏った恐怖に染められた顔だ。
「ほぅ、貴様は生きながらえたのか」
その声を聞き、ガーディーの身体は彼の意識とは無関係に距離を取っていた。
よく見ると、俺が今迄居た場所にはあの悪魔の腕が埋まっており、地面がえぐれていた。
奇跡的な反射神経により、攻撃を躱すことに成功していた。
*********
(あっぶねぇ、死ぬかと思った)
いや、実際に、今あいつの声を聞いてなかったら死んでいた。
結果的には回避することができたが、次は無い。
あいつの攻撃は見えなかった。
殺気も全く感じなかった。
はは、なんだこれ、手の震えが治まらねぇな。
(しかし、なんだ? あれは)
目の前の男は、悪魔と呼ぶに相応しい姿をしていた。
顔立ちは、確か西に行ったところにある、メルド大陸に住んでる民族のように見えるがそもそも肌が人ではない。皮膚は地面を抉っても傷一つ付いちゃいねぇし、色なんか紫だ。目だって白目と黒目が逆じゃねぇか。
(いや、そこじゃ、ねぇよな……)
あいつはそもそも、角と羽、尻尾まで生やしていやがる。明らかに魔族じゃねぇか。妖魔種とは違うんだっけか? 魔族って確か人族種に入るんだよな。
「かっ! 同じ人様だってのに、殺し合いかよ、これじゃあ、どっちが獣かわかんねぇなぁ」
「何をごちゃごちゃ言っている? 俺にもわかるように説明しろ」
おいおいおいおい? こいつ、話ができるタイプかよ? 子供に説明するように説明したところで、バカにしてると考えんだろぅよ? だからと言って、小難しくすりゃ、意味わからんっていわれるんじゃあねぇか、はぁ、世知辛いねぇ
「どうした? 貴様、我を無視するのか?」
「い、いいえぇ、滅相もない。ただ少し呆けてしまっただけでっさぁ」
「そうか? なら良い、して? 何がどう獣だというのだ?」
ふぃ~あぶねぇ、マジ。ちょっと考えただけでこれかよ。
「いえね、最近は物騒な世の中になってしまったものだなぁと思いまして」
「ほう?」
「と言いますのも、私は冒険者ギルドにてSランクでしてね?」
「あぁ、俺の攻撃を見切ったのだからな、それぐらいでは納まらんだろう」
「へぇ、ですが、身体能力だけでは上位ランクにはなれませんからね」
「まぁ、そうだろうな」
なんだ、こいつ。案外話ができるじゃねぇか、こっちが上手く話せりゃ乗り切れるかも……しれ……ねぇ…………?
「……」
「ん? どうした。続けろ」
「……」
「おい? 聞いているのか?」
「……」
「貴様に言っているんだぞ?」
「ふっ、っはは」
「何が可笑しい」
「ははっ、あっはっはっ」
「……貴様、何故、笑っている? 何を笑っているのだ?」
何を笑っている? だって?
「ふっそんなの……そんなの、俺に決まってんだろ!!」
何してんだよ、俺は
「仲間が、後輩たちの死体を見て頭がおかしくなってたんじゃねぇのか?」
目の前に見たことも無いような悪魔がいて
「ビビってたんだろぉ?」
今迄死ぬ気でとかぬかしてた野郎が人一倍恐怖に怯えて、逃げ回ってたんだろぉ!!
「はぁー、阿呆らし、何いってんの? マジで、お前なんか、そこら辺に転がってる石ほども価値のねぇ、酒飲みだろぉ? 嫁さんに逃げられて、仕事も全然上手くいかねぇからって酒に逃げた同仕様もねぇクソ野郎じゃねぇか……それが、今更なんだってんだ? 手が震える? そんなもん、関係ねぇだろッ! 殴ってでも抑えろよッ!! それができねぇからいつまで経ってもクソ野郎のまんまなんだよッ!!」
はぁ……はぁ……
「ほんと、なんなんだよ」
*********
ガーディーが本音を吐露して数秒後、戦場に乾いた音が鳴り響く。
その音のする方へ視線を向けると、そこにはあの悪魔が顔を涙と鼻水で歪め、両手を胸の前で叩く、そんな姿が目に映った。
「かぁ~!! いい話じゃねぇか!! お前、名前はなんて言うんだ!?」
「が、ガーディー・ギョスティー」
「お、おぅん、言いづれぇ、ノエルって呼ぶわ」
「は、はぁ?」
ガーディーは戸惑って居た。明らかに先程までの悪魔とこの悪魔があまりにも違いすぎるのだ。と言うか同一人物なのか?この喋りといい、殺気といい、まるで別物だ。
だが、一番の驚きは、あの悪魔のようであった、角、羽、尻尾がなくなり、肌の色も人族種のそれと全くおなじになっていたのだ。
「んん、ほんと、いい話じゃねぇか、クズいおっさんが自分の人生に価値を見出そうと強敵に立ち向かう! おれぇあこういった話にゃよえぇんだぁ」
それでも、全く話を止めない元悪魔にガーディーは警戒を解けずにいた。
「クズいおっさんッ」
警戒を……解けずにいた……はずのガーディーは思わぬところでダメージを食らったようだった。
「いやぁ、いい話だぁ」
「いや、そうじゃなくて、お前! 何者なんだ!! 良くも俺の後輩たちを!!」
「あぁ、待て待て。よく見たれぃよ」
その元悪魔の男の言ったように周りを見渡して見ると……
「はぁっ!? なんだこいつら!! 人形か!? キモぉッ!!」
よく見てみると、ガーディーの見た絶望に打ちひしがれている後輩たちも、人形だ。
だが、驚くことはそれだけではない、その人形に触れてみれば分かる通り、完全に人の肌の感触なのだ。
「人の革を纏った人形か!?」
「んなわけあるか、ボケが、ありゃ、人造人間だよ、古代魔法兵器のな」
ホムンクルス? なんだそれ、さっぱりわからん。
アーティファクトってこたぁ、魔法に関連したなんかだってことはわかるが。
「まさか、人間を作っちまうたぁなぁ」
「ま、驚きだわなぁ、さて、ノエル立てるか?」
「俺はガーディーだ、Sランク冒険者【戦車】のガーディー」
「おぉ、タンクかそっちのほうが言いやすいな、俺はトウだ、よろしくな」
「いや、すまんが、俺はよろしくはできねぇ、なんの目的で近づいて来たのかわからねぇが、信用ってのはそんな一朝一夕で築けるもんじゃねぇんだ、俺はここでリーダーやってるもんでな、そこんとこの警戒には厳しくいかねぇとならねぇ」
トウは名前を言って、俺に手を伸ばしてきたのだが、あいにくと今はプライベートでは無いのだ。仕事という、冒険者としてのガーディーで来ているので、おいそれと仲良く出来はしない。
「そっか、よし、なら、今からお前を誘拐するわ、俺の命令はこの戦場にいる無関係な人たちの日なんだからな、そんでもってお前は残念ながら無関係の部類に入るんだわ、事情を話すことはできねぇんで、もういっちょ気絶しててもらうぜ」
「は?」
すると、彼は妙なことをいいだした。
「おいおい、逃げんなよぉ? 楽に眠らせてやるからよぉ? 気がつきゃ朝、自宅のベッドで起きれるんだぜ?」
かなり、歪んだ、笑顔でガーディーに近づいていくトウ。
「い、いや、いい、俺は、遠慮しておく、そ、それに、仲間のことも気になるしな」
必死の抵抗なのか、近くには居ないとわかっている仲間のことを話してみた。
「ここにはもう誰一人居やしねぇぞぉ? 俺が全員無事に送り届けてやったからよぉ?」
それでも全く退く気のない元悪魔。
「じ、自分一人で戻ることはできる、君の手を借りるまでもないさ」
「チッ、ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるっせぇなぁ!! さっさと俺に運ばせろぉ!!」
ガーディーがネチネチと言い訳を言っているのにイライラが溜まって居たのだろう。
トウは青筋を立てて、叫びだした。
「はぁっ!? あっぶねっ!! てか、はやっ!」
トウの速さは尋常じゃなかった。
ガーディーでも、反射で避けるのがやっとだ。
おそらく悪魔になっているときよりも劣っているのだろうとは思うが、それでも、相当な実力の持ち主だと判断できる。
「これは、逃げるが勝ち!! 弾丸」
この技はガーディーが【戦車】と呼ばれるようになった由来に関連する技だ。
自身の筋肉を極限まで緩ませ、衝撃の反動と共に硬直させる。
それでなにが起こるのかというと……
「おっらぁぁぁあああっ!!」
「よっしゃ、こぉい!!」
トウの身体能力で繰り出された渾身の一撃。高速ストレートパンチ。その拳は軽く音速を超え、地響きのような轟音と共にガーディーに迫る。
対してガーディーはその拳にドロップキックをかましただけだ。
いや、こちらも、人並みの技ではない。音速を超えた拳にドロップキックなど、普通はできない。それを可能にしたのは、彼が強かったというのではなく、相手が馬鹿であったからだ。
トウの拳はパンチを放つ前から一定の位置にあり、パンチを放つ瞬間まで全く同じ位置にあった。微動だにしていなかった。それ故に、ガーディーは一か八か、彼がそのままの位置でパンチを放ってくることにかけ、ドロップキックを放ったのだ。
結果は……
ガーディーの勝ちだ。
トウの放った拳は見事にガーディーの両足を捉え、彼の足へ確実に衝撃を伝えた。
しかし、ガーディーの狙いはそこにあった。
ガーディーの技『弾丸』、それにより、筋肉は極限まで緩められていた。
足への衝撃は見事に頭へ伝わり、彼の頭を後ろの方へ引っ張る力となった。そしてその衝撃により、彼の全身の筋肉は鋼の如き鎧へと変わった。
次の瞬間にはガーディーの身体は忽然と姿を消した。
なぜなら、彼の身体は弾丸のように地面スレスレを超高速で飛んでいたのだから。