41 進行
異世界転生・転移ものの小説って増えてきたと思う?
ここ最近、俺はネットでこの類のスレを何件か巡っていた。
その理由は単純だ。
朝起きて、飯を食って、学校へ行き、つまらない授業を受けて、帰って、風呂入って、寝る。
このサイクルが出来上がったのは何時であだっただろう?
俺は在り来りな日常に飽き飽きしていた。いつも何か非日常はないかと探し、妄想しては、現実を見て、落胆の繰り返し。RPGゲームの主人公のように、波乱万丈な人生を生きる力もない。
だが、どうだ? ミリアス! お前はこの世界に来て、何か変わったのか?
昔の自分に戻りたくはないか?
夢を持っていた自分に戻りたくはないか?
あの頃の自分に、生活に、家庭に、戻りたくはないか?
なんだかんだで、楽しい日々を過ごしていた自分を恨めしくは思わないか?
「あー、もう、うるさいな……」
先から、頭の中で同じようなことを繰り返し、繰り返し、何度も問い詰めてくるのだ。正直、目障りでしょうがない。俺はそんなこと考えたこともないし、そもそも、俺は非日常に憧れてなどいない。できれば、何時も通りの平和な日常で家族と過ごしていたかったのだ。
それなのに、異世界に来てしまった。
だからといって、この世界を恨んだりはしていない。この世界でも家族はできたし、好きな人もいる。だから自信をもって、恨めしい事などないと断言できる。
「……ほんと、つれない……」
「悪いね、生憎と負の感情には強いんだ」
「……それは、何故? 人は必ず、負の感情を持っている。私たち、罪人は、その感情……をコントロールできる」
罪人とは、もちろん、大罪の称号持ちのことだ。彼女は嫉妬の称号を持ち、尚且つ、嫉妬の悪魔との契約に成功しているのだ。ステータス欄では、悪魔憑きという状態らしい。……悪魔契約とかの方が格好いいと思うんだけどな。
ステータスを見れば、大抵のことはわかる。使える能力とか、運動神経とか、魔力とか。流石に、その人の人生などは分からないが、性格は称号を見れば分かったりするのだ。例えばこのレヴィアタンと名乗った彼女の本名はノアと名乗っている。実は転移してきた日本人であり、元の名前は加藤 水菜というらしい。まぁ、名前を呼ぶ機会はないだろう。称号には『引きこもり』とあった。なにその英語表記、あってんの……? 確か退けるみたいな意味があったよな?
彼女の話に戻るが、大罪持ちの能力はその感情を元にした魔法や魔術といったものなのだろうか……
そうなると話は厄介だ。感情を使った魔術等は魔法界は勿論、魔術界にも広まってはいない。俺はメリーという特殊な経路からの魔術輸入であったし『賢明者』の称号もあったから知識があるのだろう。それがなぜ厄介なのかというと、要は、簡単に世界を征服してしまえるというところなのだ。俺やウナのように、人格をいくつか持っていれば、対処のしようがある。しかし、多重人格者など、この世界に何人いるというのだ。指で数える程度の人数では世界と戦うことなどできやしない。
……………………いや、俺ならできるかもしれない。
って、そんなわけあるかっ!
じゃなくて、そうなれば、とても面倒だし、何より、気に食わない。日本人が異世界の頂点に立つなど、許せないわっ!
「まぁ、ノァァァ……じゃなくて、レヴィアタン。お前の力では俺には勝てないだろう」
「……嫉妬でダメなら……」
レヴィアタンは悪魔だ。
悪魔憑きの状態でも、悪魔は悪魔としての能力を使うことができる。よって、彼女の攻撃には水が中心となってくる。この沼地は彼女にとって最高の戦場といえるものだったのだろう。
「水上に浮かぶ船へ告ぐ、ここは我が地なり、何人たりとも入らせはせぬ」
それは魔法の一種だった。長めの詠唱と共に周囲の温度が下がり、霧は沼地の水嵩を増した。
「俺は氷の魔術が得意なんだがな……」
魔術に限らず、魔法といって一番、想像しやすいのが炎の魔法だとすると、その真逆の属性、氷もまた想像に容易くなっているだろう。俺は昔見たアニメで一番好きなキャラが氷の技を使っていたのを覚えていたので、氷属性の魔術は術式の構築がしやすいのだ。今更ではあるが、魔術の応用性は術者の想像力の大きく左右されるものだ。他の術者の魔術を見て習得したり、自分で考案したりするところは魔法との共通点だったりする。使える術の種類や量によって、ランク別けされているのだ。といっても、魔術の方は既に使える者は極僅かであり、ランクなど殆ど関係ない。そういう人たちの殆どは冒険者になったり、探検家になったりと魔物退治を生業としているであろう。もしかしたら、魔法使い冒険者の中にも、実は魔術師ですという人がいる可能性だってある。
ミリアスはその魔術師ランクでいうところのAランクレベルの種類とSランクレベルの数の魔術を行使することができる。ただ、構築の精度や仕掛けなどは二ティの方が断然上手く、ニティ曰く〔ミリィの魔術は数独パズル程度ですよ〕とのことだ。
「海蛇の渦桜」
レヴィアタンの魔法によって、周囲の水が蛇の形を形成し始めていた。
「イーティルコ・スペレトーネ」
対して、ミリアスの魔術は周囲の水素から氷塊を生成していた。
「お前の蛇と俺の氷、どっちが強いか試してみるか?」
「……見え透い……た結果だ、よッ!」
海蛇は主の命令を受け、ミリアスへと一直線に向かっていく。
それに対し氷塊はその場で浮いたまま、回転し、その速度を徐々に早めていった。
「? ……回転して、あたしの散らす……?」
「残念、不正解だ」
ミリアスが指を鳴らすと回転していた氷塊は砕け、その周囲の水が一気に蒸発した。
「!?」
「なにが起こったのかわからなそうな顔だな」
「水鯨――」
――ボンッ
「くぁっ!?」
今度はレヴィアタンの周囲の水が爆発した。
「話、聞けよ、せっかく水属性の技考えてたんだから、披露させろよ」
「お前、何者? 水魔法じゃこんなことできない」
んー? この反応からすると、魔術のことは知らないっぽい?
「それに、すっごく、神臭い……」
「え? 髪臭い?」
「違う、神、GOD」
「あぁ、そっちか……」
「……」
「……GODって何?」
〔馬鹿〕
やっちまった、絶対これ気がついてるよなぁ……
さっきのこっちを見る目と若干違う目してるんだもんなぁ……
あ、そうだ! こんな時の為に取っておいたいい能力があるじゃないか!!
〔ニティ!!〕
〔分かりました〕
>能力[読心Ⅴ]を使用します。
>個体名『フィニティア』の干渉を確認。
>使用しました。
〔さぁて、ナぁ二考えてるかなァ……〕
〔許される行為ではないですけどね……〕
(どういうこと?)
この人、えっと、名前は確か……ミリアス? だったっけ?
〔おい、こいつ名前うろ覚えじゃねぇか〕
〔まぁ、私でも時々ミリィのこと忘れますからね〕
〔そうりゃぁ、ないだろ……え? ないよね? それ冗談だよね!?〕
〔黙っててください〕
〔はい……〕
あたし、いま、神のこと英語でいったよね? 確かに、翻訳の機能で、私の言いたいことが翻訳されるのはわかるけど、たしか、英語の発音は翻訳されないって、言ってたよね? 誰が言ってたか忘れたけど……
それに加えて、彼はさっき、キチンとGODって発音できてた。
つまり、彼は……英語を知っている?
それって私たちと同じ世界の人ってことだ。
え? でも、彼、私たちとはえらく見た目が違う……なんていうか、こっちの世界の人たちよりな顔立ちというか、なんというか。
そう、この世界と前の世界手では顔立ちや背格好が確実に違う。
俺はこっちの世界に転移してのではなく、転生してしまっているから、前世の記憶をもったこの世界の人というわけなのだが、この子は理解が追いつかず、というかたぶん材料が少なすぎて、パニックなのだろう。
と、俺が少し、考え込んでいると、彼女が不意に近づいて来た。
何か仕掛けてくるのではないかと一瞬警戒したのだが、読心で、読んでしまった心で殺意がないことが分かったので、その警戒心はニティに預けることにした。
彼女は俺の目の前に立ち、俯いていた。
>能力[読心Ⅴ]の効果が切れました。
なんと、最悪のタイミング。ここで彼女が殺意を抱き、俺を殺そうとしたら、俺は反応できない。
ということでカムバックマイウェリネェス。
「あ、あぅ…………」
「ほわぁ?」
心の中でエセ英語で遊んでいたためか。彼女の第一声がわからず、更には変な声を出してしまった。
「……あ、あいむ、のっとすぴーくいんぐりっしゅうぇる、あ、き、きゃんのっと」
「う、うん? 日本語でおけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぇる」
「え?」
「もう、おうち、かえる!!!!!」
わーお、ナンデスカコノコハ。
急に幼児退行したんだけど!?
〔ミリィ。彼女、今、悪魔憑きでしたよね?〕
〔あぁ、そうだな?〕
〔悪魔というのは、精神の不安定な人につきやすいのですよ、彼女は元々、こちらの世界に来たことでのストレスなどを抱えてしまい、情緒不安定になっていたのではないでしょうか?〕
〔Oh……ソンナコトガ〕
〔いい加減うっとおしいです〕
〔すいません〕
「え、えっと、水菜ちゃん?」
「うぅ、ぐすっ、うぇ、なぁに?」
「とりあえず、お兄さんと一緒にかえる?」
「んぅ? かえるぅ?」
「でも、水菜ちゃんのおうちわからないから、お兄さんに教えてくれるかな?」
〔おまわりさん、こっtんぐっ、むぐっ、んーんー!!〕
〔少し、黙ってようか〕
「んー、でも、あたし、帰りかた忘れちゃったぁ!!」
「あ、あー、そ、そっかぁ、そうだよねぇ、じゃ、じゃぁ、そうしよ、とりあえず、来たところに戻ろっか」
「うん、そうする」
彼女の行動はとてもびっくりしたのだが、話してみると案外大丈夫そうで、むしろ、こいつ俺を釣ろうとしてんじゃね? とすら思えてきた。そのことを聞いてもどうせ意味はないので、聞きはしながな。
さて、あっちはどうなっているんだか、グリードさんのことだから、アルに手を出されたら、我を失って殺しにかかるんだろうな。まぁ、アスモデウスだっけか? あいつの強さがどれほどかにもよるんだが……できれば、和解していると嬉しいんだよな。こいつの件もあるし。
〔いや、ほんと、見た目は高校生のカップルですけどね〕
「手を繋いで、片方泣きながら歩く高校生のカップルって……」
「ぅうん? お兄ちゃんどぉしたの?」
「……いや、なんでも、ない……」
なんか、ちょっと、懐かしいな。たしか、前にも妹と似たようなことがあった気が……する……?
……ん? ……そんなこと……あったか? 俺には妹なんて、いなかったはずじゃ……?