36 存在の意味
エルちゃんは確かに『刀』って言ってたよね。それって、やっぱりあの腰につけてるやつのことだと思う。とすると、あの刀には何か仕掛けがあるのかも知れない。
(涼妹、あの刀から瘴気が出てる、気をつけて)
え? 瘴気? 瘴気ってあの瘴気だよね? 人を腐らせるみたいな感じのやつだよね? あの人大丈夫なのかな……?
(基本、瘴気は本人には影響がない。だけど、あれの場合は本体は刀のはずだから何らか代償がある筈)
代償……代償か……なんだろ? 思いつかないな。
(代償、又は犠牲。何らかの影響があることは確実)
そうなのかなぁ? 私にはなんだか……
(接敵まで0.5秒……)
わわっ!? 0.5秒!?
(思考加速のスキル効果で通常の二十五倍の速度で考えられるから……)
あ、うん。えっと、取り敢えず、今は目の前の彼奴に集中しなくちゃ!
「メニュー」
ウナの中の人状態になっている涼妹は転生者特典であるメニューを開いた。
――――――――――――――
[メニュー]
・マップ
・アイテム
・ステータス
・スキル
・ヘルプ
――――――――――――――
えっと。これの……
「アイテム」
メニューの中のアイテム一覧よりアイテムを取り出す。このアイテム項目は空間拡張のポーチと同じようなもので、無限ではないが、ある一定数のアイテムを保存しておくことが出来る。涼妹は普段は自分でつくった神器を使用しているが。神器の中に神器を入れることができないため、ヌトを含め他の神器は全てをこのアイテムボックスにしまっている。だから神器の名前を発言することによって取り出すことができる。
「神器創造:破壊のガントレット」
破壊のガントレット。ディケー。現代知識のディケーでいえば正義の女神のディケーを思い浮かべるであろうが、現在、ウナが使用する姿をみたものは皆こう言うだろう。
破壊の女神。
見た目は可憐な少女にしか思えないのだが、その神器の能力『身体強化』により、爆発的に筋力が上がっている。また、自身の身体強化も併用しているため、彼女の筋力はいまでは2.6倍にまで上がっている。元々高いステータスに加え、この効果であるため、普通では見ることすら敵わないだろう。
「むっ!!」
そんな攻撃に袴の男は対応してみせたのだった……
「これは少々……厄介だな」
袴の男はウナの拳を見た後に避けた。
しかし、ウナもこれを予想していなかったわけではない。避けると見越した上で、自身のガントレットには特殊な魔法が組み込まれていた。
「毒牙の顎」
ガントレットに組み込まれた魔導式を改造して付け加えた機能である。効果はいたってシンプルだ。ガントレットに属性魔法を付与する。ウナが付与したのは毒属性。この属性が生み出す毒は、触れるもしくは体内に入ると急激にステータスを低下させる効果がある。だが、今回これに付与された毒属性はガントレット本来の特殊能力「魔効率上昇」によって強化され、ステータス低下だけでは済まない猛毒となっていた。
「ぐぅ!?」
袴の男は避けていた。しかし、その回避は余裕ではなく、ギリギリの回避であった。そのため、間接的攻撃までは躱せず毒牙の餌食になってしまっていた。
「チッ、なんだこれは? 毒か? この量普通なら死んでるな」
だが、奇妙なことにその毒も効いている様子が見られなかった……
「な、んで?」
「む? そうか、まだ名乗っていなかったな……傲慢のルシファー。本名、倉田 善だ。ウナと名乗っているそうだが、蓼科、俺達はお前を助けに来た」
「え?」
え? 日本人? 倉田 善? って倉田くんだよね? うちのクラスにいたバスケ部キャプテンを努めてたあの倉田 善君だよね? どういうこと? なんでここにいるの? 助けに来たって何から? え?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グランとザック、強欲のマモンへと変異したザックはグランとの勝負を心から楽しむことができなくなっていた。
「グラァァァァン!!!」
「おうおう、どうしたどうしたぁ!! さっきから剣がぶれてんぞぉ? おらぁ!」
「くっ!!」
つい先程まで、両者の実力は拮抗していたはずなのに、こうも剣の捌きに違いが出ているのは単に能力の差だといえよう。ザックは[剣術Ⅹ]であり、高い技術を有しているのだが、グランには[剣術Ⅹ]に加え[大剣術Ⅰ]を取得している。つまり、身体ではどちらもほぼ拮抗しているが、能力の豊富さではグランの方がほんの少し優れていたというわけだ。ここにきてその差が激しくなっているのだザックに憑いている強欲のマモンはそう考えでいた。しかし……
(くっくっくっ、マモン殿。そろそろ潮時でござるか?)
頭の中に突然響いたこの声は当然、自分のものではない。この身体の持ち主である、ザックと呼称している男。
〔馬鹿を言え。そんなことはない〕
強欲のマモンともあろうこの私が、目の前の人族種程度に劣ることなどあってはならないのだ。これまでもそうであった。この男は常に私に圧力をかけてくるのだ。この意識を乗っ取る算段でも考えているに違いない。
〔見ていろよ? 今に目の前のこいつを殺してやる〕
(くっくっくっ、ずっと見ているでござるよ)
ふん、食えないやつめ。目の前の敵は眼中に無いとでも言うのか? この男の考えは読めるようで読めんな。侮れんやつよ。
「休憩できたか? 次いくぞっ!!」
グランが叫ぶと同時に砂煙が視界に映った。だが、それが視界を埋め尽くすよりも早く、目の前はグランの身に着けた鎧でいっぱいになっていた。
即座に反応出来たのはただのまぐれに過ぎない。殺気を感じ取ったこの体が咄嗟に回避を促したようにおもえる。
今のは危なかった。
あの一撃の速さは尋常ではない。
さすがに速度の王ということか。
しかし
「くっくっくっ。グランよ。まだまだ甘いな」
「あん? 何がだよ」
「早いとわかっていれば対処できる程度だということだ」
「ふ~ん……third celeritas:音速」
「ぶべぁっ!?」
グランの拳がマモンの腹に突き刺さる。
「がっ……はっ…………?」
「おいおい、なさけねぇなぁ? あまりの衝撃に思考が吹っ飛んじまったか?」
「ふっはは。次は喰らわん。一度だけではなく、二度までも……だが、次はないっ!! ふッ!!」
マモンの双剣は凄まじい速度へと達し、音速を超えた。この威力の斬撃を喰らえば、ビルの一つや二つ、真っ二つにされてしまうだろう。
だが……
「force celeritas:光速」
グランは速度の王と言われるだけあって。音速を超えるのは当然であった。
「なっ!?」
マモンは呆然と立ち尽くしていた。自分が血の滲むような努力をしてまで手に入れた最速をかの王は悠々と超えていく。音速のその先、光速へ。しかし、当の本人は、さらに深い何かを知っているかのように。
「マモンといったか? てめぇのミスはただ一つだ」
「なっ! ミス……だと? ……なんのことだ?」
「てめぇの身体の持ち主はお前以上に強欲に貪欲だったってことだよ。次があるなら……次は……上手くやれよな……」
グランの言っている言葉の意味が理解できなかった。次? 次なんてあるものか、俺は俺だ。死ねば終わりで、この後悔は一生残留思念となってこの地に住まい続ける。俺は悪霊になってやるつもりでいた。
何せ。俺の心臓部では既に、大きく平たい鉄の塊が、その身を赤く染めていたのだから。
しかし。悪魔がここにはいた。
(かっかっかっ! そう易々と死なせてたまるもんですか! あなたの魂0から100まで全てをいただきますよっ!! 【物欲感知】)
「あ? なんだこれ? いや、あ、まてっ!! これは!? うわぁぁぁああああ!!!!!」
マモンは突如として生み出された闇に、地面を照りつける太陽の日差しから逃れるように、その一部だけがポッカリと、まるで最初からそこだけ穴があいていたかのように、包まれた。
「始まった。嘉神 銀狼の陥れ」
マモンを取り込んだ闇が晴れ、そこから出てきた男の異様さにグランはついぼやいてしまった。
「くっくっくっ、久しぶだってのに、ひどいでござるよ?」
出てきた男は最初に会った時のような剽軽な態度で忍者が使うかのような言葉遣いはをしていた。
「やめろよ、その喋り方。正直、鳥肌立つわ」
「だろうな。いや、でも、ほんと、久しぶり、鰓雷」
この男、嘉神 銀狼は、グラン、嘉神 鰓雷の家族である。