35 三人の戦い、そして一押し
ミリアスがやらかす少し前、レアリ達は苦戦を強いられていた。
「大樹の枝」
レアリが放ったのは地の魔術による拘束魔術。
沼地の湿った地面から何処からともなく大樹の枝を生成し、袴の男の放った闇火魔術を凌いだ。
だが、実際には袴の男の闇火は防げていない。そもそも闇火は対となる光水魔術でなければ防ぎきれないのだから、例え弱点でも自分の得意とする魔術で応戦するしたほうがよいのだ。
レアリは燃え移っていく枝をそのままに袴の男を貫かんと、彼に向けて大樹の枝をさらに伸ばしていった。
しかし、袴の男の目の前まで迫った枝は彼を貫くことはなくその目前で真っ二つに別れてしまう。
「甘いな……」
袴の男は何時の間にか傍らに置いてあった刀を腰に構えていた。大樹の枝を真っ二つにしたのはおそらくかれの剣技だろう。魔術はレアリ以上、剣術もウナ以上だと思われる。しかも戦いを長引かせれば、リザードマンたちが攻め入る好きになろう。
「ならっ!!」
レアリが声を上げると同時に、袴の男は咄嗟に体を屈めた。
「無詠唱か……」
レアリは風の魔術を術式の構築・展開は全て頭の中で行い、発動条件を行動にして行使したのだが、袴の男はそれすらも回避してみせた。いや……
「チッ、かすったか……」
ほんの少し、かれのかぶっていた笠に傷がついていた。レアリの無詠唱の魔術ならば、可能性はあるということだ。だからといって、レアリたちが袴の男に勝てるという保証にはならないのだが……
「ふん、貴様らの攻撃なんぞがこの我に易々と当たるなどと思うなよ? ふっ!」
「「「うぁぁぁっ!!!!」」」
袴の男が呟いた頃にはレアリ、ウナ、エルの各々が次の攻撃をしかけていたのだが、彼はそれを察知しており、次の瞬間には三人全員を一度に吹き飛ばすほどの闇の魔術を行使していた。彼女たちはその想定外の攻撃に為す術もなく吹き飛ばされてしまった。
「ぐるぁぁぁぁっ!! 小娘どもぉぉぉ!!」
袴の男は地を揺るがすほどの大声で叫んでいた。
もはや絶叫。
ライオンの遠吠えを超える大きな音だった。
その声はまさしく王。
威厳を感じずにはいられず、雌としての本能が彼には勝てないとさえ伝えて来るのだ。三人は一時呆然と立ち尽くした。そして気が付く己の愚かさに……
三人の足元には黒い魔法陣が浮かんでいた、魔法陣は魔術では使わないものである、使われるのは魔法だけであろう。ただ重要なのは、魔の属性に長けたものが魔術ではなく、魔法を使うのは異例のことなのだ。
黒い魔法陣は袴の男の異常さを表すものとなった。
「スラッシュ」
袴の男は魔法を発動した。
「え?」
彼女たち三人の足元、黒い魔法陣はその声に伴い胎動し、逆花吹雪の如く舞い彼女たちを細切りにした。
彼女たちは見ていた。
ちぎれて飛んでいく手先
身体は倒れ伏し
顔の近くには踵と思われるものが転がっている。
視界の端、他の二箇所でも、自分と同じように細切れのバラバラにされている仲間たち姿が映った。
「こんなものか……」
悲劇の元凶である袴の男はつまらなそうに、先程までの熱が冷めたかのように、だが、その瞳の奥にある自分たちへの期待をひた隠しにするように、そう、淡々と呟いたのだった……だが
「神器創造:創世のマフラー」
かれの期待を実現するかのように、冷たい、機械音のような、それでいて、安心感を与えるその声が己の攻撃の合図を口にした。その声は続いて……
「神器創造:消滅の鎌・破壊のガントレット・空間のポーチ・不死鳥のマント」
声の主である少女は袴の男のまで一瞬で近づき、手に持っている大きな鎌を振りかぶった。
袴の男はその攻撃を察知したのか、身体を斜めに捻って回避した。
しかし少女の振るったその鎌は普通の鎌ではなかった、空間を裂きあるいは削り取り歪みを作る。少女はその歪みを利用し男との距離をとった。
「ぬぅっ!?」
そして、空間の歪みは袴の男にも影響を及ぼした。斜めに避けたはずの身体は強引に元に戻され、身体のバランスが乱れ、平衡感覚にズレが生じたのだ。その隙を逃す謂れはない。
「ふっ!」
何処からともなく現れた少女がその拳を袴の男に叩き付ける。
「っ、この程度は!」
だが、やはり、袴の男は躱す。それどころか、今回は伸びてきた腕に掴みかかった。
「ふっ、捕まえたぞ、小娘っ!?」
だが、腕を掴んだと思ったら、その腕の先には何もなかった。肩も胴体も顔もさらには掴んでいたはずの腕さえも、まるで端から存在していなかったかのように何もなくなっていた。
「? どういうことだ? っ!」
困惑していた男は気がつかなかった。
「はぁっ!!」
背後に差し迫った脅威に――
――ドゴォォォンン
戦場に鳴り響いた大きな音の正体は少女が放った爆の魔術だ。爆発は続き、音が止む頃には沼地の一帯の水が蒸発して蒸気が立ち込めており、熱したプライパンに水をかけた時のような、シュウゥゥゥという、音が辺り一帯に反響していた。
その状況を見て、三人の少女たちが姿を表す。
「ウナさん、エルさん、ありがとうございます。助かりました」
「迷惑かけた」
「私も大丈夫ですぅ!!」
「ウナさん、エルさん……」
三人とも、無事だった。あの時、四肢を刻まれ、バラバラにされたのはエルの[分裂]スキルによる分身体だ。そして、そのあとは気配を悟られぬようにウナの創り出した神器マフラーのオネイロスを使って姿を消していたのだ。レアリは特に何もしていない、
「でも、今は……」
「はい……あれをどうにかしないといけませんね」
三人の視界の先には、蒸気が晴れて、衣服をボロボロにしながらも、傷が付いた様子を見せていない袴の男がたっていた。
「私たち三人で掛かってこれだなんて……」
「あいつ強すぎ……」
「どうしますかぁ……」
「敵を目の前にして、作戦会議をしている場合か?」
ゾッとした。先程まで数メートル離れた位置にいたはずの男が何時の間にか、彼女たちの真後ろに立っていたのだ。この瞬間、咄嗟に動けたのは意外にもエルであった。
「っ!?」
エルは自身の身体のことは理解しているつもりだった。万能水人種になってから物理攻撃でダメージを負ったことは一度もなく、[種族能力:状態変異]によって物理でダメージを負うことはないと考えていた。だが、現状はどうだ、何故自分は動けなくなっている? 何故彼から受けた一撃で、意識をかられそうになっている? 何故こんなにも痛みを感じている? 自分はなんのために戦っている? そんな疑問が頭を巡り、思考を鈍らせ結果自分の身を滅ぼすだけでなく、仲間までも危険晒してしまっている。
「「エルっ!?」」
二人も相当戸惑ってるだろうなぁと頭の片隅で考えていた。
一番困惑しているのは自分だろう。でも、そんなことはどうでもいい。何のためとか分かりきったことでしょ? 私は自分自身のために戦ってるんだ。誰かを守るも、結局は自分の都合なんだ『何かの為に』は常に自分のためなんだ。そうだ、こんなところで終わりじゃダメだ、彼にふさわしい女の子になるには、こんなところで立ち止まってちゃいけない。
考えろ、生き残る方法を。
考えろ、あいつの思考を。
考えろ、あいつの攻撃を。
考えろ、あいつの弱点を。
あいつは何を恐れていた? あいつは何を隠していた? 今まで見てきた全てを思い出すんだ。あいつの恐怖、動揺、焦り、何をしてとき、一番あいつの心が揺らいだ?
「そういえば……貴方、刀は使った?」
「っ!? ふっ!!」
成程。これは刀に何かあるっぽいね、でも、ダメだ。この攻撃はかわせない。私の考えをどうにかして二人に伝えなきゃ、どうすればいいのかな……
〔仕方がないわね、今回だけよ?〕
えっ? あなたは………………だれ?
エルの思考はそこまでだった。
「な、なんですか……? あれは……」
レアリは目の前の状況に追いつけないでいた。
袴の男が目で追うことが出来ない速度で背後に回ってきたのはわかった、そして、エルは男からの殺意を感知して、私たちを庇ったのは理解できている。しかし、何故エルがこうげきを食らったのかがわからない。彼女は物理無効の種族であり、能力にもその類のものをもっていたはずだ。だが、わからないのはそれだけではなく、エルの今の状態にこそ最大の謎があった。
エルは何故、羽翼を生やしているのか、しかも二対、妖魔人種の特徴である蝙蝠のような羽と天翼人種の特徴である天使の羽のような翼、二つの対極に位置する羽翼を両方併せ持っているのも異常であった。
「グリアモールっ!!」
そしてウナはひとり、戸惑っていた。
彼女の名前を緊迫した表情で叫んでいた。今までの呼び名ではなく家名で。
そして、この状態のエルを見ても驚きはしない。ただ、焦りの表情を見せていた。ウナの表情でここまで感情をあらわにするのは異例の事態だ。ミリアスに接するときでも、そんなことはないというのに……
彼女はただ、ひたすらに、何かを隠しているようだった。
「レアリ、後は任せた……」
「え? ちょっ! ウナさん!?」
やはり、レアリには分からなかった。ウナは何をしたいのか、単身で袴の男に飛びかかっても勝ち目はないというのに。
「って、うわぁ!? エルさぁん!?」
目を離したすきに、ウナは袴の男の懐まで潜り込もうとしていた。そして、おそらく、これもウナがやったのだろう、エルがものすごい勢いで吹っ飛んできていた。その状況を見て、レアリは咄嗟にエルを受け止めるために風の魔術を使った。
(これは!? ……どういうこと?)
……だが、結果は何故かうまくいかなかった。魔術が発動しなかったのだ。ウナはこの事実にいち早く気づいていたのだろう。だから、魔術主体のレアリ、身体強化主体のエルを休戦させたのだ、そして、それは相手も同じ、確かにここは好機であろう。しかし……
「ウナさんっ!!」
袴の男の拳がウナに迫ろうとしていた。
「神器に影響は無いッ!!」
この瞬間、レアリはやっと理解した。ウナが自分にいった『任せる』の本当の意味を。
ウナは手に着けたガントレットに力を込め、袴の男の拳に突き合わせた。拳と拳がぶつかった瞬間、数メートル離れた地点まで、嵐のように風が吹き荒れた。
この衝撃波の影響を一番受けたのはエルだった。
空に浮かんでいた彼女は嵐のような暴風に一切抵抗することができず、持ち前の二対の羽翼も全くと言っていいほど役に立っていなかった。そして、その衝撃が止む頃にはレアリの二メートルさきの沼地に墜落していた。
「ぐぶふぅっ!?」
――世界は今、創られた。
袴「俺、あんま活躍してない」
ミ「俺なんて、まだ落下中だわ」
爈「投稿遅くてごめんなさいッ!!」




