26 リザードマンの侵攻
ギュノース沼地一帯は水と砂が混じりあった泥水が踝まで張っている。そのため、足を取られ、移動に時間がかかる。人種のほとんどはこの条件が当てはまってしまうが、例外として、水龍人種は足指の間に水かきがあり、その影響がとても小さい。
今回、侵攻してきたリザードマンは別名陸龍人種と呼ばれており、水龍人種のように水かきはなく、泥水の影響は同じく受けているようで、ギュノース沼地の横断に手間取っているようであった。
ミリアスたちのいる沼地と森の境目は少し泥濘んでいる程度の地面であり、数km先は泥水が張られた状態になっている。
各々が臨戦態勢をとり、リザードマンを待ち構える。最前線では既に交戦しているらしく、時折爆発音や雷鳴、獣の鳴き声のようなものも聞こえる。リザードマンがここに来るのも、時間の問題だと思われる。
「よぉし、お前ら! 気ぃ抜くなよ!!」
ガーディーが声を指揮を執り、少しずつ、沼地の方へ進んでいく、敵が素直に前から来るとは限らないため、後軍を獲られぬように、守備チームは距離を開ける必要があった。探知では既に何体かリザードマンを確認しており、最前線の状況も五感強化でギリギリ見えている。今のところの形成はこちらに分があるようだが、やはりそれでも数が多く、抜けて何体かがこちらに向かっている。走ってはいるが、速度は遅く、ここにたどり着くまでにはまだ時間がかかると思われる。
この間にこちらも準備は勧めておこう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最前線、グラン率いる侵攻チーム。
「おらぁ! 野郎ども! リザードマンに遅れてねぇだろぉなぁ!!」
グラン・ジルサンダーはその手に持つ大剣二つを振り回し、打ち付け、リザードマンを叩き切りながら声を張り上げた。
返る声にはまだ、十分な精気が宿っており、この程度の侵攻では彼らを止めることはできないだろうと思われた。
リザードマンたちの装備は基本片手剣と盾を持ったハンタースタイルであり、鎧をまとったものはいない。彼らの鱗は龍鱗といい。硬い上に魔力をよく通すため、魔法も効きにくい。故に装備は行動を制限するだけであるため、防具は着けないのである。
そんな鱗をものともせずにグランはリザードマンを屠っていった。その姿を見たギルドの者たちも、できることを着々とこなしていき、リザードマンの侵攻を防いでいた。
数時間、彼らは激しく攻防していたが、リザードマンの侵攻の勢いに変わりは見られなかった。
戦闘チームの低ランクの者たちは少しずつ、押され気味になりつつあった。
「マスター! 数が多すぎます! 何体かが抜けて後方へ向かって行きました!」
「大丈夫だっ! 後ろのことはガーディーに任せておけ! 俺たちゃこっちに集中しやがれっ! ハイランカーは低ランカーの援護にまわれ! 医療班は重負傷者の手当似回れ! 援護班! 広範囲殲滅魔法の準備だ!」
会話の最中にもリザードマンの攻撃は止むことはなく、兵士たちの疲労もあり、グランの指示は通りにくくなっていたが、指示通りに動いていく戦士たち。グランやSランカーは継続して前線の維持に励みながら、援護班の詠唱の邪魔にならないようにリザードマンを誘導していった。
「いけます!」
援護班の準備が整い、声が掛かった。
「よぉし! 五秒だ!」
グランの指示により、前線に出ていた者は一斉に退避し、広範囲殲滅魔法が放たれる。ここで放ったのは雷の上級魔法であり、泥水とは言え、水の張った沼地での効果は絶大であった。直撃を受けたリザードマン達は黒い炭となり、そうでないものもほとんどのものが動きを止めた。雷で足が麻痺し、崩れ落ちたところに、再び雷の追撃が加わり、多くのリザードマンの命を奪っていった。しかし、リザードマン達は己が同胞を足場にし、泥水の影響を受けずに侵攻を再開し始める始末であった。広範囲殲滅魔法が放たれ、五秒後、グラン率いる戦闘チームは医療班の治癒と、援護班の身体強化を受け、戦線に復帰した。
そうした攻防が続いていき、徐々にではあるが、兵士の指揮はさがりつつあった。
「チッ、思った以上に、減りが悪いな」
グランがそんな風に悪態をついていると、リザードマンを倒しながら、一人の部下が近づいてきた。
「マスター、ご報告です」
「おぅ、どうだった?」
「どうやら、男爵級が統率している模様です」
「やっぱりか」
男爵級。魔物には級があり、一定の強さを超えたものには爵位を付け、強さの目安を着けていた。以前ミリアスが倒した。ゴブリン・ジェネラルは将軍であり、男爵級の次に強い魔物とされている。爵位は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順であり、公爵の上には大公さらに上となると、王、親王、国王、皇帝がいる。皇帝級となると魔王とも呼ばれ、数国を治めるともいわれている。
男爵級の魔物は一定の知識を持ち合わせており、会話もある程度は可能である。しかし、基本的に交渉は受け入れることはないとされているので、会話するだけ無駄だというのが一般知識ではある。今回のリザードマンの頂点は男爵級、知識を持って統率をし、侵攻しており、その目的は自身の欲を満たすためだと思われる。睡眠欲、食欲、性欲これらの三つを叶えるためだけに行動していると言っても過言ではない。男爵級といえど、知能はその程度なのである。
「ラザード、こっちは大丈夫だ、後方部隊への伝達を頼む」
「はっ、御武運を」
「おう」
ラザードと呼ばれた部下はリザードマンの群れを掻き分け、もとい、切り裂き、後方部隊へ情報の伝達に向かった。
「さぁて、もうひと暴れと行くか! オメェら! 俺より先にくたばったら、後で扱いでやるからなぁ!!」
「「「「「無理っス!!!!!」」」」」
グランの一言で全員の意思が統一されたようであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「タ゛イチ゛ョウ゛、シンコ゛ウサキのシ゛ンシュとセ゛ントウにハイ゛リマシ゛タ゛」
「おう、なんてった?」
「人種と戦闘になったようですよ」
「あぁ、なるほど、寝るわ」
「えぇ、ごゆっくり、こちらで進めておきます」
「あぁ、勝手に」
しろ。という続きの言葉を発することはなく公爵級竜人種であるその男は眠りに就いた。
「タ゛イチョウ゛、ネ゛ルはナセ゛?」
「さぁ? リヨン様の思考は我々とは少し違うようですからなんとも、推測としましては公爵級の睡眠欲に陥っているのだと思われますね」
「? ワ゛カラナイ゛」
「少し、難しい話でしたね、ようは気にする必用はないってことですよ」
「ワカ゛ッタ、キニ゛シナイ゛」
「えぇ、それでいいのです」
そう言うと、カタコトで喋っていたリザードマンの男はどこかへ姿を消してしまった。
「ほんとに、リヨン様はなにを考えているのでしょうかね? あんなリザードマンの男爵級なんていう、知性に欠ける魔物風情を使って……なにがしたいのだか、わかりかねますね」
そう言って、背中に龍の翼を生やした男は主の眠りを妨げぬよう、静かに扉を閉めた。
静かになった部屋の中で、一人の男は動き出す。
「さて、本格的に爵位欲求の問題をどうにかしないとな…………」
先程まで、脳すら停止させていた、男。リヨンはそうつぶやくとなにやら手帳に文字を書き連ねていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ガーディーさん!」
リザードマンが放った火炎魔法をまともに受け、Sランク【戦車】のガーディーは、片膝をつく。そこに、一斉に襲いかかるリザードマンの群れ、ガーディーはその手に持つ剣を盾にするもさらに傷を増やすこととなった。
――時は遡り、一時間前。
リザードマンが振りかざしてくる片手剣を、手に持つ、長剣で受け流し、その際、横一文字に振り切る。その次の瞬間には長剣に土属性を纏わせ、上段から下段へ振り翳す。すると、その延長線上の地面が隆起し、多くのリザードマンを蹴散らしていく。
その先頭は圧倒的であり。近接戦も、長距離戦もどちらもこなす、そのさまは圧巻だった。だが、それでも、止められるのは一人の範囲のみであり、範囲から抜けたリザードマンはほかの部下にも襲いかかる。Bランク以下は三人一組になってリザードマンの対処にあたっていた。
ミリアスグループはレアり、ウナ。そして一応エルがいるのだが、ミリアスは一人で二体を相手にしても、近接戦で、遅れを取ることはなく、ウナも、レアりの援護があれば、余裕で一体を相手にすることはできている。そして、一番の問題なエルは無双していた。
エルには沼地の泥水という、武器があり、泥水はここら一帯にいくらでもあるため、攻撃を受けてもすぐに回復していまい、リザードマンとしてはお手上げ状態であった。一方的に攻撃しては「わたしは最強ですぅ!!」とか発狂している。放っておこう、みんなでそう決めた。
さて、大分、リザードマンの総数が減っているのだが。数は多いままだな。
ミリアスは探知でここらの沼地にいるリザードマンの総数を視界の隅にバーとして、表示させることに成功していた。干渉のスキルを駆使すると色々と出来そうなのだが、いちいち探知するのが面倒な作業だったので、こうして設定してみた。
五感強化でも最前線の様子はわかるのだが、これだと、ログ画面に誰々負傷みたいなものを表示させるようにしたので、電卓事項などもすぐに伝わる…………そう、俺だけにはね……俺はこの情報を伝えるつもりはないので、ガーディー達は知らないのだが、結構戦況は悪化している。
最前線で戦っているギルマスのチームは半壊。現在はリザードマンの食い止めはできているが、ほかチームの援軍を入れても、侵攻は難しい。
さらに言えば、リザードマンたちとの戦いが長引いいているため、大半の兵が疲労でミスを犯しやすくなっている。少し、リザードマンを間引いた方がいいいんだが……どうしたものか。
〔隠すのもいいですが、目覚めが悪そうですね〕
〔そうだな、まぁ、隠したいほどのことでもないし、こないだ、ギルドに飛び込んだことで既に色々とダメな気もするんだよな〕
〔否定はできませんね〕
となると、雷の魔術で、ここら一帯を焼き野原に……
できなくはないがダメだろう。
流石に、やりすぎだろ。
うん、そうだな。
俺の目線、一直戦場のリザードマンを一掃しよう。
数十kmだ。
大丈夫。
なんとか誤魔化しは効くだろ。
その後、少し、倒れてみよう。
お? 案外いい案な気がしてきた。
やれる気がする!
今なら、なっだってできる気がする!
よぉし、準備だ!!
「レアりさん、レアりさん」
「何ですかエルさん」
「ミリアスさんはどうしてしまったんでしょうか?」
「さぁ、私にもわかりかねます、ウナさんはどうですか?」
「ん? いつものミリアス」
「そうじゃなくて、態度とか変じゃないですか?」
「ん? いつも通り、カッコイイ」
「「あ、はい」」
下衆な顔したミリアスを冷ややかな目で見ていたレアりとエルに、そんな二人を不思議に思いながらも、策を巡らすミリアスの横顔がかっこいいなと思うウナであった。
「「「あいつら……後で、しばいてやろうか?」」」
ほかの冒険者達は一様に思っていた。リザードマンを片手間に何のろけてんだと。