21 魔物の理性
ジェネラルが最後の一体であったらしく、俺のレベルアップはそこで終了だった。
なんだかんだで無事に制圧が完了した。分かれていた二人も戻ってきていたが、結構な戦いだったようだ。まぁ普通はそうだよな。一対多戦闘は一瞬の油断が文字どうり命取りなのだ、気が抜けない状態が続くのはかなりキツいことだっただろう。
「あ、あのぉ」
二人に水を渡していると、スライムちゃんが話しかけてきた。
「助けて頂きありがとうございました!」
そう言って、お辞儀をし、何やら、腰の袋から取り出したものを差し出してきた。
「……これは?」
「これは友好の証です!」
渡されたのは綺麗な石ころだった。別に赤黒くはない。透き通った薄緑色のガラスのようなものだ。
「綺麗だな、こんなのもらっていいのか?」
「はい! 助けて頂いたのですから!」
ふと疑問に思ったのだが、これはなんだ? ただの石ころのようにも見えるし、高価なアクセサリーにも見える。不思議な石なのだが。
「ところで、これ、何なんだ?」
「へ? いや、はい?」
「ん? この石ころは何に使えばいいんだ? 特別なものじゃないのか?」
普通に質問をしただけだと思ったのだが、何か変なことでも言ったのだろうか? この石ころ実はただのアクセサリーだったりするのか? だったら、なんかやらかした感が苛めないが……
「え……何だもなにも、ただの魔石ですけど……」
「魔石?」
魔石っていうとあれか? 魔物の体内にある、核のようなもの? でもなんでそんなものを?
「この魔石は魔生石と言います」
魔生石は生き物が体内に取り込むことで、魔生石の魔力と自身の魔力を融合させることができるらしい。そうすることによって、魔法の威力や効果範囲などを上げることができる。もちろん、取り込んだ魔力の分だけ自身の魔力も増える。
ただ、その場合、魔法が使えない俺にとってこの魔生石とかいう代物はあまり意味を成さないだろう。確かに、魔力が上がるのは十分なメリットではある。普通なら。魔術では魔力が主体ではないため、魔力が高いのは、ないよりはマシか、程度である。
「ただ、この魔生石のすごいところはそこじゃないんですよぉ!」
「ん? 魔力が上がるってだけでも十分だろうにまだ、なにかあるのか」
「えぇ、それがこの魔生石の売りですからぁ!」
さっきのたどたどしい感じはどこかへ吹き飛んだのか、まるで、自分の持ち物を自慢する子供かのように興奮しているようだ。
「で? そのうりとは?」
「それは…………」
「それは……?」
「そぉれぇはぁ…………」
「……」
「あっ! ちょっ、待って! 行かないで! 言わせて!」
「で?」
「この魔生石には身体能力増強の効果があり、更に!! この魔生石自体にも自動治癒魔法がかけられているので、私たちの傷を癒すことができますぅ! しかも、そのおかげで! 老化の速度が遅くなりますぅ! つまり、普通の人より寿命が長くなるんですよぉ!! どうですかぁ! はぁ、はぁ」
正直言って、俺には何のメリットもないことがわかったわけである。確かに、身体能力増強というのがどれほどなのかはきにはなるが、今のレベルに強化の能力を使えばどうとでもなるものだと思われる。治癒の能力なんかも、俺そもそも不老不死だし、ん? 今俺が成長してるのは何故かって? そりゃあ[成長]のおかげだよ、全盛期の状態で成長が止まると思う。それ以降は衰退の一途だからな。
「というわけで、俺は要らん」
「はいぃ!? なにが、というわけでなんですかぁ!?」
チッ、勘の悪いやつだ。説明しなくちゃ伝わらない。メリー見たく心を読んで見やがれってんだ。
「つまり、私がもらう」
と、いつの間にか後ろに立ってたウナが声を上げた。
そうだよな、確かに、この二人もゴブリンを倒していたわけであるし、別に俺だけがもらう必要はないんだよな……よし、任せたぞ!
「へ? え? はい?」
「わたし、ウナ。それ、ほしい」
「あ、わたし、エル。えっと、取り敢えず、この石はひとつしかないから、みんなに相談してみてからね?」
「わかった……いる人」
「要らん」
「私も別に」
「えぇ……」
レミアも精霊である上に既にかなりの年数生きている。この石を見たときもそこまで驚いた様子ではなかったので、おそらく、知っていたのだと思う。彼女の寿命と魔力量では別段必要にはならないのだろう。
「という訳」
「わかったよぉ……これはウナちゃんに上げるよ」
「ありがと」
という訳で、魔生石の譲渡はおわり、後は治癒しのところで取り込むだけだ。彼女は今すぐに行きたいようだった。残念だが、そうはならない、このエル、に事情を説明させる必要があるだろう。以上なまでの魔物の大量発生について。
「さて俺はミリアスだ。悪いがエル、状況の説明をしてくれ。どうしてこんな量の魔物が集まったんだ?」
「うん、実は、わたしも詳しくは知らないんだけどね、この森の奥にある、ギュノースの沼地で、リザードマンの侵攻があったんだって、それが原因で、森の深層の魔物が少しだけ進出してきて、連鎖的に浅い森で魔物が固まっちゃったんだ、それをいち早く嗅ぎつけた探検家のフィッツさんっていう人に聞いて、冒険者のギルドに伝えに行くところだったんだよぉ、道中はそこまで魔物はいないって言うから一人で出てきたのにぃ、フィッツさん、言ってたことが違うよぉ」
なるほど、大体事情はわかった。これは一旦ギルドに戻って、調査隊を出すなり何なり、対策を取ったほうがいいだろう、冒険者の数はそれほど多くはないが、近くのギルドにも応援を要請すれば問題なく対処できることだろう。
この間にも、リザードマンの侵攻は進んでいるわけであるのだから、これは早く戻ったほうがいいな。
「じゃあ、今すぐにでも、ギルドに行きたいわけだよな俺たちも、クエストの報告に行く必要があるし、一緒に行くか」
「い、いいんですか!」
「あぁ」
「お願いしますぅ!」
よし、ならここはあれだな。
「んじゃ、やるから少し離れてろ」
そう言って俺は術式を構築し始めた。
「ん? 何をやるんですか?」
「ミリアスさん、多分、何か凄いことやろうとしてるんですよ、あの目は。あ、わたし、レアリです。よろしくお願いします」
「どうも、こちらこそって、あれ? さっきの精霊さんですか?」
「えぇ、今は彼に合わせて、人型になっています。と言っても今なったばかりですけどね」
髪の色も目の色もミリアスと同じ色で、背丈もミリアスの少し下ぐらいでだいたい同じ。ただ、もともとの待とう雰囲気から、姉弟のように思われるだろう。おほほ、うふふ、とか言って起こるタイプだろう。
「まぁ、本来の姿で街になんて言ったら、何されるかわかりませんのでね。そういうあなたも気をつけるのですよ?」
「あはは、そうですね」
「できた」
そういったウナの言葉で、二人の意識は再びミリアスへと注がれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人外三人が何やら後ろで交流を深めているようだが、気にせず、術式を構築する事約一分。
発動の準備が整った。
「フローリーチェ」
地面に向けて、魔術を行使。真下の地面に術式を展開。魔術名で発動。
現れたのは氷の坂。
その坂は森の気の高さを優に超え、遥か上空まで伸びていった。
「こ、これは……」
「ミリアスさん、やりすぎでは?」
「ナイス」
三者三様の感想を述べたところで、もう一つサプライズをというか爆弾を投下する。
「んじゃ、飛ぶから、坂の根元に立ってくれ」
「「「?」」」
三人はよくわからない状態だった。ウナはわからないけど、まぁ、いいか、てな感じで、さっさと根元に達、レアりもそれに続く形で立った。ただ、一人、置いてけぼりのエルはどうしたら良いのかおどおどしていた。
「何だ? なにか忘れ物か?」
「え? いえ、そういうわけじゃ」
「なら、早くしろ、この氷も時間制限があるんだから、途中で落ちたくはないだろう?」
「は、はいぃ!」
エルも、走って、根元でいった。
全員が一に着いたのを確認して、俺は魔術を行使する。今回のは殺すためではないので、威力は控えめ。それでも、万が一はあるので、[楽園]は常に発動しておく。これを発動しておけば、霊魂と身体をアイテムボックスに収納できるのは確認済みだ。俺のアイテム欄にゼジルという一角うさぎの霊魂と身体がある。これのすごいところは、この二つのアイテムを欄内で融合とするともとのゼジル一匹にもどったという点だ。つまり、俺の近くで死んだとしても、俺が身体と霊魂を回収できれば身体の治癒と蘇生が可能だということだ。
ただ、人では確認できていないので、できるかは五分五分といったところではあるがな。
ま、そんなことよりも魔術だ。
「アドリリ・ヴァン・ヴィメンティ」
魔術の行使。術式を構築。今回は腕にだ。後ろを向いて、腕を上から下に振り下ろすと同時に魔術名で発動。
四人を下から押し上げるようにして、大きな上昇気流が発生した。それに乗り、身体ごと一気に氷坂を駆け上った、のだが……
「ぎゃぁぁあぁっぁあぁああああおおあぁおおぁおああああ」
若干一名、身体がバラバラになりかけているものがいる。言わずもがなのエルだ。
彼女の一部はちゃんと回収している。アイテム名がエルの欠片だそうだ。何かのゲームに出てきそうなアイテム名である。
「あぁ、神様、わたしはここで、死ぬのですねぇ。わけもわからないまま、身体が徐々に千切れていってぇ、最後には何も残らないまま空気とかしてしまうんですねぇ」
何やら、死を悟ったようなセリフを吐いているが、現実では自分の身体の一部を吐いているぞ。こりゃあ、さっさとエルの欠片を集めて、霊魂も回収したほうがいいか。
「というわけで、エルよ、しばしの間、眠れ」
回収。
「あ、あ、あぁ、え、ぁ」
なんだ、今度はレアリか? いちいち面倒だぞ。
「エルさんんんん!? 消えましたぁ!?」
なるほど、俺のアイテムボックスを知らないわけだから、当然こんな反応するわな。でも、なんか、幸い俺がやったとはバレてないっぽい。
「ミ、ミミミリアスさぁぁぁん!? エルちゃん体バラバラになって消えちゃいましたけどぉ!?」
「まぁ! 大丈夫だろぉ!」
「えぇ! そんなぁ!?」
「それより! もうすぐ坂上がりきるぞぉ!! 二人とも着地失敗するなよぉ!!」
ウナは器用にこちらの方を向いて指を立てている。これは大丈夫だというサインだろう。
あ、いや、違う。あれ、中指だ。心なしかウナの顔色も悪い。こりゃ、悪いことしたなぁ。
そうか、いいこと思いついた。
「二人共! 俺は先に行って着地の準備をしておくぞ!」
「え!? 先にって……」
「ティルウィンド」
ふたりにそう告げて、魔術の行使。足先に術式を構築。魔術名で発動。
加速したミリアスはそのまま坂の頂上を軽く超えたところでもう一度魔術を行使。
「ウォレクサーレ」
氷に向けて術式を構築。魔術名で発動。
すると出来たのは薄い空気の壁。そこに、ちょうど風がおさまり、着地した。空気の壁は着地の衝撃を肩代わりする役割だ。これで、二人も安心だろう。
「ティルウィンド!」
発動したのは俺じゃない。ということは……
「み~り~あ~す~さ~ん!?」
なるほど、俺がここにつけたのは、追い風で加速して、距離を稼いだわけだが、二人はその加速分がなくて、途中で、落ちそうになったというわけだ。
「申し訳ない、エル共々深く謝罪致します」
「ふぇっ!? ここどこですかぁ!?」
「エル!? あなた、さっき、え?」
説明は面倒だったので見送りさせてもらった。いつか、あぁ、あの時のはこれだったのか的な感じで理解していただけるとありがたい。
「さて、それじゃあ、やるか、紐なしバンジーギルド行き」
「「「!?」」」
「ふぇ、あ、あの、また飛ぶんですかぁ」
「わたしは嫌ですよ!?」
「む……り……」
「大丈夫だ、今度のは飛行魔術で飛んでいくからなしいて、言えばレアリとウナはスカートだからそこだけどうにかすれば問題はない」
「わ、わたしは姿を変えればいいだけですけど」
「問題ない、ベレヌス、オネイロス、第六形態」
そうつぶやくと、ウナの身体が光に包まれた。数秒で、その光はおさまり、ウナの服が青白いガーリッシュスタイルから、赤黒いカジュアルスタイルの服装へと変わった。俺の[交換]でも似たようなものができるが、そんな感じなのだろうか。それとも、ただのアイテムボックスからのはや着替え? なんにせよこれで問題はないだろう。
「んじゃ、行くか」
そうして、俺たちは魔術を行使した。
いや、俺だけか。