17 冒険者の街
とにもかくにも、無事冒険者になれた俺ではあるが、そもそも冒険者という職業のことを理解しているとは言い難い。この世界の冒険者とはどういうものなのかをラミアさんに聞くことにした。
「という訳で! 今日はギルド内中央広場の一角を借りて、特別授業を行います!! はい拍手~」
「わー」
「おー」
集まっているのは二人。もちろん、俺とウナのみだ。彼女は何人か誘ってはいたみたいなのだが、この点は触れなほうがいいだろう。
「さて、ではまず冒険者という職業とはなにかについてです」
そう言って、彼女はどこからか赤渕メガネを取り出し、装着していた。取り敢えず放置で。
冒険者ギルドとは一般生物が魔力を持ってしまうことで生まれてくる、魔物と呼ばれる生物を調整するための組織です。
そして、そのギルドに雇われているのが冒険者という職業です。冒険者とはこれといって決められた基準はありません。冒険者になるのに必要な事はギルドに所属していることのみであり。冒険者ギルドに所属しているから、冒険者であるとういうことです。冒険者ではないものが、冒険者と同じようなことをしているのであればそれは探検家と呼ばれています。彼らは数少ないながらも、しっかりと魔物を退治してくれているので、ギルドとしては勧誘、又は放置の体勢をとっていますね。そして、探検家と冒険者との大きな違いは報酬の有無です。冒険者ギルドでは、討伐対象という魔物がおり、それらの魔物を討伐することによって報酬を支払っています。加えて、別の倒した魔物を持ってきて頂ければギルドの方で素材として買収させてもらうこともできます。ですが、探検家ではどちらも利用することはできませんのであまり探検家と呼ばれる人たちはいませんね。それでも、冒険者ばかりが良いといわけではありません。
冒険者にはランクと呼ばれるものがあり、F~Sでクラス分けされています。Fランク冒険者が駆け出し、初心者といったところで、こちらは魔物の素材を十匹持ってくるか、討伐依頼を一つこなすことでEランクに上がることができます。そして、一つずつランクが上がって行き、最終はSSSランクが現最高となっておりますね。A以上となると、国からの依頼を受けることもあります。そして、そのランクがC以上の者は街の防衛など、緊急事態のときにギルドから依頼がおります。この依頼は通常は拒絶不可になりますが、Sランク以上の方々は拒絶も可能とされていますね。
まぁ、S以上ともなるともはや人間国宝レベルですからね。
「探検家との違い、冒険者の大まかな仕事内容、冒険者ランク、これら事でなにか質問はありますか?」
「あ、じゃあ一つ。冒険者を辞めたい場合はどうすればいいのですか?」
「え? 辞めたいんですか!?」
「いえ、知ってるのと知らないのとでは違いますからね」
「そ、そうですよね!」
「はい」
「えっと……」
まず冒険者を辞める場合はギルドに脱退申請をします。そして、それが受理されれば、脱退が完了とはなります。手続きとしてはこんな感じで簡単なのですが、一度ギルドをやめた場合、もう一度入り直すというのにはかなり厳しい審査をすることとなりますね。その人が盗賊になっていないとは限らないのですからね。それと、ギルドを脱退するときに首に烙印を押すこととされています。これも、ギルドの不正利用防止のためですね。
「ですので、できれば、あまり辞めるのはおすすめできませんね」
「ですね、おそらくそれはないでしょう」
「他に質問は?」
「あ~、えっと、ランクが下がるとかいうことはありますか?」
「そうですね、普通ではないと思われますが、時々、重犯罪を犯した者が追放されることはありますね」
「重犯罪?」
「そうですね、国王暗殺や、大量殺人といったところでしょうか?」
「なるほど」
「他にはありますか?」
「そうですね、今のところは大丈夫です」
「わかりました。ではこれで、この授業は終わりといたしましょう、ウナさん。起きてくださ~い」
そういえば途中からウナの声が聞こえないと思ったら、寝てたか。いつも通りだな、いつもを知っているわけではないがな。
そういえば、こいつも冒険者なんだよな、強いのだろうか?
「なぁ、ラミアさん」
「は、はい! ……なんでしょうか?」
「えっと、ウナって強いのか?」
気がついたときにはラミアさんにそう聞いていた。だが、自分はこんなこと聞くなんて思っていなかったので無意識だった事に少し驚いた。
「え? あぁ、そうですね、冒険者のランクとしてはBランクなので、強いほうだと思いますよ」
「へぇ~」
Bランク、俺のやっていたゲームでは普通レベルの冒険者だったな、まぁ、国防を任されるようなレベルなのだから、弱いという事はないだろう。
「まぁ、偏にBランクと言ってもピンキリですからね」
「そうですよね。それを踏まえたうえで、どのくらいの強さとかわかります?」
「んん~どうでしょうか? 最近、手合わせしてないのでなんとも」
「そうですか……」
彼女は両手を平にし、目を閉じ、首を左右に揺らしてしまった。この動作に少しかわいさを見出していたのは内緒にしよう。
「そんなに気になるんですか?」
「いえ、別に? それほどでもないですね」
「そ、そうですか……(それはそれでどうかとも思いますが)」
「まぁ、取り敢えず、今日は忙しい中ありがとうございました」
「いえいえ、これも仕事ですから、お気になさらにでください」
「ありがとうございます。それじゃあこの辺で。おい、ウナ! そろそろ起きろ、夕飯の時間だぞ!」
「はっ! ご飯!? ……さっさと帰ろう! 私たちのマイホームへ!!」
「はいはい、わかったから先に商業区寄っていこうな~」
そうして、俺たちはラミアさんに見送られながらギルドを後にするのだった。だが、最後の会話が、ラミアさんの耳に入ってしまったのは下作であっただろう。
「…………わ、私たちの?」
ラミアはものすごい形相で二人が去っていった方を睨んでいた。さっきまで、ミリアスのことを羨んでいた男どもも彼女のその態度を見て、蜘蛛の子を散らすように自席へ戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日の朝。俺は早起きをして、街に来ていた。何せ、俺はこの街に来て、まだ日が浅く、この街のどこに何があるのか何も知らないので今日一日、散歩でもして色々見てみようと思ったのだ。
この街は大きく分けて三つの区に分けられている。まず、冒険者ギルドのある冒険北区。そしてその北区へと続く大通りがあり、そこで西が商業区、東が住宅区と分けられている。ただ、その大通りは街に帰ってきた冒険者達がギルドに行くためには必ず通るような道なので、その道の建物はほぼ全てが何かしらのお店になっていて、一番の活気であるだろう。
そして、通りに来てみて少し驚いてしまった。
「この道は一層活気があるなぁ」
まだ朝は冷えるというのに、お店はもう活動していたのだ。
聞くとこの時間で店を開けているのは一晩中魔物を調整している冒険者やダンジョンに潜っていた探検家が帰ってくるのが大体この時間なのだという。店主からもう少し経てば面白いものが見れると聞いたのでお店の前で待つことにした。
「なぁ、店長。なにが起こるんだ?」
「まぁ、まってろよ! おもしれぇから!」
「少しくらい教えてくれてもいいんじゃねぇの?」
「もう少しだっての……お、来たな」
「あ? なんだ? あれ」
遠見能力で見ていると大通りの先の南門が揺れているように感じた。
「揺れてる? ……いや、ありゃ、人か?」
「おぉ、見えんのか、あいつらは昨日の夜に出て行った冒険者共だな」
「そんな奴らがどうして走ってんだ?」
「今に見てりゃわかるさ」
その集団が近づいて来るに連れてその異常な姿にようやく気がついた。冒険者共の殆どが何かしらの大荷物を抱えているのだ。中には巨大な魔物を抱えてる奴らもいる。そんな彼らは競い合うかのように冒険者ギルドへ走っている。だが、奇妙なことに、彼らは、この大通りの中央を走っていて、店の側には絶対に入ってこない。なので、もの凄い勢いで走っているのにも関わらず、店の商品が荒らされることはないようだ。そして、彼らはものの数分で全員がギルド内に収まってしまった。
「さぁて、こっからは俺らの出番だぜ! おら、兄ちゃん!暇なら付き合ってくれよ!」
「あ? 何をだよ?」
「いいからこれ着てたってろ」
そういって差し出されたのは店長が来ているのと同じ赤いエプロンだった。
「これで何すりゃいいんだ?」
「いいから、準備しとけって、もう来るぞ」
「だから何が……」
――おおおおぉぉぉ
冒険者ギルドのほうから歓声のようなものが聞こえた。そして……
「おい、兄ちゃん! この肉三キロくれ!」
「は?」
「だから肉三キロだよ!」
「あ、あぁ、えっと。三キロで銀貨七枚だ!」
「はいよっ!」
そう言って金貨一枚投げてきたのでお釣りの銀貨十三枚と肉三キロを袋にまとめて投げてやった。するとその冒険者は走って行ってしまった。
「サンキュ! また来るからな! 店長によろしく!」
「ありがとうございましたー!」
この世界では通常、紙幣は硬貨が使われている。
下から鉄、銅、銀、金が基本だ、その上もあることにはあるが普通はそんなに持っていることないので使うことはないだろう。そして、それら四つの価値は鉄貨を十円とすると銅貨が百円、銀貨が千五百円、金貨が三万円だ。金貨は銀貨二十枚分、銀貨は銅貨十五枚分、そして銅貨は鉄貨の十枚分。つまり、金貨は鉄貨三千枚分ということになる。
通常出回っているのは銅貨であり、金貨を持っている人はそんなにいないのだが、今の人は稼ぎが多い方なのだろう。
まだ、白貨を出されなかっただけ計算が楽だ。
白貨というのは金貨の上の硬貨であり、白銀、白金、王白の三種類がある。白銀・白金は普通の銀貨・金貨に大理石が混ぜられていて、普通のより白っぽい感じのやつで、王白はなんの濁りもない白い硬貨で中心の透明な宝石が埋められている。
それぞれ一枚で、白銀が九十万円、白金が三千六百万、王金は十八億円だ。そんな大金持っていられるわけはないだろう。
ともあれ、そんな感じで冒険者がこれよと言わんばかりに肉を購入していった。俺はレジをする機械に専念していた。そして、冒険者の波が落ち着いた頃に今度は探検者共が肉を持ってきた。
「ボアのもも肉だ、今日はいいのを持ってきたんだが、どうだ?」
「んー? うまそうだな、取り敢えずこれだったら一キロで銀貨二枚でいいぞ」
「これは取るのにすごく大変だったんだぞ?」
「そうかぁ、なら今度は他のやつから買うしかないなぁ、はぁ」
「チッ、わかった銀貨二枚と銅貨五枚でどうだ?」
「んー、いいだろう手を打とう」
>能力[交渉Ⅲ]を習得しました。
実は普段ボアのもも肉は一キロで銀貨五枚で買うらしいが俺の能力が上がるほどの交渉術でなんとか半額程度で買いとれたのだ
探検家からの買取の方もさんな感じで無難に終わった。その頃にはもうすっかり日が昇っていた。
「いやぁ、兄ちゃん、今日はありがとよぉ! 兄ちゃんのおかげで大儲けだったぞ!」
「それなら良かった」
「そのお礼にだ、今朝の利益の三分の一を給料としてやるよ!ほれっ!」
と言って投げてきた袋の中には金貨が少しと銀貨が3割、銅貨5割、鉄貨が1割の日本円にして計三十六万三千円分の硬貨が入っていた。
「こんなにもらっていいんですか?」
「あぁ、ほんの気持ちだ。今日だけで相当な利益を叩き出したんでな! 俺は今気前がいいだよ! その代わりといっちゃなんだが、お前さん、冒険者になったら口きいてくれよ! まぁ、あんたみたいなひょロイのが冒険者なんてやんねぇかもだけどな!」
「えぇ、知り合いにでも伝えておきますよ」
「おう、今日はありがとな!」
「こちらこそ」
そう言って、俺は肉屋を後にした。
その日の散歩では色々な店を見て回ることができた。服屋に武器・防具屋、薬屋に魔道具店、西の奥には日用品の店もあり、今日一日でかなりの距離を歩いただろう。そして最後にこの店に寄った。
その店はこの街に来て、一番初めに見つけた店だったのだが、そのときはしまっていたので後で行くことにしたのだ。それはいい選択でもあったのかもしれない。夕方になり、一通りが少なくなったこの時間に俺はその本屋に訪れた。
「佐々木古書店……か」
そう日本語で書かれた看板を掲げている、その本屋に。




