16 冒険者ギルド
今、俺は、ウナがよく使っているという、この国一番の冒険者ギルドに訪れ、手続きをしているウナを待ち、門前でギルドを見上げていた。
「うわぁ~、すげぇ」
俺は、そのギルドに驚きを隠せなかった。そもそも、転生してこの方、碌に外に出ず、本の虫になっていたので、他のギルドの大きさなど知りもしないのだが、それでも、この建物が立派なものだというのは周りの建物と比較してみると分かることだった。それも、まずその外観がすごいのだ。場所を知らないこの俺でも、街に入った頃にはそのおおよその場所はわかった。まぁ、メニューの機能を使えばいくらでもわかるのだが、それを使わずとも、視界に入るのだ。
だが、ギルドは街の外れにあり、崖の上に立っている。その場所も然る事ながら、大きさも異常なのだ。目測では、某夢の国のお城を一回り上回る程度だと推測される。
〔報告です。高速思考と推理のスキルレベルがⅥにあがりました〕
「……(そんなんでいいのかシステムさんよ)」
〔そんなもんです。世の中なんて〕
〔さいですか〕
「にしても、これはちょっとなぁ」
「私もそう思った」
などと二人は共感していた。それは仕方のないことだろう。
なぜならその外見は奇妙なものだったのだ。まず、日本の国会議事堂の中央広間だけになったものを正面に右に五重塔、左に横浜ランドマークタワーそれらに似た建物が同じ大きさで並んでいる。その後ろからは都庁本庁の二棟がたっており、それらを覆うかのように外頭蓋と両手の骨が被さっていた。
「そう……何故! まとめたのだ!」
「いや、突っ込むとこそこじゃないだろ」
そんなやりとりをした後漸く門をくぐり、ギルドの広間の中へ足を踏み入れた。
中へ入ると、まず、強い酒臭が襲ってきた。というのも、中では大勢の人が昼間だというのにも関わらず出来上がっている野郎どもが大勢いたのだ。
「なぁ、いつもこんな感じなのか?」
「いつもと全く同じ」
そう言われては苦笑いしか出来なかった。
だが、そもそもギルドとは何なのだろうか?
元々は中世から近世にかけて西欧諸都市の商・工業者の間で結成された商人ギルドや同職ギルドのような職業別組合ことを言うのだが、近代では多くのファンタジー系なTRPG等において採用されている組織でもある。盗賊が所属する盗賊ギルド、商人が所属する商人ギルドや冒険者が所属する冒険者ギルド等があり、上納金を納める代わりに仕事を斡旋してもらったり、何かあった時に情報を提供してくれるというのが一般的な見解だろう。だが、アニメや漫画、最近のスマホゲームなどの媒体では、普通のパーティーのようなものとは違い、共通の目的を持った仲間が集まったチームのようなものとしても知られている。しかし、そういう場合はクラン等と呼ばれるほうが多いだろう。
この世界では前者のTPRG系のギルドのようだ。
そのギルドの酒場のテーブルで飲んでいた一人の人物がこちらにやって来た。
「おぅ、ウナぁ、今日は早えぇなぁ!!」
その人物は大きな声で話しかけてきた。だが、その足取りは覚束ず、おそらくもう既に多くの酒を開けているのだろうと思われた。
「これは、ガーディー。このギルド一の酒呑み」
「あぁん!? これとぁなんだぁ? これぇとはぁ!?」
「これとはガーディー」
「おぉう! ガーディー様よ!! ……んぁ? おめぇ見ない顔だな? どこのどいつだぁ?」
「あ、ミリアスです。どうも」
「んぉ? そうか!? そうかぁ!! ウナのコレか!?」
「ガーディー、それは違う」
「そうですよ!! そんなんじゃ! ありませんよ!」
「だぁよなぁ!! まだまだ、ウナには早えぇよなぁ!」
「はぁ?」
「ウナ、落ち着け」
「んじゃ、なにか? このギルドに客か?」
「えぇ、まぁ、そんなとこです」
「そうか、じゃあ……おぉい! ラミアぁ!! 客だぞぉ!!」
ガーディさんがそう叫ぶとカウンターの奥でガタッと大きな音を立ててなにか物が落ちたかのような音がした。
その数秒後に今度はドタドタと音を立てて、誰かが走ってくるような音がした。
「お……お……」
「ん?」
――バタンッ
奥にいたのであろう女の人がカウンターの天板を勢いよく開けて、ものすごい形相で走ってきた。
「お、おおおおお客さんですかぁ!? どこです!? どこにいるんですか!? ガーディーさん!! ……はっ、隠れているんですね!? そうですか、フフフ、怖くないですよぉ? でてきてくださぁい? ちょぉっとお縄についてもらうだけですよぉ」
(怖えぇぇぇぇ!! こんなん、今出て行ったら確実にお縄で縛られて、確実にイモムシ状態になっちまうじゃねぇか!!)
「ラミア、落ち着いて、この人がお客さん」
「この……人?」
ウナは俺の気持ちなどお構いなしに爆弾を投げやがった。お前後で、覚えてろよ!! こんな面倒そうなの送り込んできやがって……ってあいつ! いまニヤって顔しやがったぞ!!
「フフフ♪ お客さん、こんなとこにいたんだぁ♪ だめですよ? ここらへんは変なおじさんばっかりなんですから♪ もう動けないように縛っておきますねっ♪」
ラミアと呼ばれていた彼女はそのセリフをいうなり、手に持っていた縄を投げてきた。その速度は半端じゃなく、おそらく時速四十kmはあった。
「ちょっ、あっぶな!」
「へぇ、避けるんですか……」
「あっ、待っ」
「セイっ!!」
「てぇっ…………え?」
俺は蹲り、次に来るであろう衝撃から身を守るために腕を交差して目を閉じた、のだが、その二撃目が俺を襲うことは無かった。何故なら……
「……ウナ」
「大丈夫?」
「助かった、ありがと」
「ラミア悪い子じゃない」
「うん、わかってるって、悪いのはラミアさんじゃなくて……ウナだろ?」
「そう、悪いのは私……へ?」
「なぁ? 何でこうなるとわかってて俺のこと教えたんだ?」
「な、何のこと?」
「正直に謝るなら許してやらんこともないが?」
「ごめんなさい」
「はぁ……分かったよ」
そうして、俺は、ウナとラミアさんに付いて行き、冒険者登録の手続きをするためにギルドのカウンターの奥の部屋に来ていた。
「先程は失礼致しました。ギルドの雰囲気もあんな感じなのでお客さんなんて滅多に来ないんですよ。えっと、それで、今日は冒険者登録の方でよろしかったですよね?」
「はい、お願いします」
「分かりました。では初めに自己紹介だけ」
そう言うと彼女は椅子の横に立ち上がり、スカートの橋を摘み、軽くしゃがむ、洋風のメイドのような動作で挨拶をはじめた。
「さて、申し遅れましたが、私、このギルドの受付を担当しております、ラミアと申します。今後共、このギルドをご利用なさるのであれば、私に一声掛けて頂ければ、対応の方致しますので、どうぞよろしくお願い致します」
その動作は一つ一つが洗礼されていて、彼女の並々ならぬ強さが感じられた。
「ミリアスです。こちらこそよろしくお願いします」
「……は、はい!」
この時、ギルド内にいた男共がこちらを睨みつけていたのだが、その視線に気付いたのはニティだけだった。だが、二ティはその視線のなかにあった憎悪の篭った目に思考を奪われていたので、そのことをミリィに伝えることはなかった。
(にしても、ミリィには少し女癖が悪い事を自覚して欲しいものですね。……まぁ、万が一には備えておきまししょうか、気になることもありますし……ね)
そうして、事はミリアスの知らないところで静かに動き出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、ではこのプレートに、血を一滴垂らして下さい、これをどうぞ」
ラミアさんが差し出してきたのは針だった。針である。直径0.1mm程度の小さな針。これを使えという意味なのだろうが……
「ミリアスさん? どうかしました?」
「あ、いえ、このプレートに垂らせばいいんですよね?」
「そうですよ」
「はい」
大丈夫。剣術でよく怪我しただろ。それに比べりゃあこんな針、蚊に刺された程度だ。大丈夫。大丈夫だ。
ふぅ……よし、やるぞ、三秒だ。三秒数えよう。よし、三……二……い……
「えいっ」
隣にいたウナは思った。自分もこの針を渡された時とても怖かった。それはもう、誰かにやって欲しいと思うほどに。なので、ミリアスもそうなのではないか?と思い至ったのである。そして、なんの悪気も一切なく彼の指に針を突き刺したのだ。それは彼女の思いやりではあったのだが、やり方がまずかった。ミリアスが左手に針持ち右の手を構えているところで、彼の左手を叩いたのだ。そう、叩いたのだ。そうしたことによって。彼が手に持っていた針は右手に深々と突き刺さることとなってしまったのだ。
「あ」
「あ」
「ぬぐぁっ!?」
その結果。彼の血はプレートに滴り、ちゃんと魔道具は作動したようではあるのだが……
「ウナ……」
「ごめんなさい」
「抜いて……」
「ごめんなさい」
ミリアスが怒ると思っていたのだが、まさか、彼が涙目になって、助けを求めてくるとは思ってもおらず、今更ながらに自分のやったことを恥ずかしく思えてしまうウナであった。
「さて、なんだかんだでプレートに登録の方は出来ましたので、後はこの書類の項目を埋めていただければ終わりになります」
「はい」
「あ、文字の方、お読み致しましょうか?」
「えっと、多分大丈夫です」
「そうですか、ではお願いしますね」
「はい」
渡された書類は二種類だった。
ギルドのルールが詳細に書かれてあるものと自分の身分証明だ。
身分証明には簡潔に、名前、性別、所在地、種族の四項目だった。
「これに書けばいいんですかね」
「はい、あ、これペンです、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
〔ニティ〕
〔分かりました〕
〔ありがとう〕
すると、俺の手は勝手に動き出した。そう、俺とニティの意識レベルを交換し、身体の主導権をニティに渡したのだ、こうすることによって、身体は書類を書きながら、周りのことに意識を向けることができるので、とても便利なのである。今回の場合は面倒だった。ということも多分に含まれているのだが、どうしようもないことなのである。
(内装は普通なんだなぁ)
そう、このギルドの内装は普通の酒場のようなもので、中央がテーブルと椅子で埋まっており、脇に受付カウンターやバーのようなものが見受けられる。中央の奥にはステージのような物があり、なんとなく体育館のようなものを思い出してしまうのだ。そんな感傷に浸りながら、ふと対面のラミアさんとめがあった。正確には目はあっていないのだが、こちらをものすごい勢いで見ていた。
〔ニティ、ラミアさんってずっとあんな感じだったのか?〕
〔えぇ、ミリィが書類を見ているときなど、目線を外しているときはずっとあんな感じでした〕
〔あぁ、うん。そう、か……なにかしたかなぁ〕
〔は?〕
〔へ? だって、あんな見てくるなんて。なにか言いたいことでもあるんじゃないかなぁ? って思ってさ〕
「はぁ、これだから」
「どうかしました?」
「いえ、なんでも」
〔なんでもじゃないだろ〕
〔なんでも、ないんですよ、大丈夫なんです〕
〔は? どゆこと?〕
〔自分で考えてください〕
〔いや、教えてくれても〕
〔はい。書き終わりましたよ〕
〔チッ、このことはまた今度な〕
〔はいはい〕
「ラミアさん、終わりましたよ」
「ひぁ! は、はい。確認します」
何故だろう。なんか緊張するな。テストが始まる前のような緊張感だ。静かに確認する彼女はできる女
「はい、問題ないですね」
「ふぅ」
「お疲れ様です、こちら先ほどのプレートですが、自分の身分証明書と同じようなものですので、失くさないようお願いします」
「わかりました、気を付けます。ありがとうございました」
終わってから気がついたのだが、俺が書類を書いているうちにウナは俺の膝の上で寝てしまっていたらしい。お、ちょうど起きたようだ。
「ん、終わった?」
「あぁ、終わったよ、ウナも、ありがとな」
「どういたしまして」
「あぁ、ウナちゃん。今日の分ツケとくね」
「ん? わかった?」
「ん? 今日なにかあったんですか?」
「へ? あぁ、これこれ一応有料だから」
「あ、はい、今度払うから、ウナ、よろしく頼む」
「まかせろぉ!!」
「ありがたや~」
こうして、俺は冒険者としての活動を始めることが出来るようになった。これから色々な魔物を見て、後々レベルアップもしたいなぁなんて思っている。このことが現実になるのはもうすぐである。