14 アリスの夢
アリス(メリー)の視点から始まります。
僕は神だ。境界を司る神、アリス。だから、転生・転移の時、必ずここを通る。
その際に[固有能力]を与えるのが私の役目。
でもここを通っていく人たちに意識を保っていられる人はいない。のはずなんだけど、彼だけは違った。境界の中だというのに平然と意識を保っていて、しかも、その彼からは異常なほどの神圧を感じた。それこそ、何万年生きているこの私でさえ底が見えないほどの神圧を。
だからなのかな? 私は気付いた時には彼に声を掛けていた。
彼とは他愛のない話ばかりした。多分楽しかったと思う。だってさ、久しぶりの人だったんだもんね。……人形じゃない、ちゃんと、語りかけてくれる、人、だもんね。見た目もそこそこ良い感じで、相手を飽きさせない性格で、世間からすると多分モテる方の人だったと思う。んだけど……
……何故か、彼の転移座標が狂った。
一度目の転移で転移後の彼に話しかけたら、反応のない人形になっていた時は心臓が飛び出そうになったよ。死んだか? ってね、あれ? でも、そんな心配するほど固執してた覚えはないんだけどなぁ。まぁ、いっか。それで、魂が境界にいるならよかったんだけどさ、よりにもよってあいつ、メイア、そう、あの駄女神のとこに行っちゃってたわけよ。十人中十人が駄女神だって認めるであろう彼女のことだよ? もちろん勘違いしてさ、彼のことを転生者だと思ったらしく。能力を与えやがったのさ。
まぁ、そんなことをしたらメイアのお世話役……おっと、ライバルである、レイに見つからないわけがないからねぇ? それで彼は邪神であるレイの元へ行ってしまったわけよ。幸いレイの方は転生者じゃないって気付いてたみたいだったけど、それを修正するほど彼女は真面目じゃないし、寧ろ面白がってて、自分の身を分けるまでして能力与えやがったからな。そんでもって更に、最終的に僕に投げてきやがったんだよ、精神体のままで。もちろん、体で受け止めたさ。精神体だから通り過ぎてったけど……。それで、しょうがなく、転移させようと思ったらさ、見事、保護していた彼の身体が腐ってましたとさ。
……いや、実は、境界には死季っていう腐った空気のようなものがあってね? その空気に触れただけであらゆる物質は腐っちゃうのさ。まぁ? それはぁ? 僕の周りはでは浄化されて影響はないんだけどぉ? ちょぉっと離れた隙に腐っちゃったらしい。こうなると僕にはどうすることもできないから、仕方なく、転生させることにしたんだけど、もう、どうなってもいっか! と思ったから、彼を僕の中の理想の王子様の容姿にして、転生させた。
何年か経ってから、見に行ってみたら、予想以上にかっこよくてちょっとキュンってきちゃった。しょうがないよね! 理想の王子様だもんね!
それで、パパさんとママさんに許可をもらって、ミリアスの家に嫁入りした。
(いや、正確には嫁じゃないけどさ、気分的にね、気分的に)
それからはミリィとずっと一緒にいた。食事の時も、寝るときも、お風呂まで、もちろん修行の時も、どんな時でもミリィのそばにいた。
ただ、それでも神の業務からは逃れられなかったので、一ヶ月に何回かはミリィのそばを離れ、留守にすることもあった。それでもこの時間はとっても幸せだった。他の神様達から忠告は受けてたけど、もちろん見てないフリをして。それらの行為すべてが仇となり、僕はあの誕生日会の朝、神王に捕まった。それで、審議にかけられて、僕は神位の剥奪と人間界追放を言い渡された。それでも良かった。寧ろ、神の業務から逃げることができて神王に感謝すらもした。人間界に落ちても、僕には帰るべき場所がある。戻りたいと思える人たちがいる。だから、神を辞めるのに未練なんて一つもなかった。だから早く戻らなくては……
そして、人間界に堕ちて、わかったことがあった。
僕は弱い。圧倒的に弱い。レベルで言うと村娘Dぐらいの弱さだ。なんとも微妙だが、超弱いとだけ言っておこう。というのも、今まで培ってきた能力は追放された時に全て没収されており、しかも、レベルは1。なんと、スライムと同じ! びっくりだね! そこで、僕が目を付けたのは、この羊皮紙だ。魔力の通りやすい不思議な紙であり、それに魔法を書き込むことでスクロールとして有用出来ると思ったのだ。神だった頃の僕は転移のスクロールだけは作っておいて、それを隠し持っていたのだが……
「それがぁ……今……目の前でぇ……」
そう。僕が今持っている、この真っ白い灰こそが、その羊皮紙の亡骸だ。たった今、目の前にいる。このファイヤーコボルトに焼かれたところだ。僕が堕とされたのが火山迷宮だったとは、これはもう、万策尽きましたぜ……目の前にはファイヤーコボルト。そして、迷宮の中、更には村娘並み以下のステータス。
「この状況でどうしろって言うの?」
そう言って。膝を抱えうずくまっていると、誰かに声をかけられた。
「どうかしたのか?」
「え? どうかしたか? だって? 状況を見ればわかるだろうに」
声の主を見ずに、膝を抱えたまま答える。相当失礼だと思うが、そんなの元神様にはわかりませんね。
「わからないから聞いている。その紙を燃やしたのはそんなにまずかったのか?」
「もちろんだよ! って、え? 今なんて言った?」
自然と会話していたが、その人物は聞き捨てならないことを口走った。そこで、やっと顔をあげて状況を確認した。
「だから、そのスクロール燃やしたのまずかったのか? って言ったんだ」
「うん、うん。やっぱり。そうだよね」
「なんだ? どうした?」
「……こ」
「……こ?」
「……こ…コボルトが喋ってる!!!!!!!」
僕はどうにかなってしまったようです。残念だけど、僕は既に死んでいるのかもしれない。死んでコボルトにでも転生しているのかもしれない。
「だって……だって、だってさぁ!? 魔物と話せるとか、どういうこと!? 元神様だから!? そんな特典いらんわぁ!!」
――僕は再び膝を抱えるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
神であるアリスが冒険者メリーになっている一方。ミリアスは悩んでいた。
(さて、これからどうすっかなぁ。さっきの子多分誰か呼びに行ったよなぁ)
もう考えるのも面倒になってきたので、すごく逃げたい気分なのだが、案の定ここがどこなのかわからないので動くに動けない状態なのだ。
(いや、まてよ?)
〔なぁ、ニティ〕
〔はい、何か?〕
〔現在地わかるか? 今、俺ってどこいるんだ?〕
〔肯定。現在地はインセル大陸南部に位置する、南部連合国【アルザン】の辺境? ですね〕
〔辺境?〕
〔えぇ、王都【セビル】からかなり離れたところですね〕
〔大体どのくらい?〕
〔直線距離で言うと約二万kmってとこですかね〕
〔は?? 二万? キロ? ……メートルの聞き間違いじゃなくて?〕
〔えぇ、一万八千四百九十二kmで約二万kmになりますね〕
〔それって、大体、東京から……どこくらいだ?〕
〔直線でウルグアイの先の南大西洋のあたりです〕
〔聞いてもわからんかったわ〕
〔……ミリィ、範囲内に〕
〔あぁ、来たな〕
さて、取り敢えず身だしなみは整えておくか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いい? おじいちゃん、絶対、びっくりしないでね?」
「なんじゃ! 早うせんか! くだらんことならもどるぞ?」
「んもう、くだらなくないから!」
――ガチャ
「うわぁっぷみゅ!!」
「うおっと」
彼女は部屋に入った瞬間に躓いた。咄嗟に身体が動いて彼女を支えてしまった。以前の俺なら出来なかったなぁとは考えない。
「大丈夫か?」
「あ、はい。だ、大丈夫……です……」
「ん?どうし……たっ!?」
後から入ってきた爺さんはこの状況を見て、どう思ったのか目を見開いていた。
「あ、おじいちゃん!? こ、これは違うのよ!!」
「お主!! やっと起きたのか!!」
「あ、はい」
「おぉ、そうか、やっと起きたかぁ」
「え、えぇ、まぁ」
「ながかったなぁ、二年じゃしな」
「あ、その説はお世話になりました」
「そうだな、感謝したまえ」
「ありがとうございました」
「ところで小僧?」
「はい?」
「……それはしまって置かなくていいのか?」
俺は、逆手に持っていたナイフをそっと腰に戻し、その際に心眼を発動させたのだが……
「ほぉ魔眼かのぉ?」
「っ!!」
早々に見破られた。カマかけたのだとしても、反応してしまった時点でアウトだ。
「これは、お手上げですね。貴方には適いそうもない」
「ククク、案外そうでもないもんじゃよ」
「お、おじいちゃん??」
「おっとそうじゃった。そうじゃな、一時間後に下に下りてくるといい飯でも食いながら話をしよう。とあぁ、そうじゃった、これだけは教えておこう。わしはベル・ビータス。この子はチェリじゃ。それと……」
そう言ってひと呼吸入れると再び途轍もない威圧感を放ち……
「わしの孫に手ぇだしてみろよぉ? 細切れにしてやるからなぁ?」
まるで、ヤクザの頭のように言い切った。
「んじゃ、待っとるからな」
「おじいちゃんが失礼しました。私も行きますね」
――バタンッ
二人は扉を閉めて戻っていった。
だが今のやり取りは肝が冷えた。あの爺さん、俺がナイフを逆手にしていること、見抜いてやがった。しかも、相当の覇気を出していたし、何もんだ? あの爺さん、ただ、獣人ってわけでもなさそうだし。ステータスでも覗けなかったのは痛いな。だが……
〔ニティ。見れたか?〕
〔はい。ギリギリですがなんとか〕
〔さすがだな、後で確認する〕
〔了解です〕
さて、この状況どうしたものか。あの爺さんだけは敵に回さないようにしたいところだな。
ただこれで、あの爺さんと話せば目的の五つは達成できるな。
「はぁ、会いたいなぁ、父さん、母さん」
無意識に呟いた言葉だったのだが、ここでいう父と母とは、どちらの世界のことなのか知る者はいなかった。実際、彼の中に前の世界に戻りたいという思いがあるのかさえも……
前回の投稿から一週間が経ちました。本来ならもう少し早くに投稿できる予定だったのに。どうしてこうなった。ということで14話です。