1 プロローグ
俺は今、とても混乱している。
と言うのも現在俺の立っている場所には……いや、正確には立っていると感じている、此処にはある一つの例外を除けば、物体という物体、あらゆるものがない。もちろん呼吸はできるわけだから空気はあると思う。でも真っ白だし……それで、一つの例外っていうのが、いや、訂正しよう。正確には一人の例外っていうのが……
「ねぇ~、まぁだぁ~?」
この女の子だ。
この子はアリスというらしい、見た目ではだいたい中学生ぐらいで、ちなみに超絶美少女。
アリスは男とも女とも言い難い中性的顔立ちではあるが、細身ながら出るところは出るといったスタイルで、背はかなり低い。流石に小学生とはまではいかないけどね。そのスタイルの良さ、というか女らしさや子供っぽさから、少女だと推測できる。だから、謎の美少女だ。
最初見たときは正直、女神か、と思ったよ。
あまりにも、可愛らしい見た目だったので俺は、心の中ではこの女の子のことをアリスたんと呼ぶことにした。アリスたんはふわふわ~という効果音が付きそうな感じで宙に浮いている。てか、それだけじゃなく、欠伸をしながら横になり、俺に呆れの視線を浴びせている。
「ボクだってそんなに暇じゃないんだよ?」
さらに言うと、彼女はボクっ娘らしい。俺的好感度はグングン上昇してくよ、やったね!
っといけない。きちんと問いかけには答えないとね。
「後一時間待ってくれ」
「長いわ!!」
あれれ? おかしいぞ? 一時間なんて大した時間じゃないのにね? ネトゲしたり、ラノベ読んだりしてたら時間なんて日単位で過ぎていくのになぁ……
俺は彼女の冷ややかな視線をさらっとに受け流し、腕を組んで考え込んでいる。あそうだ、メタイけどさ、俺っていうのは主人公やってる空綺麗櫓実って名前の俺だ。
ざっくり状況を説明すると、俺は今、この何もない真っ白な空間で謎の美少女とふたりっきりだ。
なんでこんなことになっているのかは全くわからない。
全くだ。
おっと、そんなことより考えなくちゃな……
何を考えるかだって?
それはこれからわかるさ。
何せ、俺が考えている間は長いんだ。その間に回想の一つや二つ……
ということで回想どうぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝、自室のベッドで目を覚ました俺は、二度寝することを決めた。だが、その決断が実行されることはなかった。
「おーい! おにぃ! ごはんー♪」
そう言って俺の寝ているベッドに飛び込んでくる何かを横目に捉えた俺は瞬時に逃げた。なんて、瞬発力のある主人公みたいなことは、人生で一度も運動部に入らずに弛みきった俺の身体では実現できるわけもなく、意識は聞こえてきた声とその柔らかい身体に押しつぶされる息苦しさへと注がれた。
「うぐぇっ」
咄嗟に出た言葉はそんな、カエルのような、醜い鳴き声であった。いや、カエルに失礼だな。カエルの方が断然可愛いだろう。
「……おい」
「おはよう♪ おにぃ、ご飯できてるよ♪」
「……おはよう、佑夢、とりあえず毎朝ベットにダイブするのやめない?」
何かの正体は妹の佑夢だった。まぁ、ここは俺の家だし、毎朝起こしに来るのも妹の佑夢だけなんだがな。
「う~ん、昔からやってるからもう日課になっちゃってるしなぁ」
「はぁ……努力はしてくれよな」
「はいは~い♪ お父さん起こしてくる~ねぇ~」
そう言って部屋を出て行く佑夢に返事をしつつ、俺は少し残った腹部への痛みと柔らかさを振り切ってパジャマ姿のまま朝ごはんを食べに下に行こうと部屋を出る。すると同じく、佑夢に起こされたのであろう、パジャマ姿の父と目が合う。
「おはよう、櫓実、あ、寝癖付いてるよ」
「おはよう父さん、父さんも寝癖、付いてるよ」
彼の名前は父さん。
というのは冗談で、父の名前は麗二だ。 ”れいじ”と読みたくなるのはわかるが”うるじ”だ。
「ははっ似た者同士だな!」
「はいはい、さっさとご飯食べ行こ」
「釣れないなぁ」
などと挨拶を交わし、そそくさと階段を下りていく。中階段を過ぎたあたりで一階から漂う刺激臭に気づいた。なんとなく焦げ臭いような匂いだ。階下をみると微かに灰色の煙が漂っていた。
「ん? なんか、煙?」
早足で廊下を歩きリビングとつながるドアを開けると、同時に魚の焦げ臭ったような匂いと煙が襲いかかってきた。
「うわぁ、何これ」
リビングを見渡すと、部屋の中央、少しスペースの空いた空間で、爺ちゃんが魚を焼いていた。
「ん? ……おぉ、櫓実か、おはよう」
んで、爺ちゃんの名前が黎嗣。こっちは普通に”れいじ”だとよ。まぁ、父さんは婿養子だったから、爺ちゃんとは関係ないんだがな。
「おはよう、爺ちゃん……何してるの?」
見ればわかるが、一応念の為に聞いてみた。
「ん? ……なに今朝、そこの川で釣れてな、焼いてる……お、ちょうど頃合じゃな、ほれっ」
生憎と帰ってきた答えは的を射ていなかったのだが、それよりもっと大きなもんだいがあった。
焼きたての魚をアルミに包んでこっちに投げてきたのだ。
キャッチしろってか、できる気がしない。
だがそんな想像とは裏腹にキャッチはできたが……
「っい」
「あ、熱いから気を付け……大丈夫そうじゃな」
爺ちゃんの忠告は虚しく。
もらった焼き魚は床に落ちて、崩れていた。
「大丈夫!? ヤグちゃん!」
俺が咄嗟に声を出した為、母さんがお玉杓子を持ったまま、台所から走ってきた。
「あぁ……大丈夫だよ、母さん」
俺は一声心配ないとだけ伝えた。
彼女の名前は瑞姫だ。前々から思っていたが、あれ? 俺の家族ってば、年代感じなすぎ!?
それにしても母さん……なんでお玉杓子なんてもってるのかな? いつもの朝食は佑夢が作ってるはずなんだけどな……
「もう、お父さん! お部屋臭くなるから焼くなら庭出てって!」
「おぉ……すまんすまん、婆さん! そこ開けてくれ!」
「は~いよ」
婆ちゃん。いたのね……いたね。確かに、お茶の間のテレビ前で本当にお茶飲みながら座ってたね。
「これ、櫓実」
「ん? どうかした?」
「婆ちゃんの名は梓那じゃよ?」
「??? うん? そうだね?」
婆ちゃん……時々、こうやって意味のわからないことを言うことがあるんだ。そろそろ呆けでも入ってるのかなぁ?
「おっほっほっほ」
そんなやりとりの後、家族全員で朝食を食べ、それを終えると、すぐに部屋に戻った。というのも、今日から学年が上がり、授業も始まるため色々準備をする必要があったからだ、だが、その準備も昨日のうちある程度勧めており、すぐに終わった。そのあとは適当に今日の授業の予習などしながら佑芽を待って、それから玄関へ向かった。
「はい、これ、お弁当ね、佑芽も」
玄関へ向かうと母さんが二人分の弁当を持って待機していた。
そういえば、結局、今朝のお玉杓子の件は何もなかったので、もしかすると……いや、やめておこう。
「ありがと~」
「あ、ありがと……んじゃ、行ってきます」
「はい、二人共行ってらっしゃい」
「行ってきま~す」
そう言って俺と佑夢は玄関から出て行った。
「あっ、佑夢! 今日お願いね!」
「はいは~い、わかってるよ~」
と、玄関を出る寸前に佑夢は母さんから呼び止められていた。
お願い? あぁ、朝食の時、食材がどうのこうの言ってたっけな、とすると今日は俺も一緒に帰って荷物持ちかな。などと考えながら母に見送られ苦笑いしながら俺は玄関を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
きっと最初から違和感はあったのだ。
俺の家は大通りに近くて、歩くとすぐに通りに出る。
その通りはいつも多くの車が行き交い信号にも人がいるのだが、今日はこの信号に来るまでに誰にもすれ違わなかったし、今も反対側には誰も立っていない。いくら駅が反対側だからといっても社会人がこの時間にいないのは有り得ないだろう。
今までこんなことは滅多になかった、偶然だろうか? と妙に嫌な予感がして妹の方に顔を向けるが、
「なぁ佑夢、今日誰にも……?」
声を掛けたが、そこに居るはずの妹の姿はどこにもなかった、というより、在るべき風景全てが一面“白”まるで最初から存在してなかったかのように消え去っていた。
「……っ!! なん!? だ?」
「やぁ! ヤグミ君? だったかな?」
「ぅえ!?」
急に後ろから声をかけられた俺はびっくりして振り向きざまに尻餅をついてしまった。
「ぃった!!!」
尻餅をついたそのままの状態で俺は急に目の前に現れた人物に目を奪われてしまった。
そこにたっていたのは、まだ年端もいかないであろうと思われる女の子であって、それでいて年上の女性独特の色気を持ち合わせている、奇妙な、しかし目の離せなくなるような美しい少女であった。
「ん? キミ今少し不謹慎なこと考えなかった?」
「へ!? ……いや、何も」
当然だろう、その女の子とも女性とも判断のつかない少女の来ている服が古代ローマ時代の袖脇の空いた白いもので、さらにふわふわレースの刺繍が施されたミニスカワンピのような大胆な服装であり、尚且つその少女の身長はそんなに高くないが出るとこは出た、ナイスボディの持ち主だったのだからだ。これは意識せざるを得ない。
「そう…………これだから思春期の男ってのは……はぁ」
「いや、だから違うって!」
「ふ~ん、まぁ、今回は見逃そう」
「……てか、君、誰?」
「おぉおぉ、いいね、いいねぇ、冷静だねぇ! ぼく感激だよ!!」
「? どうも?」
「えへへ、では、改めて………………初めまして! 僕は境界を司る神様やってるアリスだよ! 突然で悪いけど今から君は異世界に行ってもうことになりました! 大変だろうけど頑張ってね♪ はい拍手!」
「……………………………………うん?」
そう言って目の前の神(自称)ことアリスは俺に夢を与えてくれるようだった。ありとあらゆるものが詰まった、オタクにはこの上ないご褒美なもの。そんな、理不尽な夢を受け取った俺は、静かに意識を手放した。感激の涙を一筋浮かべながら。