職業名 コンビニ使い
突然の大雨、最近流行りのゲリラ豪雨というやつだ。
自転車でのコンビニ帰り、もちろん傘なんて持ってない。
俺は機銃掃射のごとき容赦のない大粒の雨から逃げ場を探して自転車を走らせる。
道の両側は寂れた商店街、シャッター通りというだけあって入れるような店も無し。
部屋着だし、服や身体はいいが、ポケットのスマホやコンビニで買ったばかりの荷物が濡れるのは嫌だな。
思っているうちに雨だけでなく、雷も鳴り出す始末。
いよいよどこかに避難せねば・・・。
雨に霞む視界にぼやけた光が目にとまる。あれは電話ボックス、調度いい。
都会ではほとんど見なくなったけど、開発から取り残された地方都市の商店街だけのことはある。
俺は自転車を電話ボックスの脇に立てかけると、その狭い箱の中に飛び込んだ。
かなり古い電話ボックスだけど、雨宿りするぶんなら十分だ。
くすんだガラス越しに空を見上げると雷の閃光、間髪入れずに雷鳴が轟く。かなり近い。
次の瞬間、電話ボックスのガラスがストロボのように強烈な光を放ち、轟音と同時に俺の意識は吹っ飛んでいた・・・。
「うう、頭いてぇ。耳がいてぇ。臭ぇ・・・」
朦朧とする頭を振り、意識を引っ張り起こす。何か知らんが頭は痛いし、耳は痛いし、とてつもなく臭い。
臭い?雷に打たれたはずなのに何で臭い?
ハッとして目を開けると俺は腰までドップリと臭い液体に漬かっている。周囲を見回すと木で覆われた狭い部屋。俺は床の中央に開いた穴にすっぽり嵌まっていた。
「って、便所じゃねぇかぁぁ!!汚ねぇぇぇぇ!!!」
慌てて這い上がって便所から飛び出す。
外に出ると地面に生えてる草の上に転がり回って腰から下の汚物をぬぐい落とすも、べたべたして気持ち悪りぃ!
何なんだよ、もう最悪だ!!電話ボックスに居たはずなのに何で便所に?
自分が飛び出してきたものはボロい木の板で作られた箱で床には穴。
形や大きさは電話ボックスに近いけど、どこから見ても古い便所だ。
商店街にこんな貧相な公衆便所なんてあったかな?
と、見回すとそこには商店街なんて無い。
周りは田んぼや林が点在するド田舎で、ここはどこかの家の庭らしい。
母屋らしきその家にしても戦国時代の大河ドラマに出てくるような木造の貧相な造りだ。
他に幾つか見える数少ない建物も同じだし、何より人が住んでる気配が全く無い。
どの家も雑草に覆われ、屋根は落ち、木戸は朽ちている。
「・・・なんだここ?どっかの廃村?え?なんで?」
どこかの廃村にしてもおかしい。
人の気配どころか、俺が居た時代の文明の気配も無いのだ。
車、電柱、ポストや標識、看板の類・・・。視界にあるものはほとんど木か石で出来ている。
え?え?テレポーテション?
いや、タイムスリップ?あの雷で?
母屋らしき家の中を覗いてみると、部屋には囲炉裏に籠、編み笠。
金属製の物といえば、に立てかけてあったクワの先にペロンと付いてる程度。
そんな中、ガサリと鳴ったビニール袋が風になびく音。聞きなれた何でもない音なのにすごく嬉しい。
文明開化の音がする!!
その音源は俺が出てきた便所の中、コンビニ袋だった。
急いで取りに走る。今の混乱で何を買ったかすら思い出せないけど、現代社会を繋ぐ物があるだけで心強い。何か使える物があるやも!
ズシリと重いコンビニ袋に手を突っ込むと、最初に出てきたのは、
アーイースークーリーーム!!!(当たりつき)
って、溶けてるし!買った覚えは、あるような無いような・・・、思い出せん。
ええい、次だ!
生ー理ー用ー品ー!!!(夜用スーパー)
えええええ???知らない、知らない!買うわけない!俺は男だぞ!
もっと他に無いのかよ!
レーシーート!!!(お買い上げありがとうございます。合計389円税込み 20:38 牧村)
そうそう、たまに捨てずに丸めて袋に入れちゃうんだよな~。って違う!
あれ、ちょっと変だぞ、このレシート。
20:38
俺が買い物してたのはせいぜい16:00頃だったはずだ。
血迷ってても買うはずの無い生理用品といい、何かおかしい。
そう思って袋の中を覗くと、なんだか袋の奥がもやもやと霞んで見える。
何だあれ?
恐る恐る手を入れてみると、不思議なことに手の先が消え、指に何かが当たる感触。取り出してみるとそれは、
殺ー虫ースープーレーー!!!(射程1mの超強力噴射)
やはり変だ。何も無いはずの袋から買ってもいないコンビニの商品が出てくるなんて。
それにこの周りの世界、どう考えても現代日本ではない。
周囲の家の文化レベルは戦国時代~明治初期辺りの農村。
やはりタイムスリップの線か・・・。
いやいやいや、無い無い無い無い!!!
たぶん雷に打たれて、俺は病院。そしてここは夢の中。
タイムスリップなんて、ほんまマンガやで!!
と、楽観的な結論に逃げた俺の襟首を掴むように遠くの山からサイレンに似た音が聞こえてくる。
あれは法螺貝の音だ。続いて陣太鼓の音。戦国時代の情報伝達や合戦の合図だ。
やはりここは戦国時代で、俺は電話ボックスに落ちた雷で飛ばされたのか・・・。
すると突然、すぐの脇の林の中を何か走って来る。ここが合戦場ならどちらかの陣営の偵察隊だろう。
「くそ、武器も防具も無いのにどうしろってんだ!」
しかし、相手は同じ人間。アニメやマンガみたいに事情を話して味方になって貰えば・・・!
やがて目の前の藪が揺れ、大きな影が飛び出して来た。
「待ってくれ!俺は敵方じゃない!話せば分かっ・・・」
話せば分かる相手じゃなかった・・・。
それは体中毛むくじゃらの2メートルをゆうに超える狼に似た獣。
四肢には鉄の足枷、顔や胴体には簡易な鎧を装着している。
その姿はまるでファンタジーモノに出てくる魔獣、ガルムそのもの。数は3匹。
あれ、戦国時代ってそんなの居たっけ?
ガルム達は唸り声をあげながらこちらの様子を伺っている。
見慣れない俺に向こうも戸惑っているのか、鼻を鳴らし、隙の無い動きで散開してジリジリと距離を詰めてくる。
三方から囲まれ、逃げ場を塞がれた俺は絶体絶命。涎が滴り落ちるガルムの巨大な口からは鋭い歯覗く。
あれに嚙まれたら痛い、痛い、だな~。
なるべくリアルな想像はしないことにして、何か無いかとポケットを探る。
これなら逃げる隙を作ることくらい出来るか!?
俺は三匹のガルムの中央にソレを投げる。
パパパパッ!パッパパー!!!
大音量でipondから流れる音楽に驚き、ガルム達が大きく後ろに飛び退く。
今だ!逃~げろ~~!!
俺は一目散に廃屋に向かって走る。
ボロといえどもあそこに立て籠もれば撃退できる可能性もある。
廃屋の戸口までもう少し!
だが背中に受けた強烈な衝撃で地面に引き倒される。
俺はガルムの前足に押さえつけられ身動きが出来ない。
背中にグチリと巨大な爪が食い込み、後頭部にガルムの牙が迫る。
痛てぇぇ!!くそ!!コンビニ帰りになんて死ねるかよっ!!!!
最後の足掻きとばかりに手を伸ばして壁に立てかけてあったクワを掴んで思いっ切り後ろにぶん回した。
ギャオン!!!!
背中の拘束が緩み、俺は身体を回して仰向けなると怯んだガルムの顔目がけて強烈なキックをお見舞する。
決まったゼッ!!!!
しかし俺の足はガルムの顔ではなく巨大な口にズッポリ。
包丁が並んだ様な牙。少しでも口を閉じたら綺麗に膝から下が無くなりそうだ。
だがガルムは噛み千切るどころか俺の足を吐き出し、ベッ!ベッ!と咳き込むように転げまわってる。
そうか、腰から下はさっき便所の中に浸かってたんだ・・・。
犬系の獣は嗅覚が鋭いだけに強烈な臭いには敏感だ。
神様!便所に落としてくれて感謝します!
俺は廃屋に飛び込むと、それを追って別のガルムが木戸を易々とぶち破り飛び込んで来る。
どうやらほとんどバリケードにもならないらしい・・・。
その辺の棒切れを掴み、ガルムの頭をぶん殴るも逆に棒切れがへし折れた。
どうやらほとんど武器にもならないらしい・・・。
お返しとばかりに、ガルムの前足の横払いで俺の体が宙を舞う。木戸を突き破って外に吹き飛ばされた俺に飛び掛かって来たガルムの牙が眼前に迫る。
「うおりゃぁぁぁぁ!文明の香りを食らえ!!」
すかさず殺虫スプレーをガルムの顔に吹き付ける。
1mの超強力噴射だけあって見事にガルムの目と鼻に命中。
ガルムは前足で顔を搔きむしりながら地面を転げ回っている。
しかし、残った1匹のガルムが仲間の敵とばかりに襲い掛かってきた。
ええい!なんかないか!!
ポケットにぶにゅっとした感触!こうなりゃ何でもいい!
えいっ!
と投げたがすぐ前の地面に、ペトッ!!
溶けたアイスかよっ!役たたねぇ!
だが俺を目がけて突っ込んできたガルムがそれを踏んで盛大にズッコケた。
・・・やりやがったな、と怒りに燃える目で俺を睨み、ガルムが体を起こした。
もう終わりだ、残ったのは生理用品だけ・・・。
コンビニ帰りに下半身クソまみれで生理用品握って死ぬなんてな・・・。
俺があまりにも報われない死を覚悟した、その時、
「撃てっーーーー!!!」
勇ましい号令と共に鋭い発砲音が幾つも響き、ガルムの身体が廃屋の壁に叩きつけられた。
突然の出来事に呆気に取られる俺の前に現れたのは中世西洋風の甲冑に身を包んだ一団。
腰にはサーベル、手には口径の大きな銃や槍を携えている。
その一団はあっと言う間に倒れているガルムにとどめを刺すと、残った2匹は這う這うの体で逃げて行った。
10名程の顔まで覆われた金属の鎧を着こんだ一団が武器を向けて俺を取り囲む。
あの装備でも無駄のない統率された動き、かなりの手練れらしい。
この世界で初めて言葉を話す生き物に出会ったが、周りは日本の農村、目の前に居るのは西洋の騎士と全くマッチしない取り合わせだ。
さっきのガルムといい、ここの世界設定が掴めない。
やがて中央に居る豪華な装飾の騎士がマントを翻して俺の前に進み出る。おそらく指揮官なんだろう。
ゆっくりと指揮官らしき人物がフェイスシールドを開く。
青い眼をした白人のブロンド美少女だった・・・。
「お前のその容貌、ヤマト人だな。どこの国の密偵だ?」
そのブロンド少女は無表情に、感情のない声で問いかけてくる。
ヤマト人?日本人のことかな。密偵って要はスパイだろ。
「えと、俺は日本人で、国は日本国・・・。あと密偵じゃなくて一般人なんだけど」
他に答えようがないのだが、それを聞いたブロンド少女は眉をひそめてじっと俺を眺める。
「ニホンとは聞いた事がないな?それにただの民だと?ただの民が奇妙な術でエルフェリアのガルムを退けたと言うのか?・・・この期に及んでしらを切るのか!」
語気を強めたブロンド少女が腰のサーベルに手を掛ける。
まずい展開の気がするけど何て答えたら良いのか分からない。
「奇妙な道具や術の事を聞く為に危険を犯して助けてやったのだ。それに見合うだけの情報は何としても吐いてもらうぞ。……こいつを縛り上げろ、城に戻る!」
え?俺囚われるの?城で、拷問ですか?吐くものなんてないのに!強いて言えば、自分の下半身の臭いで吐きそうです。
そして二人の甲冑が俺を押さえつけて手足を縛りに掛かる。
待って!中世西洋の拷問ってかなり酷いって前に読んだ気がする!
ケツに杭とか打ち込むんでしょ?!絶対嫌だ!!
「おい!暴れるんじゃない!」
抵抗する俺を甲冑が怒鳴りつける。
どうやら中身はおっさんらしい……。景品じゃないし、美少女がもれなく入ってる訳じゃないか。ガッカリ。
「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」
その時、周囲から聞こえる鬨の声!再び俺の救世主の登場か?
現れたのはようやく戦国風の鎧を着た武士達。
同じ日本人の登場にほっとするも、……今度こそ見方であってくれよ、と願う。
20人程の鎧武者や足軽達が西洋風の騎士と対峙する光景は何だか変な感じだ。
両者共に刃を向け合って牽制し合い、その中心に下半身クソまみれの俺。
「兵を引いてください。ここは当家とエルフェリアの戦場ですよ!」
と勇ましい叫びと共に現れたのは赤い鎧を纏った和風美人!
ブロンド美少女も良いが、やはり凛としたやまとなでしこが俺の好みだ。
それにブロンド美少女が応じる。
「こちらもこの戦に干渉するつもりはない。我々はただ戦の趨勢を見極めに着ただけだ」
「ならばその人を返してください。無辜の我が国の民を拉致するとはどういう事ですか?」
そうか、俺は見た目が同じだからか!日本人に生まれて良かった!
「民だと?その者は妙な術や道具を使う密偵だぞ?捕らえた捕虜は連れ帰る権利がある!」
「解せませんね?刃も交えていない者を捕らえて捕虜ですか?それに先程、その者は自分はただの民だと言ったはずです。これはそちらの言う騎士道精神に反するのではないですか?」
それを聞いたブロンド美少女が観念したように笑みをもらす。
「ふっ、そうだな……。無抵抗な者を捕虜にはできん。城へ帰るぞ!」
ブロンド美少女が部下達に命じ、西洋甲冑の一団は林の中に消えて行った。
そして戦国美少女が俺の縄をほどいてくれた。
「しかし、あなたは何者ですか?名は何と言うんです?それに見たことの無い格好だし。あのガルムと戦って撃退したらしいですね……」
「ああ、俺はコンビニ帰りなんだ……。あのガルム?ってのを追い払えたのは運良くコンビニの商品が使えたからさ」
コンビニ帰りにこんな訳の解らない世界に飛ばされたのは不運だったが、完全に運が尽きた訳でもないらしい。
「なるほど……!じゃああなたはそのコンビニとやらの道具で戦う『コンビニ使い』なんですね!よく解らないけどすごい!」
は?なにそのジャンクフードばかり食べてそうな称号!
それにこの戦国美少女、なんか魔法使いにでも会ったみたいなキラキラした目で俺を見てるし。
「では是非我が城へ来て、いろいろお話しを聞かせてください!コンビニ帰り殿!」
「待ってくれ!確かに俺はコンビニ帰りだけど、名前じゃないから。名前は比良坂和真」
「比良坂殿ですね、私の名は二階堂多栄と申します」
「多栄ちゃんかぁ。改めてよろしくね!」
「・・・ちゃん!?・・・なんだか親しみを感じて、心がほっこりする敬称ですね!気に入りました!」
そう言って多栄は無邪気に微笑む。まるで野に咲くキキョウの花のように可憐な笑顔だった。
少し天然ぽいけど、そこがこの子の魅力なんだろう。
まずは本陣の置かれた砦まで向かう途中、多栄がこの世界の事をいろいろと教えてくれた。
まずここは日本という国ではないこと。ヤマト人が治めている土地をヤマトと言い、姉小路家はその中の大名であること。
そしてヤマト以外にも南蛮人が住むクロノワール王国と、さっきのガルムなどの様々な魔物や妖術を使う異形の者が住むエルフェリアという国があること。
いつの頃からか、この三国が三つ巴の戦いを続けていること。
その道中、エルフェリアの軍勢とおぼしき翼竜が頭上を飛び去るのを見て、俺は本当に異世界に来たことを実感した。
帰る方法はサッパリ解らない。唯一の繋がりはコンビニの商品が涌き出るコンビニの袋だけだ。
あのレシートから察するに、このコンビニ袋の中だけが元の世界の誰かの袋と繋がってて、誰かが買った商品を取り出す事が出来るらしい。
剣術や特殊な知識も無い俺が生き残り、帰る方法を見つけるにはこのコンビニ袋とコンビニの商品を最大限に使うしかない。
コンビニ業界の方、もっといろんな商品を充実させてくれ!
特に武器、防具の類いを!
そしてみんな、もっとコンビニで買い物をしてくれ!
俺はそう切に願わずにはいられない……。
最後に言い置いておくが、生理用品はガルムとの傷の手当て(顔)にとても役立ちました……。
第1話 終