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UNBELIEVERS  作者: 津嶋千世
6/7

それぞれのその後

 一瞬の静寂の後で、突然叫び声がして晶子は、はっと声がした方を見た。

「ぐぁぁぁっ!?」

 晶子の視線の先では声を上げながら紀之が倒れていた。左肩からは吹き出すように血が出ている。

「紀之!?」

 晶子が駆け寄り、抱きかかえるが紀之の意識は既に無かった。

 どうして?どうして気が付かなかったのだろうか?あんな怪我をしていて自分の未熟な止血で血が止まる訳がなかったのだ。奴の声が聞こえると知った時に気が付かねばならなかったのだ。何故、簡単に血が止まったのかを。

 奴の支配から解き放たれた紀之はそうなる前の状態に戻った。つまり、大量出血による瀕死状態だ。

「斎賀さん!」

 晶子は我を忘れて叫んだ。

「お願いします。助けて!紀之を助けて下さい!」

 晶子は紀之の名前を呼び続けた。

「紀之、紀之、しっかりして。死んだら駄目!」

 晶子の体も紀之の血で染まっていく。その様子を見た斎賀の部下が急いで救護に向かう。

「五十嵐、ほら、離れろ」

 斎賀は晶子の腕を掴んで紀之から離した。そして部下に指示を出す。

「今、救急で運ぶから。どのみち、あいつは全身精密検査だ。奴の声を聞いたんだからな」

「…」

 晶子は担架で運ばれている紀之をじっと見つめたまま、斎賀に支えられてようやく立っていた。自分の無力さに打ちのめされていたのだ。

 何故、いつも気が付かないのか。その時の感情が全てだと思ってしまうのか。つい嬉しくて紀之と心を通わせてしまった。それがこの結果だ。もっと彼を救う手立てがあったのではないか。晶子の心は折れそうだった。

「…なあ」

 ふと声がして晶子は振り返った。そこにはいち早く手当を受けた豊がいた。今回の件で唯一軽傷の彼は晶子に感謝の言葉を述べた。

「悪かったな。最初にあんたにキツイ事を言った。でもあんたのおかげで助かった」

「…そんな事」

 そんな事は無いと言いかけて晶子は口を閉じた。豊が微笑んでいたからだ。

「俺、忘れるよ。今日の事。そうした方がいいんだろう?」

「…!」

「きっと俺はあんたとはもう会えないんだろう?だから今、言うよ。俺が生きているのはあんたのおかげだ。ありがとう」

「…うん」

 そうとしか言えない晶子に豊は笑った。

「泣くなよ?これからも頑張れな」

 そう言って豊は救護班の元に戻った。彼はこれからこの件の事を忘れなければならない。晶子とは会ったとしても分からないだろう。晶子もそうだ。彼を覚えていてはいけない。晶子は手で涙を拭った。泣いている場合ではない。思いがけない人物がきっかけとなる時もある。今がそうだ。豊の存在は晶子を冷静にさせた。

「戻らなくちゃ」

現場の後処理のために晶子は再び学校へ向かった。



 けがの手当てを終えた豊は筋肉質な大男に問われた。

「このまま全てを忘れるか、俺達と共に来るか」

 豊は迷わず前者を選んだ。

「約束したんです。今までの生活に戻るって。だから」

「そうか」

 大男はそれ以上、何も言わなかった。

 何かの治療を受けていた時、豊は気を失った。そして次に目が覚めた時は事件から二日が経過していた。

「…?俺は…」

 ベッドに寝かせられていて、何か機械音が聞こえる。

「あれ?」

 豊が目を覚ました事に気が付いた看護師が急いで医師を連れて来た。そしてその後で両親もやって来た。

「良かった、良かった」

 豊の母は泣いていた。

「母さん?俺って…」

「何も覚えていないの?」

 医師や両親が言うには豊は立ち寄ったコンビニを出た所で倒れていたという事だった。通りかかった人が救急車を呼んでくれて病院へ運ばれたが、意識不明のままだった。

「でも、良かった。良かった」

 母の泣き方に違和感を持った豊はその時の事を懸命に思い出そうとした。

「俺、そうだ。同窓会に行こうとしてて、途中で煙草買おうと思ってコンビニに寄って…。あれ?田村は?」

 そう言うと父が苦い顔をして新聞を差し出した。そこには廃校になった小学校の校庭で突然爆発を起こした事件の詳細が載っていた。爆発の原因はどうやら戦時中の不発弾だという事だった。

「これって…」

 だんだんと蘇る記憶。豊は体を震わせた。それは自分が出るはずの同窓会だったからだ。

「俺、田村と一緒に行くはずだったんだけど、煙草をきらしてたからコンビニに寄ったんだ。田村には先に行くように言ってて。あいつ、煙草は吸わないから。じゃあ、田村は?」

「…」

 両親は黙って首を横に振った。

「…っ」

 豊は衝撃を受けたまま、新聞を握りしめた。

 それから一カ月が経ち、豊は自分が助かった事の罪悪感を拭う事がなかなか出来ずにいたが、カウンセリングに通う事で今までの生活を取り戻しつつあった。

「よう、もう大丈夫なのか?」

 久しぶりに顔を出した草野球で豊はほっとしたような安心感を得ていた。

「ええ。結局、倒れたのは原因不明なのでしばらくは一カ月に一回は病院に行かなくちゃならないんですけどね。でもどこも何も悪くないんですよ」

「そうか。じゃあ、来月くらいからは復帰出来るな?レフトはお前のポジションだろ?」

「はい」

 とりあえずその日は見学していた豊の隣にある女性がやって来た。

「長谷川さん!もう大丈夫なんですか?」

「…!ああ、うん」

 ショートカットの彼女はいつもチームの応援に来てくれる同じ会社の別部署の二つ下の後輩だ。

「良かった。心配してたんですよ。あ、チームの皆さんで!」

 そう言って少し顔を赤くさせた彼女を見た時、ふと彼女を食事に誘いたいという衝動が湧き上がった。何故かそうしなければならないと強く思ったのだ。

「あのさ、成島さん」

「はい?」

「この後、時間ある?良かったらご飯でも食べに行かない?」

「…!はい、良いです!」

 嬉しそうに笑った彼女を見て、豊は満足感に満たされていた。

「良かった。ようやく誘えたよ」

 誰に言う訳でもなく豊はそう呟いた。



 その頃、晶子は河口から報告を受けていた。紀之の事だった。

 あの後、紀之は三日間、寝続けた。そして意識を戻した時にはもう記憶を失っていた。事件の事は勿論、同窓会に行った事も、そもそも同窓会の存在自体を覚えていなかった。

「伊藤紀之は一人暮らしで両親は既に死亡。兄夫婦とは疎遠で、友達も少ない。今回の同窓会はどうやら当時の友達に誘われて行ったらしいが、その友達の死亡は確認された。上の見解ではこのまま同窓会に参加した事そのものを忘れたままにしておいた方が良いということだった。今は兄夫婦に引き取られた。一応、退院する時に俺も立ち会ったが、兄夫婦はあまり歓迎してなかったな。多分、また一人暮らしに戻るだろう。二週間に一回、経過観察のために通院させるが、静香が見た感じでは奴の影響は残っていないらしい。何も覚えていないんじゃ、そのまま触らない方が良いかもしれない。少なくとも、それが上の方針だ」

「そうですか」

 紀之は晶子の事も全く覚えていなかった。

「悲しいか?」

 そう河口に問われて晶子は首を横に振った。

「私が覚えていればいい事ですから」

「そうだな。俺達は忘れられなかった。何が起こってもそうだ。これが俺達とあいつの違いかもしれないし、奴の力かもしれない」

 一件目の事件の後で晶子達生き残りは忘れる事は出来なかった。何をされても記憶を消す事を拒んだのだ。

「もしかしたら伊藤紀之自身が記憶を奥底に閉じ込めたのかもしれない。だったらそのままそっとしておくというのは正解かもしれない」

「…そうですね」

 晶子は紀之が緩く笑って「生きていたら仲間に入れてよ」と言っていた姿を思い出していた。

「紀之には助けられました。紀之が体当たりで何度も私を助けてくれたんです。それで私は生きてる。この感謝の気持ちは持っていていいですよね?」

「勿論だ。お前の感情や記憶はお前だけのものだ」

「はい」

 晶子の心には寂しさがあった。虚しさかもしれない。結局、何も得られなかった。しかし河口は

「お前のおかげで二人の命を失わずに済んだ。晶子、お前はよくやった」

 と言って晶子の功績を称えた。

「今回の晶子の働きは奴らの情報を多く引き出す事が出来た。その事で明日、会議を行うから忘れないように」

「はい」

 そう返事はしたものの、「結局、自分は無力だ」という感情は消せない。晶子が二人の命を持って生還したのは事実だが、それ以上の命が失われた。そして生き残った命も晶子を覚えてはいない。その事は晶子にとって喜ばしいことでは無い。更に晶子はこの世で一番大事だった人を失った。

「大輝…」

 口に出すのも苦しい程、愛しい存在。しかし彼は消えた。それが晶子にとってどれ程の苦痛なのか、今もその痛みを感じる。愛美も智明も結局は救えなかった。どうして、どうして。そればかりが心に浮かぶ。この先ずっとこれは持ち続けるのだろう。晶子はそう思っていた。

 それでもここに留まっているわけにはいなかい。晶子は河口から次の指令が下されていた。

「晶子、お前は生き残りだ。一度目は偶然だが二度目は必然だ。お前はあいつと直接対峙して生き残った数少ない証人だ」

 河口が晶子を呼んだのは紀之の報告だけではなかった。

「お前には最低限の知識や技術を学んでもらう。晶子と同じ経験をした人と共感できるくらいにな」

「は?」

 運命は晶子が思っているよりも速く進んでいるらしかった。思い出にひたるより早く、事実確認をする時間もなく、晶子は明日へと進んで行く事となる。


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