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UNBELIEVERS  作者: 津嶋千世
3/7

状況の変化

 愛美の言葉が嬉しくて晶子はのぼせてしまっていた。今までの自分があっても良かったのかもしれないと思えた。

 その気持ちが油断となった。何故、愛美が一人で来たのか。何故、トイレの中に一緒に来るように言ったのか。何故、愛美は晶子に好意的だったのか。すぐに気が付くべきだったのにボンヤリしてしまったのだ。しかし愛美の言葉を反芻するうちにはっとした。

(まるで最後の言葉のようだった!)

 慌てて晶子は図書室に入った。そして思った通り、そこには誰もいなかった。外に向いている唯一の窓が開いていてそこから出て行ったらしかった。

「ちっ」

 晶子は舌打ちをして窓から身を乗り出す。既に下に降りた皆が走っているのを確認した。最後に走っているのは愛美だった。彼女は囮だったのか。晶子は自分の浅はかさに苛立った。どうしてもっとちゃんと言わなかったのだろうか。どうしてもっと皆に注意をしなかったのだろうか。どうしてもっと…!

 愛美がふと振り返り、晶子を見た。彼女は悲しそうな顔をしていた。謝っているのかもしれない。晶子はあの時の愛美が嘘だったと思いたくなかった。

「ちっくしょう…!」

 思わず悪態をついて晶子は駆け出した。彼らが向かっている先にはグラウンドがある。正面玄関から出ようとしてもグラウンドの前を通るし、それ以外から出るためにはグラウンドを突っ切る必要がある。あの光景を見て正気でいられるだろうか。目を逸らしていた現実に足を止めるかもしれない。晶子は玄関に降りて外に出た。そして彼らを見た。

 グラウンドには倒れたままの人人人。皆もう息は無い。目を見開いたまま息絶えた人人人。今まで見たことも無い風景に皆の足は竦んでいた。

それでも「さあ、行くぞ!」と叫びながら先頭を行くのは豊。行動力がある彼は先頭を買って出たのかもしれない。豊の後ろには真知子が続いていたが、その足は止まりかけていた。周りに横たわる遺体を見て両手で口を覆っている。真知子の隣にいる紀之も辺りを見渡しながら少しずつ足が動かなくなっていた。しかしその後ろで走る智明は勢いを止めずにいた。大輝の腕を掴んで真っ直ぐに前を向いている彼は真知子と紀之を追い越していく。孝一郎と聖花もそれに続いていた。聖花は周りを見ないように俯いたままで、孝一郎が彼女を支えながら走っていた。一番後ろにいる愛美も追いつくところだった。彼女は必死に周りを見ないようにしていた。見たら止まってしまうからだ。

まるで障害物を超えるかのようにして死体を避けながら走っている彼らの前に出なければ手遅れになる。この建物を覆う薄いバリアに触れれば奴らが下りてくる。そしたら全員無事では済まない。晶子は走ろうと足を一歩出した。と、その時だった。豊の前に一筋の光が空から降り注いだのだ。豊は驚いて走るのを止めた。先頭の豊が止まった事でその後ろの全員がスピードを落とした。そして光の前に並ぶようにして立ちすくんでいた。何故なら、地面に映し出された光の際が盛り上がり、次第にそれが人の形を成してきたからだ。皆、唖然としていた。光は髪の長い女性の姿に変化した。

「ああっ…」

 真知子が跪いて祈りを捧げるように手を合わせた。

「神だ…!」

 叫ぶように言った。その目に盲目さが浮かぶ。紀之は戸惑い、光を見た。表情は分からないのに笑っているように見えた。

「神…?あれが?」

 皆から少し後ろにいた紀之が怪訝な顔になって奴を見た時、ビュッと何かが左肩を貫いた。

「!?」

 力が入らず崩れ落ちる。そして自分の肩から血が噴き出しているのが見えた。何が起きたか分からなかったが、これが奴に攻撃された結果だと理解した。そうやって隣にいた女の子が倒れたのを数時間前に見たからだ。

「ぐっ…」

 紀之が膝を付いてどうにか倒れまいとした。そこに晶子が走って来た。

「座って!そして止血して!光は貫いた?」

「…分からない」

 紀之は血だらけの左肩を右手で押さえた。これが止血になるかは分からないが、まだ死にたくなかった。

「神の意向に逆らったせいよ」

 真知子が呟くように紀之に言った。紀之が信じられないような顔で真知子を見た時、晶子は否定の声を上げた。

「ふざけるな!あんなものが神なもんか!あれが神だっていうのなら私は無神論者でいい!」

 晶子は人の形を取った奴に向かって走った。奴はゆっくりと腕を上げている形を作った。

「…!!伏せて!」

 叫んだが、奴の腕の先から細い光の筋が発せられた。その光は聖花を庇うようにしていた孝一郎の腹を貫いた。

「ぐはっ!?」

 孝一郎は血を吐いて倒れた。

「孝一郎くん!?」

 聖花はパニックになって叫んだ。

「孝一郎くん!?孝一郎くん!?いやああああああ!」

 その声が消えないうちに今度は智明と大輝に追いついた愛美に向かって手をかざそうとした、と思う。確認もしないうちに晶子は愛美に体当たりをして智明と大輝ごと纏めて押し倒した。

「きゃあっ!?」

 愛美は転んで倒れた。その上をヒュッとレーザーのような光が走って消えた。

「晶子…」

 愛美は泣いていた。

「ごめん、晶子」

「いいから!」

 晶子は一番前にいた豊の前に立ちふさがった。

「…」

 どこに顔があるのかも分からない相手を睨む。晶子を確認した光はユラユラと小刻みに揺れた。

(笑っている?)

 奴は姿を女性から姿を変えて三歳児くらいになった。

「…!?」

 その姿は知っている。前にも見た。

「お前…!あの時の!」

 最初に奴らに会った時もその姿を取っていた。奴はまだユラユラと揺れている。確実に笑っているのだ。そして揺れたまま手の形を作り、指差した。その指先から光が発射される。その光は愛美に向かっていた。

「…!」

 振り向く間もなくその光を足に受けた愛美は「きゃあっ!?」という声とともに転んだ。足から血が噴き出す。晶子は考える間もなく、さっき晶子に押し倒れたまま這い蹲っている大輝の足を引っ張った。

「うわっ!?」

 と、そこに光が空を切る。

「…!?」

 大輝は腰が抜けて立てなくなった。

「逃げて!奴の光の届かない場所まで!」

 晶子は智明に駆け寄った。

「二人を連れて這ってでも逃げて!早く!」

 それから奴を見ると既に光の届かないほどの距離を開けていた豊に向かって照射している所だった。豊は四つん這いになりながらも奴から逃げていた。

「その光は三メートルほどしか届かない!逃げて!」

 晶子は豊にそう叫び、次は聖花の姿を探した、その時だった。はっとした時には紀之に突き飛ばされていた。彼はほとんど本能的に動いていた。晶子を助けるために。紀之と一緒に倒れた晶子が見たのは光を直接照射されて血だらけになって倒れる聖花だった。

「…っ!」

 言葉にならない悔しさで晶子は奥歯を噛み締めた。

「俺たちも早く」

 紀之の左肩からは血が流れ続けている。それなのに助けてくれた彼に感謝しつつ、晶子は紀之を支えながら奴から距離を取った。今、奴には上からの光しか無い。移動するには一度上に戻らねばならない。それでも十秒もすれば再び地面に現れる。その前に逃げたい。こうなれば散り散りに逃げた方がいい。どうやら相手は一体だ。どうにか逃げ切れるかもしれない。そう思いながら周りを見た晶子の心に絶望が浮かんだ。真知子が奴に向かって祈りを捧げ続けているのだ。それを見た豊も膝を付いて震えながら命乞いをしている。智明は愛美の側にいたが愛美は痛がって動けない。そして大輝は呆然と座り込んで奴を見ていた。

「もう嫌だ。どうして俺ばっかりこんな目に…。助けてくれ…、助けて…」

 心が折れてしまった大輝はそう叫んでいた。慌てた智明は大輝に駆け寄り、何かを話しかける。そしてそれを愛美が悔しそうに見ていた。

「俺たちも逃げよう」

 紀之が晶子の耳元で小さく言った。しかし晶子は首を縦に振らなかった。

「助けるって言った。私、確かに助けるって言ったのに」

 走り出そうとした晶子を紀之が慌てて止めた。

「あんたまで駄目になってどうするんだよ!」

「―――っ!」

 晶子はビクッと体を震わせた。紀之の肩からはまだ血が出ている。治療しなければならない。改めて晶子は彼らを見た。真知子に合わせて豊も大輝も智明も奴に向かって祈るように蹲っている。愛美だけが匍匐前進で少しずつ奴から距離を取ろうとしていた。

「愛美!」

「晶子、あれは神様…なの?」

 愛美は顔だけ上げて聞いた。懇願しているように見えた。混乱している自分の心に平静を取り戻させてほしいと。晶子はそんな愛美にきっぱりと断言した。

「そんな訳ないじゃない!あんなのは神様なんかじゃない!」

 そして晶子が愛美に手を伸ばそうとした時だった。愛美の足が光りだす。

「!?」

 そこに奴が飛んできた。そして自らを女性の形に変化させた。それが愛美の姿だと気が付いた晶子はギリリと奥歯を噛み締めた。

「くっ―――!」

 愛美の姿を映し出す光は晶子を嘲笑うように揺れた。自分が出来る事を晶子に見せつけているのだ。愛美に直接光を照射して愛美の体を媒体に出来るのだと、晶子にわざわざ教えてくれている。晶子がどれ程悔しがるかを知っているからだ。奴は晶子を殺そうとはしない。生かして苦しめたいのだ。

 媒体になった愛美はもうピクリとも動かなかった。晶子の目から涙が零れる。

「―――お前!」

 晶子は今にも怒りのままに飛び掛かろうとしていた。そんな晶子を紀之は渾身の力で右手だけで肩に担いだ。

「えっ?」

 晶子は突然反転になった世界に驚き、そして離れていく奴が笑っているのを見た。そういえば最初から奴は笑っていたような気がする。楽しそうに、ずっと。晶子は悔しくて泣いた。また、助けられなかった。

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