「働かないハチ」ではなく「働かない人間」として生まれてきたしまった女の子の、不思議な物語
江地そん子ちゃんは、発明王トーマス・エジソンの生まれ変わり、かもしれない女の子。
性格はめんどくさがりやでぐうたらで、いつも家族から「救いようがない」と言われている。
しかしそん子ちゃんには「発明をする」という趣味と喜びがある。
そんな女の子が繰り広げる、奇妙でゆるい物語。
〝フツーの生き方″に違和感を感じている人に、読んでもらえたら嬉しいです♪
江地そん子は不世出の天才発明家であったが、同時にまた、不世出のものぐさでもあった。
そん子の祖母はよく、まだ幼いそん子にむかって、
「あんたみたいなものぐさは世界中どこ探したっていない」とか
「そん子はものぐさのてっぺん」と言っては嘆いた。
祖母が嘆くたび、そん子の母はいたたまれない気持ちになった。
まるで自分の育て方が悪いと、責められているような気がするのだ。
だから祖母が、そん子にちょっとした用事――チリ紙を取ってだとか、まんじゅうを買ってこいだとか、を頼むたび、そん子の母はサッと身をひるがえし、ふたりの前から姿を消してしまうのだった。
「えー、めんどくさい」
と、口だけモゴモゴ動かして、そん子は言う。
立ち上がることもなければ、祖母の方を見ることすらしない。テレビを見ていればテレビの画面から、マンガを読んでいればマンガの紙面から、一ミリたりとて意識を逸らそうとしないのだ。
「まったくこの子はバカだよ」
「……」
「ものぐさのてっぺんだよ」
「……」
「救いようがないね」
吐き捨てるように祖母は言う。
「まったくあんたの母さんが甘やかすから、こんなろくでなしになっちまった」
「おばあちゃん、わたしが行ってきます」
台所のかげからふたりの様子を見守っていた母が、口を出す。
「いいよ。このくそバカむすめが!」
祖母は言い、サイフをつかんで部屋を出ていく。パンッと音を立てて、ふすまが閉まる。
――ああ、わたしがバカと言われる方が、どれだけマシかしれないわ……。
そん子の母はヨロヨロと台所に戻り、食器棚の引き出しからノーシンを取りだす。胃が痛かったことも思い出し、ついでにキャベジンもいっしょに呑んでしまう。江地家の置き薬はだから、ノーシンとキャベジンばかりが猛スピードで減っていく。
――どうしてこんなめんどくさがりな子になっちゃったのかしら。
わたしの育て方が悪かったのかしら。
でもトクオは、トクオはすごくいい子だわ……。
そん子の二年後に生まれたトクオは、どこに出しても恥ずかしくない、利発で気のきく少年だった。
学校では学級委員を、近所のサッカークラブではキャプテンをつとめ、家の手伝いもすすんでする。
母がトクオのほうを向くと、トクオは母に似たアーモンド型の目をぱちくりさせ、ニコッと笑った。
「宿題が終わったら、おやつを食べていい? お母さん」
母は思わず頬を緩め、Cカップの胸に手を当てた。
だいじょうぶ、わたしが悪いんじゃないわ。そん子はああいう子なのよ。生まれつきの、正真正銘の、宿命的なナマケモノなのよ。神様がそういうふうにお作りになったんだわ……。
母は以前見たテレビのドキュメンタリー番組を記憶の底から引っぱりだし、さらに自分を勇気づけた。そん子のことで不安になるたび、取りだす記憶だ。
アリの集団の中には、必ず何割かの働かないアリがいるという。その何割かを除けてしまうと、残りの何割かがまた働かなくなる。
きっとこの子は働かないヒトなんだ。だいじょうぶ、わたしのせいじゃない。
そう、もちろん。
そん子がめんどくさがりなのは、母の育て方が悪かったからではなかった。
「たぶんそれは、あたしが低血圧で低体温で胃が弱いからだと思うわ」
と、そん子は天井の染みを見ながら思った。
お父さんも低血圧だし、死んだおじいちゃんも胃が弱かった。おじいちゃんの死因は、「みんなと同じ」が好きな彼らしく、胃がんだった。血の問題はどうしようもないのだ。
「だいいち……」
と、そん子は呟いた。
「そんなシャカシャカ動き回ったところで、なにになるっていうんだろう。
活性酸素が発生するだけじゃん。
いっぱい働いて、偉くなって、さらにいっぱい働くはめになって。
ストレスがたまって、ストレス買いをして……」
そん子は隣の父の書斎に目をやった。書斎の扉は、いつもどおりピタッと閉じられていた。
そん子の父は、そん子の祖母に追い立てられるようにして一流大学に入学し、一流企業に就職した。
朝から晩まで働きづめで、ほとんど家に帰ってこない。
口癖は「忙しい」と「疲れた」。
稼いだお金は「老後のための貯金」と「カブシキトウシ」と、年に一度のハワイ旅行に使われる。
のんびりしたいなら、老後まで待ってないで、今のんびりすりゃいいじゃん。
疲れてるのは今なんだからさ。
しかもわざわざ高いお金払ってハワイまで行かなくたって、うちのお風呂でじゅうぶんのんびりできるのに。
あったま、わるっ!
お父さんったら、大学まで出ていったい何を勉強したのかしら。
そん子は、ごろごろと畳の上を転がりながら台所との境まで来ると、「えいっ」と立ち上がった。
低血圧なのにそんなことをしたから、立った拍子にめまいがした。
「はー、大儀大儀。人間、生きてるだけでじゅうぶん大変だってのに、これ以上いろいろしたら過労死しちゃうわ」
ふらふらする足で冷蔵庫まで歩いていき、コンビニで買ったプリンを取りだす。
アルミのふたをめくり、くちびるをつけてひゅるひゅるすすると、甘くつめたい感触が口の中に広がった。
ごくらくごくらく。
「めんどくさがり、けっこう! ものぐさ、ばんざい!
言いたいヤツには言わせとけ、ってか~」
歌うようにそう言うと、そん子は2個目のプリンに手を伸ばした。