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黒騎士は初恋を拗らせている  作者: 来生珱甫
第一章 オクタヴィアンの罪と罰
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第十話

 あの日何度もソフィアの唇を己のそれで塞ぎ、奪ったか。何度彼女の嫌がる行為をしたのかをオクタヴィアンは覚えていない。


 ただ覚えているのは、触れたその唇がどれほどの熱を持っていて、どれほど柔らかで甘かったのか。そして掴んだ腕は冷えていたのに、触れたその少しだけ薄いソフィアの上唇と、それよりもほんの少し厚い下唇の熱さと柔らかさがどれだけ心地よかったのかだけ。


 オクタヴィアンは初めて知った。

 口づけの仕方など知らぬとも、本能だけでそれを行えるのだ、ということを。好いた相手の体温は何物にも代え難いものだ、ということを。


 オクタヴィアンが誰かの温もりにそうして触れたのはそれが初めてのことだった。だからだろうか、オクタヴィアンは何度も唇を重ねた。ソフィアの唇もそれに応じていたように思える。

 お互いが、お互いを求め、与えあっていると感じたのはそこまで。後はただオクタヴィアンが一方的に貪ったと言えるのだろう。


 オクタヴィアンが成人前の学ぶべきことの一つとして、それを習い初めたのは数年前。領地経営を学ぶ傍らに聞いた、妻を迎えた際に閨でどのようにして子を成すための行為をするのか。

 真面目に学んでいた記憶はないが、不思議なほど迷いなくオクタヴィアンの手は動いた。それが本能だからなのか。


 そうしてオクタヴィアンはソフィアの全てを蹂躙した。


 その唇も、その髪の一房も、その柔らかな体も、オクタヴィアンが触れていないところなどなに一つないと言えるほど触れた。

 初めて触れたソフィアの体。

 布越しの体温で我慢ができていたのはほんの少しで、無意識にソフィアの服を破ったのは初めの頃。オクタヴィアンは自分の瞳の色に似たライラック色のワンピースを無残にも引きちぎった。


 少しでも早くソフィアの素肌に触れたい。ソフィアの全てを知りたいとただ思って。それが間違いであることにすら、この時のオクタヴィアンには思い当たりもしなかった。ただ一つのことしか、浮かばなかった。


 今、目の前にいる誰よりも愛しい存在を我が物にしなければ、きっと今すぐに息絶える。そんな危機感すら抱くほど、オクタヴィアンはソフィアを欲した。そんな自分がおかしいと思うと同時に、それが正しいのだとすら感じてもいた。


 獣であろうと、人であろうと男が女を求めるということは、自然の摂理としては正しかったのだろう。けれど人であるオクタヴィアンは理性を持つべきだった。己を律するべきだった。

 理性も、常識も、何もかも全てはソフィアの姿の前にグズグズに溶けてなくなった。そのことに、オクタヴィアンは少しも疑問を抱かなかった。


 オクタヴィアンは元来慎重な男だ。

 何か行動を起こすその際には必ずその結果がどうなるかを考え、その結果に少しでも家の、そして自分の不利になることが起こるのならば、潔く諦める程度には。けれどそれは、いつもソフィアについてだけは当て嵌まらなかった。

 ソフィアのためであるなら、多少の不利益も甘んじて受けるほどには彼女が特別だった。


 思うまま唇を奪い、触れたソフィアの体。布地とは違う滑らかでほんのりと汗ばんだ柔らかな肌。幾度目かの口づけから身を起こし、見下ろした彼女の姿。

 裂けた布地の隙間、胸元から腹部までが白日の下に晒されていた。

 オクタヴィアンは、初めて見たそのソフィアの素肌にまるで獣のように喉を鳴らした。ソフィアが例えようもなく美味なるものとしか思えなかった。


 その白い肌も、その柔らかな胸元も、呼吸で微かに震えて見えた腹部も、全てが全てオクタヴィアンを誘っていた。

 立ち上るかのようなソフィアの甘い花の香り。

 目眩を起こしたように視界が揺れた。鼓動がより速くなり、より体が熱くなった。


 細くも柔らかな肩や、ふるりと揺れる白い胸。強く抱きしめれば折れるのではないかというほどに細い腰。目の前にあるソフィアの全てを触れて確かめた。逃げられないよう押さえつけて。


 傷一つない白い肌に唇を寄せ味わえば、紅い花が開くように跡が残る。その鮮やかさがオクタヴィアンの激情をもっと高ぶらせ、気づけば数え切れないほど花を咲かせていた。白い肌を隙間なく、自分のつけた花で埋めたい。ちらりと浮かんだその思いのままに。愚かなオクタヴィアンはソフィアの身体を、心を痛めつけるだけの愚かしい行為をただ続けた。


 鍵すらない小屋の床で、夢中で貪るように触れる。あえかな声を上げるソフィアの制止と潤んだ瞳。そのどちらもがオクタヴィアンの抑止にはならなかった。寧ろその声を、その瞳をもっと見たい。そうとしか考えられなかった。


 ソフィアが上げる、きっと制止のためだったろう声も、留めるように腕を掴むその細い指にも気づかずに、ただ学んだそれを一つずつ辿るように繰り返した。そして彼女の中を痛めつけた。

 何度も何度もオクタヴィアンはソフィアの中を濡らした。その指が腕から離れても、その声が聞こえなくなっても、オクタヴィアンは止まらなかった。止められなかった。


 これまで激情を感じたことのなかったオクタヴィアンは、己を律することができていると思っていた。けれどそれが違うのだということも知った。初めてしたその行為にオクタヴィアンは溺れてしまったのだ。


 ソフィアの中が与える熱さや、オクタヴィアンを締めつける刺激。それらは溶けていたオクタヴィアンの理性をより融解させ、オクタヴィアン自身の記憶をより曖昧なものにした。オクタヴィアンは何度ソフィアの中を濡らしたかすら、今でも正確に覚えていないほど彼女の中で達した。


 昼を少し越えた辺りに着いたはずの小屋の窓からは、夕闇に近い薄暗がりが覗き始めていた。どれほどの時が過ぎたのか理解しないまま、オクタヴィアンはソフィアを無心に求めた。

 これまで感じたこともないほどの高みを味わって、その最後の一滴まで注いで果てたオクタヴィアンは急に我に返った。

 気づくと淡い月の光が窓から差し込み、晒されたソフィアの白い肌を照らしていた。薄闇に浮かび上がるその姿。神聖にも思えるその光景に知らずオクタヴィアンはその手を、その行動を止めた。

 オクタヴィアンに理性が戻った瞬間だった。


 月明かりだからだけでなく、どこか憔悴したように仄青いソフィアの顔色。乱れに乱れた金の髪。いつもならまっすぐに自分を見るその緑の瞳は伏せられ、視線すら合うことはなかった。

 そんなソフィアの顔から、その華奢な肩、その細く柔らかな腕に、暴かれたままの胸元。膝どころか腿まで露わになるほどに捲れ上がったスカート。そこまでを見て、オクタヴィアンは自分がなにをしたのかを理解してその体を揺らした。


 細い腕は力任せにオクタヴィアンが掴んだからだろうか。白い肌の何箇所にも赤黒くなりはじめた痣があり、その胸元には幾つもの赤い斑点と噛み跡が散っていた。

 ソフィアのふくよかな太腿のその間。秘められて然るべきその場所からは白濁とした物が溢れ、そこに目を見張るほどの赤が混じっている。それがなにであるか気づかぬままでいられるほどオクタヴィアンは子供になれなかった。

 自分がなにをしたか。それも誰にしたかを悟ったオクタヴィアンは、無意識に立ち上がり、床の上で虚脱しきったソフィアの元から離れた。


 幾度も後悔した。

 どうしてこの時、すぐに彼女を抱きしめなかったのか。どうしてすぐに彼女に許しを請わなかったのか。どうしてそのまま彼女を侯爵家に、屋敷に連れて戻らなかったのか。


 婚約の話は出ていなかったけれど、二人は成人をしていて、そして男女で、そしてオクタヴィアンは彼女を穢したのだ。それを償える手段をこの時なくした。どれほど罵られようと彼女を妻にすることで許しを乞えたかもしれないのに、その時のオクタヴィアンはなにも考えることができなかった。ずっと、心の底ではソフィアを妻にすることを望んでいたのに。

 なにが次期宰相候補だ。なにが神童だ。人を──ソフィアを傷つけて、穢したその身でなにを誇れるというのか。


 己の罪すら正確に理解できぬままに、ただオクタヴィアンは一人でその場から逃げた。

 そう、オクタヴィアンは傷ついたソフィアを捨て置いて逃げたのだ。彼女の姿にも、彼女にした行為も、何もかもをなかったことにして。

 自分のしでかしてしまったことの大きさに耐えられなかった。

 それがオクタヴィアンの犯した、最大にして最高の罪。


 今なお忘れることなどできないその日を境にして、ソフィアはその姿を消した。誰もその行き先を知らない。オクタヴィアンはソフィアを探すことができないまま、ただ罪の証である夢に囚われている。


 愛しい存在だからとソフィアを求めていたのだろうか。

 それともただ、獣のように発情しただけなのだろうか。

 こんな罪を犯した自分は、どうすればまたソフィアの隣に立つことができるのだろうか。答えのでない自問自答を繰り返したけれど、未だにオクタヴィアンはなにが正解なのかわからない。ただわかるのは自分が許されるはずもない罪を犯したということだけ。そんな罪を犯してなおソフィアを求めてしまう愚かしさだけ。


 だからオクタヴィアンは全てに気づいていないことにした。


 幼い頃から感じていたような情を抱くに、自分は値しないのだと恋情を、愛情を、ソフィアに抱いていたあの行為に準ずる感情全てを封印することにした。

 きっとそれは間違いなのだろう。


 どれほどの時が経とうと色褪せぬ罪がオクタヴィアンの心の中に隠したその情を突きつける。どれほど剣を振るい、拳を振るっても晴れぬ迷いの奥にある思い。オクタヴィアンはそれに気づかぬ振りをすることで、ただひと時の心の平穏を得ていたに過ぎない。


 自分は今なおソフィアへの恋を忘れてはいないのだ──気づいてしまったそのことが、オクタヴィアンを打ちのめした。

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