PROLOGUE
暖かな日差しが降り注ぐ中庭で、十程の少年と少女とそれよりも少しだけ年嵩の少年が一人。その三人の半分程の背丈の稚い少年が一人小さな丸いテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には湯気の立つミルクたっぷりの紅茶と甘く色とりどりの菓子が並ぶ。子供たちだけの小さな茶会では楽しげな笑い声で溢れている。
三つになったばかりの稚い少年が、一つの壁を乗り越えた祝いと、そして彼の誕生を祝う小さな宴代りのその茶会。三人の少年少女は喜んでいた。目の前に座る稚い少年が、それを迎えられたことが堪らなく嬉しいのだ。
「おめでとうございます、エル」
「ありがとう、イヴァン。オクトも、ソフィーもどうもありがとう」
差し出したのはごく小さな包みだ。
誕生を祝う言葉と何某かの贈り物を贈ることはこの国で古くから伝わる習い。少女と少年達はそれに従って自分に用意できる小さな贈り物を持ち寄った。
屈託なく笑い、包みに手を伸ばす様が可愛らしくて、小さく笑いながら皆が手にしていた包みを彼に差し出した。
子供が自分の力だけで用意した物は、拙い物ではあるけれど心だけは多大に込められている。
イヴァンからは木で削り出した小さな犬の置物。オクトからは庭園で見つけた四つ葉のクローバーで作った栞。ソフィーからは手ずから刺繍したハンカチーフ。
一つ一つ開いてはエルは喜びの声を上げる。
「わあ……アネモネだ!」
「初めてした刺繍だから……不恰好でごめんなさい」
「そんなことないよ! とっても綺麗だもん!」
「そうですよ、上手にできています。僕もあなたの刺繍をいただきたいくらいですよ」
三つ目に開かれた自分の贈り物を口々に褒めそやされ、少女は頬を染めた。
手持ちの白い絹のハンカチーフに刺繍したのは、同じく白いアネモネ。エルの好きな花であることを知っていたからこそ選んだモチーフだ。
エルの手にあるそれを覗き込み、自分へと向き直るオクトがぽつりと一言。
「きれいだよ」
自分に甘いイヴァンやアネモネが好きなエルだけでなく、オクトまでもが褒めてくれた。ソフィーははにかむように笑みを浮かべた。
「オクトもそう思うよね! 本当に咲いてるみたいだもん!」
春風にゆらりと揺れるアネモネ。白いそれの花言葉は、ナタニエルのこれからに向けたもの。その心すら受け入れてくれたようで堪らなく嬉しかった。
「少し恥ずかしいけど……喜んでもらえて嬉しい」
「照れてるソフィーも可愛いね! 僕すごい嬉しいし、照れてるソフィーも可愛いからなにか一つお願いを教えて! 僕が叶えてあげる!」
「え、でも……」
「いいのではないですか? それだけエルが喜んでくれたという証明なのですし」
「エルは言い出したらきかない」
「そうですね、オクトの言う通りです。ソフィー、何か願い事はないですか?」
エルに願うことの意味を皆が理解していないわけではない。けれど未だエルは、自分たちと同じ幼い子供でしかないこともわかっている。だからソフィーは一つの願いを口にした。
「好きな人と、結ばれたい……です」
小さな小さな声で呟いたそれは、叶えたいけれど、叶うはずがないこと。これまでだったら叶うと思っていた。それが叶わないと思い知ったのはつい最近。ソフィーはまだ諦めたくはないけれど、諦めなければいけないその願いの片鱗を口にした。
誰が好きな人であるのか、どう結ばれたいのかは口にしなかった。それを望んでも叶うわけはないのだ。
そんなソフィーの願いにエルはとても嬉しそうな笑顔を浮かべて、そうして頷いた。
「いいよ。そんなことは簡単だもん!」
キラキラとした夢見るような瞳でエルは言い切った。その姿が叶わないことをずっと願っていていいのだと言ってくれているような気がして、ソフィーは図らずも心からの笑みを浮かべていた。
まだ、夢を見ていたかった自分を肯定してくれたことが嬉しかった。