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7つの井戸の話



 じとじととした空気が重い。

 制服のスカートが太腿に張り付いて気持ちが悪い。



「うへえ……」



 憂鬱だ、と机に突っ伏して溜め息をひとつ漏らす。

 湿気た空気に晒された学校の机は、どことなく湿っていて肌に引っ付く。



「何してんの、カヤ」


「んー?……うん、読書」



 頭の下に敷いた本の表紙を見せるようにして、友人であるユマに見せる。



「七不思議?……7つ全部書いてあるじゃん」



 嫌そうな顔で、ポニーテールにした毛先を触りながらユマは目次を読み上げる。

 ちなみに、ユマが髪の毛を触るのは怖がっている時だ。親友兼幼馴染の私がよく知るユマの癖。



「増える階段、動く金次郎像、人食いモナリザ……」


「ありがちでしょ?しかも、7つ全部読破したのに、呪われもしないし異世界の案内状もこないよ……」



 七不思議は、全部知ってはいけないらしい。7つ全部知ると呪われる。あるいは、異世界へと連れて行かれる。

 もしくは、死ぬとか。



「異世界の案内状……。そんなフレンドリーなもんじゃないと思うけど」


「あれ?違った?まあ、どっちでもいいけど」


「何はともあれ、呪われなくてよかったよ」


「もしかして怖いのかなぁ?ユマちゃんは!」


「は?違うしっ」



 と言いつつ、ユマの手は忙しなく髪を弄っている。何と素直で可愛い友よ。

 微笑ましくユマを見守り、本に目を落とす。



「それにしても、あっついね」



 手のひらでパタパタと仰ぎながら、制鞄にユマから返してもらった本を突っ込む。



「あ、そう言えばユマ、委員会終わったの?」


「終わったからここにいるんだけど」



 放課後の教室に、帰りもせずにいたのはユマの委員会が終わるのを待っていたからだ。



「んじゃ、帰ろうか」



 立ち上がり、軽い制鞄を背負う。

 外では雨が降っていた。ここ3日ほど降り続いている雨は、時々思い出したように上がる。

 けれど晴れ間は見えないものだから、憂鬱だ。


 赤い傘と青い傘が並ぶ。ぱたぱたと、小さな何かが走るように傘の上を雨粒が跳ねる。



「ねえねえ、やっぱさあ、自分の学校のやつじゃないからダメなのかな?」


「何が?」


「七不思議!」


「……まだその話続いてたの」



 うんざりしたように息を吐き、やれやれ、とまで言われる。続いてますよ。



「ユマは知らない?私達の高校の七不思議」


「……んー……知らない」



 一応は考えて言ってくれるあたり、本当に優しい友だと思う。



「そっかー」


「あ。いや、知ってる……?かも……」



 不意に立ち止まり、ユマは学校を振り返った。



「ほんと⁉︎」


「……委員の先輩が話してるのを聞いたんだけど。この学校って、昔は大きな屋敷が建ってたらしいんだけど、知ってる?」


「なんだっけ?お貴族様?」



 昔の偉い人だったか。確か、そこの一族が途絶えた時に国に土地が寄付された。

 その数年後に、この高校が建った。



「お貴族様……まあ、そんな感じかな。あたしもよく知らないんだよね。

 で、その屋敷には7つの井戸があったらしいの。6つの井戸には、生まれてすぐ亡くなった子の死体が投げ捨てられ、残りひとつには子供を生きて産んでやれなかったことで気を病んでしまった奥方様が身投げした、って話」



「ふうん」


「7つの井戸を全部見つけたら、何か起きるっていう話。……これ、4つめの七不思議にんだって」


「何か、って。アバウトだね」


「先輩たちもよく知らないみたいだった」



 話がひと段落ついたところで、歩き始める。大きな水溜りに足を突っ込んでしまった。



「……ん?4つめ?」


「あ、やっぱり気になる?」


「そりゃあ。4、って。中途半端じゃん」


「4……死に繋がる七不思議だから、4つめらしいけど。本当かどうかは、さあ?」


「……なるほど。じゃあ、まあ、それで良いか」



 私はぐっと拳を握り、突き上げる。

 傘のナイロン生地が私の拳を柔らかく受けとめた。



「え。なに、やだよ?」



 察しの良い友は首を振り、私から距離を取る。逃がすか。



「我が高校の七不思議!制覇します!まずは、4つめの七不思議、7つの井戸から!」



 堂々たる宣言。


 私は心霊が好きである。小学生の頃は花子さんを実証すべく、軽やかに三番目のトイレの扉を叩いた。

 友達いない子のごとく、空の個室に向かってあーそーぼー!と声をかけた。

 周りの失笑は誘えたが、花子さんは誘えなかった。


 太郎さんも検証した。

 たーろーさーん!と男子トイレに向かって叫び、痴女扱いされた。男子トイレから出てきたのは山本次郎君だった。

 次郎君はその後、卒業まで太郎さんと呼ばれ続けた。ごめん、次郎君。


 4時44分の渡り廊下も検証した。

 無限回廊にはならなかった。もうすぐ5時だから帰りなさい、と先生に帰宅を促されただけだった。


 理科室の人体模型も検証した。

 心臓を抜いて隠す、というものだ。人体模型の人体君は追いかけて来なかった。一部を見ていた理科の先生が、返せ!と追いかけてきただけだった。

 ちゃんと返した。


 二宮金次郎像はそもそも私の通った学校にはなかった。

 モナリザも。ベートーベンの絵も。



 そして、全ての検証に付き合ってくれたのは、怖がりなユマである。



 ユマは私の性格も、小・中学生の頃のその行動も熟知している。

 だから、ユマは嫌がりながらも、髪を弄りながらも、ため息を吐いて仕方なさそうに私を見た。



「本当にやるの?」


「もちろん。どうせ、何も起こらないよ」


「……うん」



 それでも怖いものは怖いのだと、ユマの顔には書いてある。

 うんうん、その怖さが良いんだよ。


 わくわくと、心が躍る。

 怪談は良い。面白いから。

 検証したって何も起こらないことは、実体験として知っている。

 それでも試そうと思うのだから、怪談はやはり面白いのだ。




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