影
「くっ……!」
敬壱は走り出した。
「な……なんなんだよっ……」
がむしゃらに。
方向も決めずに夢の中を走り回る。
「んな……っ!?」
ところが。
「な……なんで……」
敬壱の、目の前の景色までもが、 溶け出した。
「お……俺の、夢が……」
どろ、どろ、どろと。
まるで"彼女"の、顔のように。
ねえええぇぇぇぇぇぇ
けいいいいいちいいいいいぃぃぃぃーーー
くぅぅぅぅぅぅーーーーん
「!?」
くすくすくすくす……
「ひ……ひいっ……!!」
本格的な恐怖が敬壱を満たした。
反響する声。
無限に広がるはずの夢の世界で、ぐわんぐわんとまるで敬壱の周りを回るように響いている。
まるで、明かりもない小さな箱の中に"それ"と閉じ込められたような錯覚をする。
「うわああああああーーーー!!!!」
敬壱は叫んだ。
「なんなんだよ!一体!!」
ただ、夢の世界で安穏としていただけなのに。
「俺の夢、なのに……俺の世界に、何が……!!」
『ふふ……』
そして。
「!」
『……やあ』
"それ"は、現れた。
『ああ……ようやく、来れたよ』
「……!?」
『ふふ……』
敬壱は、声を失っていた。
「なんなんだよ……なんで……」
『…………』
「お、俺の…………!」
敬壱の前に現れた、"それ"は。
「俺、の……形……?」
敬壱と、全く同じ形をした、黒い影。
深く黒い。
何も見えない。単一の黒。
『ずうっとこの時を、待ってたんだぜ……』
「…………」
『……俺の、オリジナル……!』
「!?」
「オリジナル……?」
影は敬壱に飛びかかると、そのまま押し倒した。
「……がっ!」
『ふふ……ふふふ』
影は敬壱にのし掛かったまま、動かない。
『捕まえた……ようやく……』
影の顔に切れ目が入り、三日月型に裂けた。
笑っているのだと、敬壱はわかった。
「なに……何を、する……」
『何を、だと?』
くす、くすと笑う。
『……お前を、消しに来たんだよ』
「……!が……」
言うが早いか、影は敬壱の首を両手で掴んだ。
『お前が……お前が消えれば……』
影の力は、強い。
敬壱が暴れても、びくともしない。
「な……なんで……」
『…………』
「俺が、何したって、言う、だ……」
『……何を、だって?』
影の手が、止まった。
『……何も、していないよ』
「……?」
『……何も。何も、お前はしていないさ』
『何も!!!!』
影が声を荒げた。
『お前は何もしなかった!ただ楽なほうへと下っていった!逃げ道ばかりを探ってなあ!!』
「……!」
ビリ、とした殺気が辺りを包み込む。
『お前は選択を放棄した。ならば、俺にその場所をくれよ』
敬壱ははっと思い出した。
夢の中なら……!
敬壱は右手に集中した。
そして思い浮かべる。創造する。
「何の事だかわからんが……」
敬壱は握った拳銃を影に向かって構えた。
「ここは、俺の夢だ……!俺の夢で、好き勝手するのは、俺だけだ!!」
『…………』
敬壱は引き金を引いた。
しかし。
ぐちゃっ……
「……っ!」
敬壱の手の中で、溶けていく銃。
「な……」
『……ふっ』
敬壱の上で、影が笑う。
『無駄だよ。ここはもう、君の夢じゃあないんだ』
「!?ぁ……」
再び、敬壱の首を締める影。
『お前はもう、オリジナルではない』
「か……ぁあ……」
『この夢も塗り替えてやるよ。ここは今から、俺のものだ』
夢が形を変えていく。
敬壱にはまだ、何が起こっているのかわからない。
けれど、今から。
きっと、自分は。
こいつに、乗っ取られるのだ。




