澱
結局、敬壱はまた夢の世界に戻ってきてしまった。
どこまでも続く青。
心が、安らぐ。
ここは敬壱の、敬壱だけの居場所。
彼が生み出した、安全な場所なのだ。
ここはいい。
望むものだけで満たすことが、できるから。
現実は喉につかえた小石みたいに敬壱を不快にさせる。
見たくないものは見なければいい。
ああ。
いつまでも、ここに居たい。
ところが。
……。
「?」
……けいいち、くーん
「!?」
予期せぬ、声が聞こえた。
「な……」
敬壱は体を強ばらせた。
「なんで……?」
急いで振り向くと、そこには。
「…………」
"彼女"が、居た。
「は……、……」
「…………くす」
訳が、わからない。
「な……なんで……」
何故、彼女がここに。
「くす、くす……」
今、目の前で微笑む彼女。
「なんで君が、ここに居るんだ……!」
敬壱は、叫んだ。
「ここは、俺の夢だ。俺の……」
そう。
ここは、敬壱の夢。
誰も不可侵な、領域のはず。
だのに。
「……くす」
敬壱の前に立つ、この少女。
その紺のブレザーには見覚えがある。彼女はいつも、下に着たブラウスのボタンを2つ、外して着ていた。
上着の袖は少し長くて、掠れている。左胸の校章には縁に目立つ傷があった。
敬壱の心の奥に仕舞い込んでいた、澱み。
喉の奥にこみ上げてくるものがある。
「くす……敬壱、くん」
彼女は意に介する様子もなく。ただ、敬壱の名を呼び続けている。
「やめろ……」
「くす……」
「やめろ!」
「……敬壱、くぅん……」
それが、敬壱には気味が悪かった。
「……、ち、違う……」
「…………」
「あ……あの子は、俺のことを名前で呼んだり、しない……」
「……くす」
くす、くすくす……敬壱、くぅん……くすくすくす……
こだまする彼女の薄ら笑い。
身震いするほどの不気味さ。
そして。
「!?な……!?」
「…………」
突然。
ぐにゃりと。
「……、……っ!!」
彼女の顔が、崩れ出した。
「は……っ、は……!?」
「…………」
どろ、どろりと。
笑い声をたてる彼女が、溶けていく。
「けい……いち、くうぅぅぅん……」
「ひっ……」
「くす……ふ、く、くふ……?」
制服の上を、ずるずると流れ落ちていく彼女の唇。
彼女の胸の上で、にたりと笑った。
「う……」
うああああああーーーー!!
その時。
……逃ゲロ!
「!?」
どこかで"あの"、声がした。
『早く逃げるんダ、けいいち!』




