無限の青
目を、開ける。
「…………」
そこにさっきまでの景色はない。
煤けたカーテン、薄汚れた壁。
棚に乱雑に置かれた数体の
フィギュアやおもちゃ。
それらに比べ妙にきちと並べられた、本棚の本。
彼の生活の、全てといっていい。
それらが今、"この"場所にはひとつもない。
「ふー……」
一面に広がる、青い海。
小さな孤島に彼は立っている。
「……大分、導入もスムーズになったな」
ここは、彼の作り出した世界。
夢の、世界なのだ。
「さて。今日は何をしようか」
足元に波が寄せる。
じっとりと、濡れた感触。
そのあまりのリアルさに、敬壱自身も驚いていた。
初めは単なる好奇心だった。
仕事を辞め、今まで人に使役されていた時間を全てネットに費やした。
徘徊したその片隅に、ちらりとのぞいたもの。
『明晰夢を見る方法』
数人が、どこまで真実かはわからないが、事細かに自身の体験談と共に載せていた。
夢を、夢として認識する。
初めの一歩だが、それだけでもかなりの難易度だという。
敬壱は、記事にざっと目を通し、なんとなく選んだそのひとつを、試してみることにした。
そして。
「あれ?ここは……」
なんと、彼は初めから成功したのだ。
今と同じように、青い海に囲まれた小さな孤島に彼は立っていた。
それでも初めのうちはやはり、景色が歪んだり、ノイズが入り込むことがあった。打ち寄せる波が、突然ドットに変わったこともあった。
そして、それがまた、敬壱の興味をそそったのだった。
敬壱は、明晰夢に関して調べ尽くした。
古本屋や図書館でそれらしいものを探しては読み、ネットを歩き回った。
科学的に検証されたような、そういう堅苦しい記事は除いた。
やたら長ったらしい上に、いちいち小難しい。どれもこれも敬壱には少しも理解できなかった。そんな高尚な頭など初めから、生憎持ち合わせてはいないのだ。
敬壱は主に、実際の体験談や、自分と同じような暇人の考証なんかを糧にした。
彼らが試行錯誤して夢の変化を綴っているのを読むのはとても楽しかった。
そして、敬壱はそれら書いてあることを何でも試し、繰り返した。
元来の几帳面さがある上に、彼の時間は有り余っていた。
その結果。
彼の夢は、日に日に精巧になっていった。
敬壱は砂を軽く蹴った。
青い空と、青い海。そして、白い砂浜。
今、彼が立っている、この景色。
これが、彼の夢のスタート地点なのだ。
それは初めて明晰夢を見たときから変わらない。
いつだって夢を見るときはここから始まるのだ。
「んー……」
敬壱は、頭のなかで思い描く。
欲するものを、描き出す。
すると。
「……よし」
白い砂の上に、黒い塊が落ちている。
敬壱はそれを拾って、砂を払った。
彼の手には、拳銃が握られていた。




