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2.失踪


「はあ? 神隠しだあ?」


学校でのお昼休み、いつものようにご飯を食べていると、いきなり対面で座っている友人蒼介がそんなことを言い始めた。

完全に不意を付かれ、口に運ぼうとしていたエビフライを危うく落としそうになる。

神隠し。意味ぐらい分かる。なんか…お化けみたいなのが人をさらうやつ。だと、思う。記憶が曖昧でよく覚えていないが、昔よくばあちゃんに遅くまで遊んでいると神隠しに遭う、とか脅された気がする。


「ああ、神隠しだ。昨日もあったらしい。瑞樹も名前ぐらい知ってるだろ?」


めちゃめちゃ真面目な顔で、蒼介はそんな事を言ってのける。

…こいつがまじめな顔をするときは、だいたいろくなことがないことを俺は知っている。

だいたい、俺はこの手の話に興味がない。というかとても嫌いだ。心霊写真だの、呪いの館だの、そういうオカルト系の根拠の無いことが大嫌いなのだ。


「へ~、神隠しね、うんうん、よくあるよくある」


心の中で思っていることを悟られないように適当に返事をして、落としそうになった愛しのエビフライを口へ運ぶ。ああ、うまい…


「ちょ、ちょっと聞けって…今日、隣のクラスの男子二人が欠席したそうだ」


「それで?」


「その理由が、神隠しなんだよ!」


「なぜそーなる」


話が飛躍しすぎではないだろうか。欠席=神隠しならば、今日休んでいる斜め後ろの席の田中君はどうなるのだ。神隠し多発地域すぎるだろ。


「まあ、信じないよな。逆の立場だったら俺でも信じないしな」


蒼介がしたり顔でウンウンと頷く。なぜだか無性に腹が立つわけだが、ここは興味のないふりをしてスルーだ。相手をイラつかせて話の主導権を脱ぎろうとするのはこいつの常套手段だからな。


「実は、その隣のクラスの生徒二人は、昨日の夜から連絡がつかないらしいんだよ」


「二人共か?」


「ああ。聞き込みしから間違いないぜ。昨日の夜―――正確には、8時過ぎくらいからだな」


「なるほどねぇ……」


連絡が付かなくなって、それから学校を休む。騒ぎ立てたくなるのはわからなくもないが、やっぱりそれじゃあ、


「弱いんだよなぁ」


「は?」


「ただの偶然だろ。神隠しなわけあるかよ。んなくだらないことしてねーで

勉強しろ」


「お、おまっ……俺がこの情報を得るためにどれだけ苦労したかわかっているのか!?」


「……友達に聞いただけじゃないの?」


「その通りだ!」


駄目だコイツ、話にならん。


「んで、その話を俺にした理由は? ただの暇つぶしじゃあないんよな?」


「よくぞ聞いてくれたな!」


蒼介はコホンと咳を一つし、


「昨日、この学校の近くの人が、森に入っていく人影を見たらしいんだ」


「ふーん」


「その時間が、なんと……」


「ほー」


「8時ッ!!! 男子生徒と連絡が付かなくなった時間と同じ……ってもうちょい興味持てよ!」


ギャーギャーと喚く蒼介を無視し、俺は食べ終わったお弁当を片付け始める。すると、ガン、という音と共に机がぐらりと揺れた。どうやら蒼介が机に頭を打ち付けたようだ。


「頼む、一生のお願いだ! 俺と一緒に森に行って欲しい!」


「そうか、お前の14回目の一生のお願いはそんなことでいいんだな。よかろう、ならば勉強だ」


「た、頼むよぉ」


情けない声を出しつつ、グリグリと俺の机に額を押し付け懇願する蒼介。やめろよ、お前の脂汗で汚くなっちゃうだろうが。

うむ…まあ、こいつがここまで言うなら…しかたない

俺は椅子に座り直し、蒼介の方をまっすぐに見つめ、言った。


「嫌だ。行きたいなら一人でいけ」


     ☆


「ふぅ…」


ただいまの時刻9時30分。

あの後、結局蒼介の方から折れた。お前には何を言っても無駄だ…薄情者め…という捨て台詞を吐きながら教室を出ていった。どこに行ったかは知らないが、次の授業が始まるギリギリまで帰ってこなかった。

午後の授業中、あいつは珍しく寝ていなかった。なにやら真剣に教科書を読んでいた。ちょっと冷たくしすぎて頭のねじが飛んだか心配になったが、よく見ると教科書ではなくただの本だった。安心した。失礼だけど。


「テストも近いってのに…」


そう、もう七月になったのだ。俺達の通う明翠学園めいすいがくえんのテストは中間と期末に分かれておりその期末テストがあと一週間後まで迫ってきているのだ。これは由々しき事態である。できれば蒼介と早急に勉強会を開いて全教科を教えてやらねばならんのだが、あいつはことあるごとに理由をつけて勉強会をサボる。婆ちゃんが危篤だとか、スーパーでメレンゲが安いとか、とにかくいろいろだ。今回の神隠しも、勉強会を中止させるための嘘だったのだろう…このままだとあいつの単位が危ない。


「お風呂入っちゃいなさーい」


下の階から母さんの声が聞こえる。その声に適当に返事をしながら俺は机に勉強道具を広げる。


「神隠し…か」


開いたのはいいものの、まったく手が進まない。頭の中に蒼介の言葉が木霊する。

神隠し、小学生の頃に流行った一種の遊びのようなもの。なぜそのことがこんなに気になる

のか、自分でもわからない。


気が付くと、俺は部屋に置いてあるパソコンの電源を入れていた。蒼介ほどではないが、気になってしまったのだ。


「…検索数、多いな…」


「神隠し」で検索してみると、たくさんの検索結果が表示された。失踪事件や、神隠しの体験談、某有名アニメ映画など、さまざまだ。

しばらく検索結果の中から適当なものをチョイスし、読む。やっぱりジ○リってすごい。改めてそう思った。

その後も読んでは戻り、読んでは戻りを繰り返し、いい加減飽きてきたころ、部屋の扉がノックされた。


「…どーぞ」


「瑞樹、勉強進んでる…って、パソコンいじってたの」


訪問者は、予想通り母さんだった。そもそもこの時間父親は仕事から帰っておらず家には母さんと妹しかいない。しかも妹はノックなんてしないためそもそも選択肢にも入っていない。

真実は、いつもひとつ。


「はぁ…あなた、そろそろ期末テストよね? そんなことしてて赤点なんか取

ったらお小遣い無しだからね」


「ど、どれくらい?」


「二ヶ月」


母さんは指を二本立てて宣言する。いつもの冗談かと思い茶化そうと思ったが、目が本気だ。ヤバい。


「テストなら大丈夫だよ、たぶん。俺の苦手な世界史はテストの作りが甘いことで有名な水無月先生だから」


そう、今回のテスト、日本史がかなりの鬼門だと思っていたが、テスト作成者が水無月先生だと聞いて心底喜んだ。授業中じゃなかったら踊りだしてた。周りの目は気にしたら負けだよ。


「ふぅん…ま、がんばりなさいな。あ、そうだ忘れるところだった。頑張っ

てるから夜食にと思って作ったんだ。ここ置いとくわね」


母さんはずっと胸の前に抱えていたトレーを、教科書だけ広げてある勉強机の上に置いた。その上にはおにぎりとコーヒーが置いてあった。

…嫌がらせみたいな組み合わせだな。せめてココアにしてくれよ。あんま変わんないけどさ。


「あ、母さん」


役目は果たしたという風にさっさと部屋を出ていこうとする母さんを呼び止める。聞きたいことは一つだ。だが、こんなことを聞いて頭がおかしいと思われないだろうか…


「母さんは、神隠しって信じる?」


「…」


母さんは俺の質問を聞くや否や俺の近くまで歩み寄り、


「…熱はない、かな」


俺の額と自分の額を交互に触った。


「って俺は正常だよ!」


「うわ! いきなり大声出さないでよ、びっくりするでしょ」


大声出したくもなるわ。全く、こういうことをネタとかノリとかじゃなく天然でやっちゃうからこの人は怖いんだ。計算とかじゃない分、あいつよりは幾分かましだけど…いや、タチが悪いのか?


「で、本題。うちの学校の裏の森って、あれ名前あるの?」


「んー…なんだろ、わからない。私も学校の裏の森とか呼んでいたから。そ

もそも名前なんてあるかな?」


「そっか。ありがと」

そして母さんは今度こそ出ていった。まだやることはあるのだろうか、少し急ぎ足だった。

なんだかどうでもいいことで引き留めてしまった感が否めないが、一つ分かったことがあった。

あの森には特に名前がない。

もう少し詳しく言うなら、母さんの代では名前はなかった。

もしかしたらもっと昔、おばあちゃんとかひいおばあちゃんの代ではあったかもしれない。そもそもその時代にあの学校はなかったのだから、少なくともほかの呼び方だっただろう。

明翠学園は築80年。俺の代が入学する2,3年ほど前に校舎を建て替えたためまだ新築同然だ。昔は木造だったらしい。今は特に使われていない旧校舎も木造だ。近々壊して新しく部室棟を建てるらしいが。雰囲気が出て俺は好きなんだけどね、木造。


「明翠学園…学校の裏の森。っと」


さっそく夜食で出されたコーヒーを片手に検索してみる。

検索数はぐっと減り、画像検索では見覚えのある景色も多い。


「学校紹介に、森のゴミ拾いの呼びかけ…ってこれ3年前の記事だし。もっと最近のものは…」


検索の仕方が悪いのだろうか…関係のないページばかりがヒットしていて肝心の学校の裏の森のことが書かれた記事がどこにもない。

やはり、神隠しなんてこんなもんだったのだろうか。いなくなった男子生徒なんてただの家出か遊びに行っているんじゃないか。そう考える方が自然だ。というかそれ以外選択肢がない。かろうじて誘拐という線もあるかもしれないが、いまいち現実味がない。


「…結局は現実逃避か」


これは蒼介がまさにそうなのだが、俺もそうしたくなるときはある。たとえばそれは部屋の掃除だったり、妹とトークだったり、散歩たったり。そのたもろもろ。

とにかく勉強以外のことができればいいのだ。

よく言えば気分のリフレッシュ。悪く言えば現実逃避。今思えば、もともと苦手なこの手の話に興味を持った時点で俺の現実逃避は始まっていたのだ。

ただいまの時刻12時30分。

約3時間、パソコンに向かっていろいろ調べ物をしていたわけだ。そう思うと、なんだか急に目の奥から疲れがあふれ出てくる。

…とりあえず、おにぎり食べて、コーヒー飲んで、お風呂入って、寝よう。

勉強は…また明日。

水無月先生、俺のお小遣いはあんたにかかってる…


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