第4話
ジョンさんとなるべく当たり障りのない会話と聞き出したい必要な情報を織り交ぜながら、その中で知りたい情報だけを確実に俺は入手する。
俺が山奥に籠っていて遠くの地から来たので、ここら辺の事情に疎いことを伝えると、ジョンさんはゲラゲラと笑いながら話してくれた。
まず、今向かっている街はセンテオールという外周部を三重の城壁によって囲まれた城塞都市との事だ。
メルディール王国という国の領内にあるこの城塞都市は、隣国するヴァルシス帝国とアーシラ聖国の境界線の付近に位置する場所にある。
それと周辺国家のことも聞いた。へんな顔されたが。
ここら一帯の国家はメルディール王国とヴァルシス帝国、アーシラ聖国の三つの国がある。
大雑把に領土関係を説明すると、丸を書いたその中の中央にセンテオールを据える。センテオールから北はメルディール王国、西がヴァルシス帝国、東がアーシラ聖国。三角形を思い浮かべれば分かりやすいだろう。
まあ、詳しい詳細はあまり聞けなかったが、大体そんなとこだ。
他にも国はあるらしいが、ジョンさんが知る限りはこんなものだ。
「クロヴィスって貴族なのか?」
ジョンさんが真剣な表情を作ると、まるで何かに警戒をしているかのような若干固い声で聞いてきた。
「いえ? 違いますよ? どうしてですか?」
「いや、そんな高そうな格好してるから……てっきりどっかの偉い貴族なんだろうなぁっと思ってな。そうか……貴族じゃねぇのか……」
ジョンさんはそれを聞くとあからさまにホッと、安心したように胸を撫で下ろす。
何でそんなに貴族に対して警戒をしていたのだろうか? もしかして貴族みたいな一定の地位とか権力を持っている人達には、ある程度の接し方や扱い方があるのか?
「そういやぁ……、お前は男か女どっちなんだ?」
「? 見た目通りですけど?」
「わかんねぇよ」
ジョンさんが呆れたような表情を作ると、苦笑いを漏らす。
しばらくそんな他愛ない会話を繰り返していくと、足場の悪い道なき獣道から人の手が入っているだろう街道に出る。
「見えてきたぞ」
ジョンさんが明るい表情をして、自分が見つめている方向を指差す。
「あれが……、城塞都市センテオール……」
ジョンさんが指差すその方向に視線をやると、そこには厚く積み上げられた立派な岩壁が見えた。
それは遠くからでも分かるぐらいの、目を見張るほど重厚な石造りをした建物だった。
近くで見たら凄そうだな……。
俺は遠くに見える城壁を目指して、若干ドキドキしながらジョンさんの後を付いていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……凄いな」
見上げるほど高い重厚な城壁を見て、俺は思わず呟く。
近くから見る頑丈そうな城壁は、例え大型のモンスターが全力でぶつかろうが決して揺るがないだろう堅牢な迫力を感じさせる。
「おい! こっちだクロヴィス」
いつの間にか城門に続く列の最後尾に移動していたジョンさんが、声を張り上げて手招きをしながら俺を呼ぶ。
城壁の壮大さに圧倒されて半ば意識を持っていかれていた俺は、ジョンさんの声にはっと我に返ると、慌てて列に並ぶ。
それにしても凄い行列だ。
並んでいる人達も様々な格好をしている。
ジョンさんと同じような革鎧を着た男性や、使い古されたような服を着た少女、金属製の鎧を着た戦士風の女性に、魔法使いだろうローブに身を包んだ老人。
そんな多彩な格好をしている人達を、ゆっくりと進む列の中から俺はチラチラと見る。
そうしている内に、ようやく俺とジョンさんの順番がやってきた。
「身分証を提示しろ。無い場合は通行料として小銅貨一枚を払え」
衛兵らしき鎧を着た三十代後半ぐらいの男性が、がさつな口調だがその瞳には警戒の色を浮かべて油断なく、相手の一手一足に注意している。
いつでも対応出来るようにか、男性は腰に差してある鞘に収まった直剣を直ぐに抜けるように手を掛けている。
その姿を見たら分かるようにかなり優秀な門番のようだ。
それに比べて隣にいるのは新人なのだろうか、まだ若さが目立つ顔はなんだか気が抜けたような緩んだ表情をしている。
眠たいのだろうか、だらしなく欠伸を一つ漏らしている。
あっ、隣の優秀なおじさんに殴られた。痛そ……。しっかりしろというように睨まれてるし。
「はいよ」
ジョンさんがそんな光景を特に気にした様子もなく、首に掛けている鎖が付いた金属製のプレートを衛兵に見せる。
……えっ! ちょっと待て、身分証なんて持ってないぞ! というか銅貨? それがこの世界の貨幣か?
不味いぞ……、『辺境世界』での貨幣はM(マージス=円)だった。(※1マージス=1円)
どうする? 一応金はあるんだがそれはゲームの中の貨幣であって、この世界の貨幣が銅貨だとすると、Mは使えないんじゃないか?
詰んだ。終わった。俺の三億Mが……。
「どうしたクロヴィス? 身分証がねぇのか? 代わりのもんでもいいんだぞ? まさか金の方もねぇのか?」
怪訝そうに眉をひそめたジョンさんの問いかけに、俺は力なくコクりと頷いた。
それにジョンさんは頭の後ろをガリガリと掻くと「仕方ねぇな」と言いながら、懐から一枚の銅貨を取り出すと衛兵に差し出す。
「こいつは俺の連れでな。代わりに俺が払う」
えっ!
「お前は俺の恩人だしな。これぐらいさせてくれや」
ジョ……ジョンさぁぁーーん! なんていい人なんだ! 纏っているオーラが少々怖いが、その気さくな微笑みは大福の表面に付いている白い粉のようにキラキラと輝いて見えるぜ!
「ありがとうございます! ジョンさん」
「なぁに、これぐらい気にすんな。こっちは命助けてもらってんだ」
ジョンさんがニヤリと笑う。
その笑顔はいいんだけど……歯に何か付いてますよ、黒い何かが。
そして、ジョンさんのおかげでなんとか城門を潜ることが出来た。
危なかったなぁ……。
まさか銅貨がこの世界の貨幣だっとは。
これは銀貨とか金貨もある感じだな……。
待てよ、そうなると今まで貯めてきたMはどうなる? もしかして、この世界じゃ1Mも使えなくなるんじゃないのか? ……冗談だろう?
三億マージスも貯めてたんだぞ。
それが全て使えないのか……。
ガックリと肩を落として沈んでいると、隣からジョンさんの声が掛かる。
「俺はちょっと用事があるから、すまねぇがここまでだ」
「分かりました。ここまで案内をしていただいてありがとうございました。それから銅貨もいずれは返させてもらいます」
「あー、いいって別に。何度も言うがこっちは命助けてもらってんだ。そんなのは安いぜ。それからその“さん”と堅苦しい言葉遣いはやめろ」
「えっ!」
「いいからやめろ! なんつーか……その……、とにかくいんだよ! そういうのは」
「はい、分かりました」
「おっとぉ?」
「分かった」
「それでいい。これからわかんねぇ事があったら何時でも聞きに来いよ。お前は世間知らずの田舎もんだからよ」
「――っ! はい! 本当にありがとうございます」
「あぁん?」
「分かった……」
「ふふ……じゃあな、クロヴィス」
ジョンはニンマリと笑みを作ると、手を振りながら人混みの中へと消えていった。
結構荒っぽそうな人だったけど、いい人だったな……。
立ち去る間際、なんか照れたように顔を紅くしていたが、まあ気のせいだろう。
俺は気持ちを切り替えるために深呼吸をすると、正面を見据えて歩き出す。
城門を潜った先は広場になっており、様々な荷物を積んでいる馬車の行きかいと人々の往来が驚くほど多く、あちらこちらで喧騒が飛び交っている。
食べ物を始めに武器や防具、変わった装飾品などといった露店をキョロキョロと見回しながら、活気に満ちて賑やかな広場を進む。
美味しげな匂いが漂う屋台に、思わず身体ごと意識をそっちの方向に持っていかれそうになるのを、なんとか押し止める。
他にも様々な露店で売られている品々に、好奇心を強く刺激されて次から次へと目移りをしてしまう。
まるで祭りだな。
あちらこちらから飛んでくる威勢の良い声を聞きながら、俺はキョロキョロと忙しなく屋台を見る。
けど、悲しいことに今は金がない。
この街でしばらくの間滞在するのであれば、宿代を始めに食費、衣類など様々な面でどうしても金が必要になってくるだろう。
一文無しの現状では目の前の露店で売られている食べ物どころか宿にも泊まれない。
なんとか急いで今日の宿代だけでも稼がないとな。
そうなると、やはりどこかの職に就かなければいけないか。
手っ取り早いのがジョンさんみたいなモンスター退治を専門とする冒険者になることだ。
危険なモンスターを討伐するなら、俺のような戦いに身を置き、それしか突出した能力がない者ならまさに適任だろう。
この世界で職人や商人になるにしても、ジョンさんの話を聞いた限りでは、とても俺では無理だという事が十分に分かった。
職人や商人に必要な最低限の知識や技術も無ければ、ある程度のコネも無い。
飲食店という道もあるが、見ず知らずの場所で未知の食材や料理があるだろうそれらを相手に上手くやっていける自信がない。
ならば、戦闘系のクラスである魔術師を取っている俺は、その能力を最大限に利用するまでだ。
後ろ髪を引かれるような気持ちで、俺は露店から目を逸らすと、ジョンさんから教えてもらった冒険者ギルドへと向かう。
そして、少々迷いながらも道行く人達に場所と方向を聞き、なんとか冒険者ギルドの前に着く。
俺は、剣と盾がクロスオーバーした看板が吊り下げられたその建物の中に足を踏み入れる。
中は酒場のようになっており、意外と広い。
いくつもあるテーブルには、戦いに身を置く者に相応しい屈強な肉体を持つ男性や鋭い目付きをした女性が居座り、そのほぼ全員がこちらに視線を向ける。
俺はこちらを値踏みするような粘着質のある視線の中を、内心でかなりビビりながら突き進む。
そして、奥に銀行の窓口のような五つに仕切られたカウンターの内の一番左を目指す。
「ようこそ冒険者ギルドへ」
二十代後半ぐらいの長い金髪を後ろで一つに結んだ綺麗な受付嬢が、笑顔で迎え入れてくれる。
思わずドキッとしてしまったのは内緒だ。
「冒険者登録をしたいのですが?」
「それではこちらの羊皮紙に必要事項をご記入下さい」
受付のお姉さんは羊皮紙と羽ペンを取り出すと、俺の目の前に差し出す。
ここでいきなり問題発生! この羊皮紙に書かれている文字が……、読めないぜ!
何だ! このアルファベットを歪めたような文字は!
言語が翻訳されるから恐らく文字もそうなんだろうと思っていたが、どうやら現実はそこまで甘くはなかったようだ。
「代筆をする場合は小銅貨一枚をいただきますが、どうしますか?」
そんな俺の心情を悟ったのか、受付のお姉さんが気遣うように言ってきた。
いや……、目の前で冷や汗を流しながら羊皮紙を見て固まっている姿を目にしたら、こやつ……さては文字が書けないな? と思うのは当たり前か。
だけど、金が必要になるのか……無いんですけど……。
そうだ!
「登録をする前にモンスターの素材を売るのは良いですか?」
「はい。もちろん可能です」
よっしゃぁぁー! やったぞ俺! なんというひらめきがかった妙案! この窮地を見事に脱したぜ!
さて、そうなると何を売ろうか?
俺はアイテムボックスの中にあるモンスターの素材アイテムを見ながら、首を捻る。
取りあえず、ここに来る前に回収したシルバーウルフの素材は全部売るとして他に何を売ろうか? 漆黒竜の心臓とか、聖王狼の毛皮? いや、鬼神の魔眼がいいか?
うーん、どれもレベル100を超える神クラスのモンスターだからな。
もしかしたら騒ぎになるかもしれないな? もう少し弱いモンスターの素材がいいか?
「じゃあ、これをお願いします」
そうしてカウンターの上に出したのは、シルバーウルフの素材とワイバーンの鱗×4と爪×6、牙×2だ。
これぐらいでいいかな? 流石に一度にたくさん売りすぎるのは悪目立ちするからな。それにあまり強すぎるモンスターの素材は問題が起こりそうだし。
受付のお姉さんは何もない所から突然現れた素材にビックリしてか、目を見開き驚きの表情をしたまま固まってしまった。
まあ、いきなり何もない場所からアイテムが出てきたら、それは驚くだろうな。
それにしても驚きすぎじゃないか? まだ固まってるけど。
「はっ!」
ようやく我に返ったお姉さんは目の前の素材を凝視すると、恐る恐るといった手つきでワイバーンの爪を一つだけ手に取る。
「これは……ワイバーンの爪!」
そうですけど。
別にそこまで強力なモンスターではないので、あんまり珍しくはないと思うけど……。
お姉さんは主にワイバーンの素材を隈無く入念に鑑定をすると、次にシルバーウルフの素材をあっさりと調べ終えて、こちらに向き直る。
「全部で金貨二十枚、大銀貨五十枚、小銀貨三枚になります」
それって、いくらぐらいするんだ? 高いのか? 安いのか? まあいいか。
「はい。それでお願いします」
お姉さんは素材を他の男性の職員と一緒に奥の部屋に持っていくと、暫くしてから手に一つの革袋を持ちながら戻ってきた。
「こちらが金貨、大銀貨、小銀貨合わせて七十三枚になります。ご確認下さい」
カウンターの上にジャラリと、金属同士の擦れる音と共に金貨、大銀貨、小銀貨が置かれる。
すげー迫力。
「はい。確かに」
俺は、カウンターの上に置かれたそれらに触れると収納と呟く。
すると、目の前にあった七十三枚もの貨幣がふっと一瞬で消える。
その様子を見ていたお姉さんは目をぱちくりとして唖然とした表情を作る。
さっきから驚いてばかりだな、まあ無理もないか。
「冒険者登録をしたいのですが、代筆をお願いします」
ようやく登録の番が来た。
一応、ジョンから冒険者ギルドについて一通り聞いたからあまり詳しい説明は必要ないが、それでも基本的な説明は確認のためもう一度聞いておいた方がいいだろう。
俺は今しがた手に入れた小銀貨を一枚取り出して、カウンターの上に置く。
「はい。かしこまりました」
お姉さんは最初と比べたら切り替えが早くなり、表情を元に戻すと俺に代わって羊皮紙に必要事項を記入する。
俺はお姉さんから名前や年齢などをその都度聞かれ、それに答えていく。
そしてお姉さんは、書き終えた羊皮紙を仕舞うと、端に鎖が付いた金属性のプレートを取り出す。
そのプレートの表面には何やら六角形の形をした図形が堀こまれていた。
「それでは基本的な説明に入ります。よろしいでしょうか?」
「はい」
俺はそれに了解の意を示すと、お姉さんは少しだけ息を吸うと口を開く。
「冒険者ギルドは様々な依頼の斡旋をする仲介所で、各地に支部を持ち、全ての冒険者達を管理しています。そして、冒険者はランクによってその能力の高さや請け負う仕事の難易度が定められています。これは仕事の失敗率、冒険者の負傷率や死亡率を下げるために設けた制度で、自分のランク以上の依頼は受注出来ないようになっております」
ジョンから聞いた通りの内容だ。
そして、お姉さんは一息つくと、再び口を開く。
「次にランクについてですが、ランクには最低値の一つ星から最高値の八つ星までの八段階の階級が存在しています。ランクは上がれば上がるほど、請け負う事の出来る仕事の種類や量が増えますが、それに伴いその難易度も上昇しますのでご注意下さい」
そう言えばジョンは最低値の一つ星冒険者だった筈だ。
最高値の八つ星冒険者は英雄とよばれる領域で、確かジョンの話では、この城塞都市にはその一歩手前の七つ星冒険者がいるんだっけ?
「紹介する依頼はギルドが責任を持って管理をしていますので、依頼書に記された内容は信用していいです。また、依頼の報酬の二割をギルドが徴収しますが、これはギルドが前もって依頼を調べているためですので、それはご了承下さい。もし、内容にミスがある場合は報告をしていただければ、徴収した二割のうちいくらかは返金されます。最後にギルドの規約を違反した場合は除籍という事になりますので十分に注意をして、ルールを守って下さい」
「はい。分かりました」
これでようやく俺も冒険者になったという事か。
これから忙しくなりそうだ。
あっ、そう言えば聞きたい事があったんだった。
「すみません。このプレートに掘られたものは何ですか?」
「それは星を表しています」
なるほど、どうやらこの世界では星といえばこの形を表すらしい。
「依頼をお受けになられますか?」
「いや、いいです。それよりどこかに宿はありますか?」
急いで依頼を受けようと思っていたが、金がいくらか入ったので今日は止めておく。
依頼を受けるのは明日にしよう、まずは宿を探す事が先決だ。
俺はお姉さんから宿の場所を聞くと、カウンターの上に置かれたプレートを首に掛けて出口に向かう。
未だに粘着質な視線を投げ掛けられているが……、これは明日も続くのだろうか。