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第3話



 どうやら戦闘中のようだ。

 目的の場所に移動した俺は、姿勢を低くして息を潜めながら、視線の先で繰り広げられている戦闘の様子を観察する。

 視線の先には十体のシルバーウルフの群れと、その群れに囲まれている一人の戦士風の男性がいた。

 俺は輪のように広がっているシルバーウルフ達の中央にいる男性を注視する。

 年齢は二十歳ぐらいだろうか、茶色の皮鎧に身を包んだ軽装備の男性は苦戦を強いられているようで、表情に余裕がない。

 このままだと取り返しのつかないような事態になるだろう。

 今はシルバーウルフ達が警戒をしてか一定の距離を保っているが、もし一斉に襲い掛かってきたのなら……。

 どうする? 逃げるか?

 そんなのは考えるまでもない。

 助けに入る。

 これがもっとレベルの高いモンスターなら、話はまた違っていただろうが、相手はレベルの低いシルバーウルフだ。

 俺のレベルとの差を考えれば、何体来ようが全く相手にならない。

 それに、この世界で初めて出会った人間だ。

 このまま見過ごす事は出来ない。

 これは、この世界について色々な情報を得るチャンスでもある。

 

〈魔法の矢マジックアロー〉」


 中空から五本の魔法で構成された矢が生まれ、淡い残光を引きながらシルバーウルフ達に放たれる。

 矢に撃ち抜かれたシルバーウルフは鳴き声を一つ上げると、血飛沫を吹き出しながら地面へと倒れる。


 〈魔法の矢マジックアロー〉は下位三級――最下位に位置する無属性の攻撃魔法だ。

 シルバーウルフ相手なら、これぐらいの魔法で十分に倒せれる。

 突如現れた新たな敵に、シルバーウルフ達と男性は驚いたようにこちらを見る。

 その隙に俺は〈魔法の矢〉を再び放つと、残りの五体のシルバーウルフを難なく仕留める。

 取りあえず、なんとかなったみたいだな。

 けど、現実で流す血はやっぱり苦手だ。

 これからもこういったモンスターとの戦いで血を見る機会が多くなるのだろうが、それも次第に慣れていかなければならないのか。


 俺は意識を切り換えるために頭を振るうと、未だに固まっている男性の元へ歩み寄る。


「怪我はありませんでしたか?」


 あっ、そう言えば言葉って通じるかな? 言って初めて気付いたけど、異世界なら異世界の言語があるよな?


「ああ、大丈夫だ。ありがとよ」


 茶色の短髪と瞳をした戦士風の男性は、手に持っていた直剣を腰に差してある鞘に納めると、ほっと安心したような表情をつくり口を開いた。


 あれ? 日本語? いやでも、口の動きから見るに明らかに日本語を喋ってはいない。

 何故かは分からないが、どうやら何らかの手段で翻訳されているようだ。

 魔法の力なのか? だとしても言葉が通じて良かった。

 これで身振り手振りなどで伝えるしかないような事になっていたら、もう泣いていただろう。


「あんた、この辺じゃ見ない顔だな? 魔法使いか?」


 男性は剣こそ鞘に納めたが、その表情を引き締めると、若干警戒を含んだ様子でこちらの正体を探るような視線を向ける。

 それと同時に剣の柄に手を掛けると、少し姿勢を低くして身構える。

 それは明らかに、こちらを警戒しての行動であった。

 俺はそれに若干戸惑いを覚えるが、それもそうかと納得する。

 いくら助けられたとはいえ、こんなモンスターが出るような場所で、初めて出会う見ず知らずの他人に警戒をするのは当たり前か。

 ここは平和な世界ではなく、凶暴なモンスターが徘徊するような危険な世界だ。

 盗賊とか無法者などもそこら中に潜んでいるに違いない。

 モンスターの魔の手から命を助けてもらったにしても、偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎると疑っているのだろう。

 『辺境世界マージナルワールド』でもモンスターとの戦闘で危うい場面を助けてもらって相手が油断しているところを、アイテムや金を狙ってPKプレイヤーキルをするようなプレイヤーが数多くいた。

 そういうのを警戒しているのだろう。

 そうなら急いで誤解を解かないと。


「俺はクロヴィスと言います。見ての通り魔法使いで、かなり遠くの地から来ました」


 内心かなり緊張してハラハラしながら、俺は頭を下げて少しでも男性の警戒を解こうと試みる。

 ここはできる限り下手に出る。

 とにかく敵じゃないということを伝えなければ、この先俺は路頭に迷う。割りとマジで。

 食料はあっても無限じゃないしサバイバル生活なんて絶対無理だから。

 せめて雨風を凌げれる小屋のような場所だけでも聞き出さなければ。


「なにやら物音が聞こえたもので様子を見にここまで来たら、モンスターに襲われている姿を見て加勢をさせていただきました」


 俺は助けに入っただけで敵対する意思はないと、懸命に言葉を繋げる。

 そんな俺の誠意が通じたのか、男性は警戒を解いたように剣の柄から手を離す。


「そうか、それなら見かけねぇ訳だ」


 男性は表情を和らげると、こちらに歩み寄ってくる。


「すまねぇな。命の恩人に対する態度じゃなかった」


 目の前まで来た男性はバツが悪そうな表情を作ると、頭を少しだけ下げて謝罪をする。


「いえいえ、疑うのは当然です。こんな世界ですから、えっと……」

「あぁ……、そう言えば名前がまだだったな。俺はジョン・ブロー。冒険者をやっている」


 はて、冒険者? 一体どこへ冒険をしに行くのだろうか。

 まさか! 禁断の楽園――お、ん、な、風呂ぉぉぉーか! なっ、なんて魅力的な職業なのだろうか! こんな職がこの世の中にあったとは!

 いやいや落ち着け、いくらファンタジー世界でも流石にそんな職があるわけないだろ……。

 じゃあ、一体冒険者って何だ?


「ん? お前、冒険者を知らねぇのか?」


 ジョンさんが不思議そうな表情で聞いてくる。

 しまった! もしかして表情に出ていた!


「冒険者を知らねぇなんて、珍しい奴もいたもんだな」

「すみません。ずっと山奥に籠っていまして」


 これは知っているのが当たり前の常識の一つなのか? だったら不味かったな、あまり不審感を持たれるのは避けたい。

 せっかく誤解が解けて話をするチャンスが生まれたのに。

 怪しまれたりしたらまた振り出しに戻ってしまう。


「冒険者っつうのは、簡単に言えばモンスター退治を専門としている奴らだ。まあ、モンスター退治以外にも様々な仕事を請け負うが、基本的にモンスター退治が主だ」


 なるほど。

 冒険者っていうのはモンスター退治を生業としているのか。

 確かに女というモンスターを討伐するのには、たくさんの精力が必要になるに違いない。

 おっと、間違えた。

 そっちのモンスターじゃなくて、本物のモンスターの方か。

 それにしても、疑われなくて良かった。


「俺は今回シルバーウルフの討伐が仕事だったんだが、お前のおかげで助かったぜ」

「いえいえ、仕事の邪魔をしたようで申し訳ありません」

「あぁ、いんだよ別に。こっちは助けてもらったしな。シルバーウルフの討伐証明部位として素材が欲しかったんだが、それは倒したお前のもんだ」

「いえ、素材の方は全てジョンさんにお譲りします。俺は必要ありませんので」


 その言葉にジョンさんが目を白黒させて慌てる。


「いやでも、それはいくらなんでも悪りぃな。流石に素材を横取りするような事は出来ねぇ」

「気にしないで下さい。本来はジョンさんの獲物を俺が勝手に加勢をして倒しただけですから」

「そっ……そうか? 本当にいらねぇのか? こいつらを仕留めたのはお前なんだぞ?」

「はい。俺には必要ありません」

「本当か? いらねぇんなら、すまねぇが俺がもらうぞ?」

「どうぞ」


 ジョンさんは申し訳ないというように頭を少し下げると、懐から分厚く鋭い光を放つナイフを取り出して、シルバーウルフの屍に近づきそれを突き立てる。

 俺は意外と手際よくシルバーウルフの屍を解体して、各素材部位を剥ぎ取っているジョンさんのその作業を見つめる。

 なるほど、あんなふうに解体をするのか。いい勉強になる。


 そして、素材の回収を終えたジョンさんが俺の目の前まで来ると声を掛けてくる。


「悪かったな。俺はこれから街に戻るが、お前はどうすんだ? 一緒に来るか?」


 マジで! おぉ、なんというグットタイミング! まさか街に行ける機会が転がり込んでくるとは!

 渡りに船とはまさにこの事だ。これは絶対に乗らなくては!


「はい! ぜひご一緒させてください」


 これは思いがけない僥倖だ。

 これで野宿生活をしなくて済む。

 俺はほっと安心しながらジョンさんの誘いに答える。

 ジョンさんはそれに頷くと「じゃ、行こうか」と歩き出す。

 俺はそれに「はい」と答えると、ジョンさんの後ろに続く。




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